先日、ある業界筋の人間から電話が掛かって来て、
実におもしろい話を聞かされた。
その内容は次のようなものだ。
「実は・・・ある人から、シンヤさんがやった、あの
『オーバー300Km/h』の話・・・あれは売名行為
のための、まったくのでっち上げだ、と聞かされたんです。
「あれはすべては作り話なのだと・・・」
そしてこう続けた。
「その証拠もあるとまで言うんです」
目も耳も点になったオレは、黙って聞き続けた。
「・・・なにしろシンヤさんは、その時期には、日本か
ら出国していないという、動かぬ証拠があるというんで
すよ・・・」
そこまで聞いて、オレは真っ先に、誰でもがするであ
ろう、ごく正常な反応を示した。
「誰がそんな事言ってるの?」
それに対する回答は、こうだった。
「いや、悪いんだけど、それは言うことはできません。
これ、ほんとに内輪話として、『絶対に俺が言ったと言
うな』という約束のもとで教えてもらった話なので」
「OK分かった、ではこっちも聞くことはやめよう」
このような「オレに取っては極めて不愉快」な内容の
電話をする→当然、「それは誰だ」とオレから聞かれる
のは分かり切っている→だが、その問には答えることが
できない→オレは当然いい顔をする訳がない・・・。
起承転結は電話を掛ける前から分かっていることだ。
つまり、「自分は佐藤信哉に嫌われるかも知れない」
ということを覚悟の上で、それでも敢えて「その事実」
だけは伝えておきたかった、という気持ちが言葉の端々
から、口調から、ひしひしと伝わって来ていた。
ゆえに、オレは敢えてそれ以上は聞くことをしなかっ
たのだった。
したがって、オレの知っている情報は、そこまでだ。
どこの誰だか分からないが、ひとつだけ分かっている
のは「その情報の出所そのものの人間」は、まあ、バイ
ク業界ではそれなりに名前のある人間らしい、というこ
とである。あくまでも「らしい」の範疇ではあるが。
「ちょっと、取り巻きみたいなのがいる人間なので、そ
の本人自体はどうってことなくても、その取り巻き連中
がもしそんな話を信じてしまったら、そこから話がひと
り歩きし始めてしまう、という危惧があるので、それで
シンヤさんの耳にちょっと入れておこうと・・・」
とのことだった。
ありがたい話だけど・・・くっだらねぇ!
あの記事がうそだったとしたならば、「あれを読んで
感動した」というみんなも、笑い話の対象だ。
夢。ロマン。憧れに憧憬。
すべて、お笑いぐさである。
おまえらバカじゃねぇの?」
つまり、みんなも同等に笑い者にされているということだ。
もちろん、このオレが筆頭なのは間違いないが。
しかし、それでもオレは笑う。
「どうすると、そんなに経済効果に見合わない芝居がで
きるのだろうか?」と。
どうせまともに考えたって始まらないのだから、ここ
はひとつ、遊んでみよう。
さぞ大変なことだったろう、あれ捏造するには。
誌面上に予告ページを何回も取って、真田哲道という
バイク業界のリーターシップを取っていたような男と、
スズキという大メーカーとに話を付け、協力態勢を整え
てもらい、オレと、カメラマンと編集部員の3人の交通
費その他をを全額調達する。
そして、関係者を少なくとも100人という単位で口
封じしなければならない。
それも絶対的な箝口令だ。
するとそれはオレ個人がどうというレベルの話ではな
く、ミスター・バイク誌と、その発行元であるモーター
マガジン社、ワークス、そしてスズキ自動車というもの、
すべてが一致団結して鉄の結束を構築しなければ、どう
にもならなくなる。
もちろん、そこに「蟻の一穴」でも開いた場合には、
著しく信用を失うという、社会的な制裁を覚悟するとい
う前提にだ。
さらに、ドイツまで行って、写真を取らねばならな
い。写真どころか、ビデオまで撮らねばならない。
・・・そこまでやるか、ふつう。
で、その捏造に対する経費は、いったい誰が負担する
んだ?
