それは、5号と7号が接続するあたりを、
ブッ飛んでいたときのことである。
200Km/h〜250Km/hぐらいでオレは
追い越し車線をずっと走り続けていた。
気持ちが良かった。
するといつの間にか、100mほど後ろに、
赤のベンツがくっ付いて来ているのに気が付いた。
パッシングはせずに、付かず離れずといったあんばいで、
ずっと後ろを付いて来ている。
この野郎と思って、260Km/hぐらいまで車速を上げてみた。
ベンツはミラーの同じ場所に写っていた。
270Km/hに上げた。
同じだった。
280Km/hに上げた。
まだ平気で付いて来ている。
なんだこりゃ! と思って、一回右にオレはどいた。
ミラーの中のベンツはそのまま更に加速し続け、
一度オレの横に並んでこちらをチラリと見た。
向こうは向こうで、なんだあのバイクは?
と恐らく思ったのだろう。
オレはとりあえずいつものように左手のこぶしを
グッと突き出すと、
スルスルと更に前に出て行くそのベンツの後ろに、
ベッタリと張り付きだした。
男も片手を上げた。
戦闘、開始である。
しかし、そうはしたものの、 オレの頭の中は、
相当混乱しまくり始めていた。
オレを抜いて行ったのは、日本でも良く見る、
あの190に見えたのである。ベンツの190といったら 、
最高バージョンでも2.6Pのツインカム・16バルブが
関の山なのである。
おそらくというか、まず間違いなく
チューンド・カーに決まっている。
しかし、なんでこんなに速いのだ。
ツイン・ターボと決めつけた。 どんなでっかいタービンを取り付けてやがるんだ!
過給圧は一体いくつだ。
2バールか。いや、20バール・・・
いや100バールはあるかも知れない!?
なにしろ、もうほとんど290Km/h近くは出ているのだ!
もしかしたら、エンジンを丸ごと、
新型のSLのV8に載せかえているのか!?
早い! 速すぎる!
ハンマー!
こいつは190などであるわけがない!
6P・ツインカム・32バルブのエンジンを
AMGが300Eのボディに詰め込んだ、
『ハンマー・バージョン』
なるモンスター・カーだ!
オレは出発前に読んだ雑誌の記事を
そのときになって思い出していた。
350馬力を発生するそのエンジンは
290Km/hの最高速を可能とし、
2450万円なりのプライスで、 ヤナセを通して日本でも売られている、
というようなことが、そこには書かれていた。
AMGは、おそらく世界最大手の
チューニングカー・メーカーと言っても良いだろう。
その実力は、メルセデス・ベンツそのものが認めている。
いや、実際のところは、ベンツの
『チューニングカー部門』と言っても良いかもしれない。
その信用度と技術力を背景に、とてつもない
モンスター・カーを生み出しているのが、AMGなのだ。
そしてさらにその中には、正規のカタログにはない、
特別注文の、とんでもないモデルまで存在する。
全世界の大金持ち連中が、
最高クラスの排気量を持つエンジンに、
さらに手を加えた、ワンオフでのモデルの
製造を依頼して来るのである。
・・・そんな話もオレはモーターマガジン社の
4輪部門の人間から仕入れていた。
が・・・そんな速度域まで平然と加速し続ける、
さしものモンスターカーも、
東洋から来た怪物バイクの前には、
太刀打ちすることができなかった。
ヤツのスピードが、頭打ちになった。
青年実業家ふうのドライバーは、
一歩も譲らないどころか
その速度から更にパッシングを浴びせる
GSX−Rにド胆を抜かれている。
男は「信じられない!」といったふうに
2、3回アタマをふったあと、
右手を高々と上げながら、右の車線へとゆっくり移って行った。
(たかが、バイク・・・)
と、なめてかかった代償は、大きかったようだった。
横に並んだときにフッとヤツの顔を見ると、
目をまん丸に見開いて、前方とこちらを、
交互に忙しくチラチラ、チラチラ、と見合っていた。
仰天している様子が視界の片隅に写っている。
だが、ほんとうに仰天するのは、これからなのだ。
なにしろ、こちらには、
『まだもう1発』ギアーが残されているのだ!
隠し球である最終ギアーの6速目に叩き込まれた
GSX−Rは10数回目の
オーバー300Km/hの世界へと突入し、
AMG・ハンマーバージョンを
ジリジリと引き離しにかかる。
その先は大きな右コーナーになっていた。
しかしアクセルは戻さなかった。
針はピッタリと300km/hを指していた。
何とも形容しがたい、時速300kmでのコーナーリング。
結局このハンマーとは、5号から7号にかけて
約100kmほども抜いたり抜かれたりを
くり返して走り続けたのだが、終わりにはやはり
こっちが神経負けして、バトルを
一方的に放棄して終止符を打った。
鉄箱の中に入って、風を喰らうことなしに
カーステレオでも聞きながら持久戦に持ち込まれてしまったら、
これだけ速いクルマを相手にしては、
根性300Km/hのオートバイに、勝ち目などまずないのだ。
別れ際に180Km/hぐらいまでお互い車速を下げて、
ホーンを鳴らし合うことで、相手に敬意を表した。
パーキングで停まって一服しながら、
(あんなのが現実に走り回ってる西ドイツって国は、
たまんねぇや)と思った。
AMGはメジャーであるが、この様子では恐らく、
このクラスの速さを持つ小さなチューニング・ショップなど、
ゴロゴロしているのであろう、とも。
現在、ストリート・バージョンとして
世界最速といわれているのも、
アロイス・ルーフ・チューンの
ポルシェ911・CTR〃イエローバード〃から
No1の座をぶんどった、350Km/h近い最高速を叩き出す、
ラインホルト・シュミルラーがチューンする
RSポルシェ911ツインターボ・バイセンクーザ(白い巨人)
だという。どっちもやはり、この国の人間なのである。
みんなこのアウトバーンのおかげだと思った。
日本の4輪チューンの世界も、技術的には恐らく
西ドイツには一歩も引けを取っていないのであろう。
むしろ上を行っているであろうとも思う。
しかし日本のチューナー達が苦心して作り上げたクルマを
谷田部だなんだとバカバカしいほど面倒臭いところへ
持ち込んでテストしなければならないのに比べ、
こっちは家の前にそれが、
しかも無料で年中使い放題のそれがあるのだ。
オレは日本の4輪チューナー達が、
なんだか急にかわいそうに感じて来てしまった。