SRが来る!
私の親友だった,あるライダーの話です。
彼は,あのヤマハの名車,SRに乗っていました。
SRに乗ってる人って,
一種独特の世界を持ってますよね。
パーツをふんだんに使って改造をほどこしたり,
ウェアにも凝ったりして。
彼もそんなSR乗りの一人でした。
改造費だけで,二百万は超えてたんじゃないかな。
でも,それだけ金をつぎ込んでいても,
ちっとも嫌味じゃなかった。
渋くてカッコよくて,
実にいいカスタムに仕上がっていたんです。
あれは
「バイクに乗ってる」っていうのじゃなかったな。
たとえて言えば,
辻村ジュサブローさんみたいな人形作者が,
手間暇をかけて自分の納得のいく作品を作り上げている
そんな感じでした。
この感覚っていうのは,ハーレーに乗ってる人たちにも
ある種共通するものがあるんじゃないかな。
とにかく,とことん自分のマシンに惚れぬいているよう
な男でした。
そんな彼だったんだけど,
ついに愛車を手放す日がきました。
現実の世界に恋人ができたんです。
やっぱりバイクよりは,生身の女のほうがよかった,
ってことなんですかね。
ちょっと寂しい気もするけど
次第に乗らないことのほうが多くなり,
とうとうバイク屋さんに下取りに出しました。
下取りといっても十万キロ近く走っていたから,
大した金額にはならなかったんだけど,
思い切って手放しました。
別れ際には,
さすがに感慨無量のものがあったそうです。
けれどもそんな訳で,彼はバイクから卒業しました。
それからしばらく経ってのことです。
ある夜,彼はふと目を覚ましました。
気がついたら,さっきから外で物音がしている。
「ドッドッドッドッ……」って。
彼もバイク乗りでしたからね。
「ああ,バイクの排気音だな。
誰かが暖機運転してるんだな」
って,すぐに分かりました。
「そのうち消えるだろう」と思っていたんだけど,
五分経ち,十分経っても,一向に立ち去る気配がない。
時計を見ると,夜中の二時を過ぎてます。
(おいおい,いいかげんにしてくれよ。)
そう思って,彼はついにベッドから起き上がり,
窓をガラッと開けました。
「どこのバカタレだ,こんな夜中に」
なんてブツブツ言いながら。
彼の家って,アパートの二階です。
窓のすぐ近くに街灯があったから,
辺りをずーっと見渡すことができた。
……誰もいないんです。
バイクどころか,人っ子一人いない。
シーンと静まり返っている。
こういうのを「狐につままれた気持ち」
って言うんでしょうね。
彼は首をかしげて,ベッドにもぐり込みました。
すると,
「バルルン! ドッドッドッドッ……」
また聞こえてきたんです,あの排気音が。
今度はさすがに,彼もギョッとしました。
(待てよ,今の『バルルン!』っていうの,
あれセルじゃなくて,
キックの始動音じゃねえか……)
ご存知のように,SRって,キック式ですよね。
それによく耳をすませてみると,
聞き覚えのある音なんですよ。
彼,マフラーも替えてましたから。
長年乗ってきた自分の愛車の排気音だって,
すぐに分かりました。
(うわー,勘弁してくれよ!)
さすがに,気持ち悪くなりますよね。
布団にもぐりこんで,耳ふさいじゃいました。
次の日の夜です。
やっぱり,予感みたいなものがあったんでしょうね。
前日寝不足だったくせに,布団に入っても,
なかなか寝付くことができなかった。
(来ないでくれよ,来ないでくれよ……)
祈るような気持ちでいたそうです。
でも,時計の針が二時を回った頃,遠くのほうから
「パタタタタ……」
排気音が,聞こえてきたんです。
それも,マルチの「フォ〜ン!」っていう音じゃない。
どう考えても,あれは単気筒の音です。
それも,聞き覚えのある……。
(こっちに来るなよ,こっちに来るなよ!)
そんな願いも空しく,音はどんどん近づいてきます。
「パタタタタ……」って。
そして,アパートの前で
「キ〜ッ!」と停車する音がしたかと思うと,
「ドッドッドッドッ……」 アイドリングしてるんです。
まるで「帰ってきたよ。
ねえ,窓を開けてよ」 なんて言ってるような感じで。
彼,もう絶対その音を聞きたくなかった。
耳栓して,CDラジカセをガンガンかけて,
朝までガタガタ震えてました。
そんなことが続いたもんで,
ちょっとノイローゼ気味になっちゃったんですね。
で,バイク屋さんに行ってみたんです。
本当は自分の車見るのはイヤだったんですけどね。
でも勇気を出して行ってみたら,彼のバイクは,
中古車売場の奥のほうに,ちゃんと置かれていました。
それも前後左右に他の中古車が置かれているから,
ちょっとやそっとで取り出せる位置じゃない。
何となくホッとしました。
でも,店員さんが気になることを言うんですよね。
「自分が朝出勤すると,いつもこのバイクだけが,
エンジンがほんのり温かくなっているんですよ」って。
まるで,ついさっきまで,
どこかを乗り回してきたみたいに……。
依然として,夜になると,
彼のアパートの前に「あの音」がやってくる。
ついにたまらなくなって,
バイク屋の店長さんに事情を話して,
「あのバイクを処分してくれ」って言いました。
店長さんも,
割とそういった話を信じるタイプの人でした。
第一,いっこうに売れる気配がないから,
「分かりました。じゃあ,明日解体処分しましょう」
と答えました。
彼のかつての愛車の目の前で,
そんな会話を交わしたそうです。
その翌日のことです。
彼,遺体で発見されたんですよね。
死因は,はっきりしてます。「交通事故」です。
警察の鑑識の人も言ってました。
「この傷は,
二輪車にはねられてできたものに間違いない」って。
でも,どう考えてもおかしいんですよ。
だって,遺体が発見された場所って,
彼のアパートの部屋の中だったんですから……。
了