話からすれば「オレの売名行為」のためらしいから、
これはやはりオレが負担しなければなせらないのだろう
が、いったいいくら用意すればいいのだろうか・・・。
果たして、その「出国すらしていないという証拠」と
やらは、いったい、どのようなものなのだろうか。
是非とも、是が非ともオレは見てみたい。
ああ、見てみたい、見てみたい!
それも、公開の場で。
逃げも隠れもできぬ、衆人環視の中で、お互い顔を付
き合わせながら!
実はこの手の話は、これが初めてではない。
あの記事が掲載されてしばらくしてから、オレはバイ
ク業界ではなく、ある一般誌の業界ライターから、酒の
席で信じられないような話を聞かされたことがある。
「あれってよう、最終的に300Km/h出したのって、
おまえじゃないんだってな」
「なんか、おまえ結局ビビッちゃって、だめだったって
話じゃん」
そう言い触らし、「実は、俺が乗ったのだ」と称して
いる人間が、いたのである。
これ以上は書かないでおこう。
その代わり、オレが実際に「記事の捏造」に荷担した
話を、ここに掲載しよう。
それは、こんなFAXから始まる。
『今日は。〇×△のSと申します。
今回は10年来の疑問を佐藤さんに解いて戴きたく、
FAXをお送り致しました。
かつてホンダから限定販売されたRC750がお題の
ストリートアタックで、開通直後の首都高速環状線を、
走った記事がありましたね?
さあ、質問はここからです。
その1月足らず後に発売された雑誌『〇〇〇』の記事
のひとつに、MBと同じ首都高ネタが載ったのです。
ただしこちらの方はチューニングカー同士のバトルを
煽るような内容で、たいした興味を持つ事もなく飛ばし
読み程度だったのですが、余りにもそっくりな見取り図
が載っていたり、まんま同じ言葉を使った文章が何個所
にも使われてるのを読むにつれ、これはMBのパクリか
な? 少なくてもMBにインスパイアされたのかな?
と思いはじめたその時です。
この記事の取材に協力したと思わしき人の写真が目に
とまりました。
キャプションには「走り屋のM君」とありました。
顔は、下半分を覆うマスクのため誰だか分かりません
が、着ているジャンパーをよーく見てみると、袖口に腕
時計が見えます。
その部分をさらによーく見るとその時計は腕に直に巻
いているのではなく、巧妙な縫製によって袖口に組み込
まれているではありませんか・・・・。
そうです。それは当時のMB誌上で近日発売が予告さ
れ試作品の写真が掲載されるにとどまっていた『ゴッド
スピード』ジャンパーだったのです。
「M君」とはその頃佐藤さんが良く使っていたペンネー
ム・ミッドナイトのMではありませんか?
その日から現在に至るまで誰にも言わず、ひとりで悩
んできました。
お願いです。どんな形でも結構ですから何とぞ答えを
お与えくださいませ』
これは、オレと読者とを直通回線で結んでいる、ミス
ターバイク誌に連載中の「ホットライン」に寄せられて
来た質問の、ほぼ原文である。
それに対して、オレは以下のような回答をした。
「実は、あなたから以前に頂いたFAXは、未処理物と
してまだ保管(注・これより約1年前にも、ほぼ同じ文
面のものが送られて来ていた)してあったのです。
とてつもなく熱心な内容だったので、電話で直接答え
させてもらおうと思い何度か掛けたのですが、御不在で
した。
そして1年経った今、全く同じ内容の疑問をぶつけて
来た・・・・。
OK。答えましょう。包み隠さず、すべて。
あれは、オレだ。
そして○○○に掲載されていた内容は、指摘の通り、
まったくのパクリだ。
87年4月の事だった。
当時よくいっしょに仕事をしていたカメラマンの男か
ら、ある日電話が掛かって来た。
「今度、○○○という雑誌で、首都高速ものを扱ったネ
タをやるんだけどよ、お前この間走ったじゃないか。い
まから〇×とそっちまで出向くから、そのときの話を、
ちょっと話しを聞かせてくれないか?」
いっしょ来たライターの男も、オレは昔からよく知っ
ている男だった。
オレは実際に走った感想や、実速で250H/hもの超
高速になると、コーナーがどのように見えてくるか等の
話しを、相槌を打ちながらメモるその男に熱く語って聞
かせた。
(取材したという、四輪車の連中の話よりも、きっとオ
レのほうが真実味があるから来たのだろうな!)
と、少し嬉しく思いながら。
問題の発端は、ここからだった。
インタビューが終わって、カメラマンが言った。
「でさあ、ちょっと写真撮らせてくれない?」
(えっ、なんで? オレ関係ないじゃん?)
いやだよとオレは断ったが、もう締め切りで時間がな
いんだよ、頼むよと二人は粘る。
「でもその記事とオレ全然関係ないんだから」
そんなインチキに加担して、読者に「なにあれ」なん
て言われたらどうすんだと、オレは拒み続けた。
「じゃあ、顔写らないように、後ろから撮るから」
「モノクロだし、小さくしか載せないから!・・・・」
二人ともオレよりも4つも5つも年上の連中で、言わ
ば業界の先輩のような立場だったため、そこまで頼まれ
れば仕方がないか・・・と、オレはいやいやながらも引
き受けてしまった。
(でもなあ、この新型ジャンパー、まだ発売前で特徴あ
るしなあ・・・・)
(ま、いいか。どうせオレはオマケのようなものなんだ
し、扱いだってちょこっとだろ。気にすることなか)
ぐらいの、軽い気持ちでの事だった。
で、だ。本が出て驚いた。
話がちがう。オレが主役になって、ドーンと写真が掲
載されているではないか。
それに、なんだこの内容は。オレがしゃべった事以外
なにも書かれてないではないか!
というより、これはオレがミスター・バイクに書いた
物の、パクリじゃねぇか!
なんなのだ、これは。
例えば、10000Rという表現。
これは、あまりにも川沿いのコーナーが大きく見えた
ので、半ば冗談として、例えのつもりで使ったものだ。
それが、「誰もが使っている認知された言葉」のごと
く扱われていたりする。
ちなみに、10000Rもの弧を描く曲線と言えば、
それは環七の輪に相当するほどのでかさである。
そんなものが首都高にあるわけねぇだろうが!
(ついでに加えれば、この単なる思いつきで書いた表現
は、その後さらに別な某青年誌にもそのまま引用され、
しばし一人歩きを始めることとなる)
そして、こう結んだ。
・・・・さあSさん。これが事の真相だ。
これですっきりしたかね。
ちなみにこれを「書いた」ライターの男は、今では超
一流の出版社から発行されている、やはり一流レベルの
一般誌で署名原稿を書きまくる、業界内ではそれなりに
名の知られた存在になっているのだが・・・・実は今書
いて来たような話しというのは、べつに珍しいものでは
ないというのが恐ろしい。
ただ「読者がそれを知らないだけ」「見抜くことが困
難なだけ」で、マスコミ業界にはゴロゴロしている話し
なのである。
ろくに確かめもせずに思い込みや想像で書くところか
らそれは始まり、それは最後には『捏造』と呼ばれる、
書き手としてもっとも恥ずべきものに行き着くのである
が、問題なのは、やっている本人たちにはまったくそん
な認識などない、という部分にある。
「平気だよ。分かりゃあしないって」
「確かめようがないんだし、だいいちそこまで突っ込ま
れるような内容じゃねぇんだから」
そして究極の一言。
「一般誌と違ってよう、所詮バイク雑誌なんて・・・」
ところがSさん、あなたのような人がいるわけだ、こ
のミスター・バイクという、毛色の変わったバイク雑誌
の読者には!
あなたからFAXを貰ったとき、オレはゾッとしまし
た。
事情や状況がどうであろうと、あのときに取った迂闊
な行動を今でも恥じております。
その分、これからもオレは本当の事しか書かない。
絶対に書かないとあなたに約束しよう。
今後も応援し続けて下さい。
オレ頑張るよ、一生懸命に。
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オレはいままですべて、黙殺して来た。
あれも、これも。これも、あれも。
なぜか?
反論などする必要がないからだ。
事実も、真実も、たったひとつ。
そして、うそつきほど、よく語る。
そう思っているからオレは語らない。
自信とは、そういうものを指して言う言葉なのだと、
オレは信じて生きている。