五葉光バトル説法生きてみんかい! 15


 昔、二人の禅坊主が修行の旅をしていた。
しばらく歩いておると、川があった。
その川は前日の大雨で増水しており、一人の若い娘さんが川を渡れずに、
困った様子で右往左往しておる。
そこで坊さんの一人が、その娘さんを背負って川を渡してやった。
四キロほど行くと、どうも様子がへんだったもう一人の坊さんが突然
「お前は何だ! 坊主のクセに若い娘を背負いやがって、不謹慎じゃないか」
と、すごい剣幕で怒鳴りつけてきた。
ところが、当のご本人は
「お前はまだ、あの娘さんを抱いておったのか。ワシなんかはもうすっかり降ろしてきたよ」
とこう返事したそうだ。
つまり、娘さんを背負って渡した僧は、川を渡り終えたときに、
すっかりその娘さんをそこにおいてきたんだけれども、
もう一人の坊さんは、どうもその娘さんの事が気に入ったのか、
あるいは、娘さんを抱いた坊さんがよっぽどうらやましかったのか、
四キロもの間、心の中にずーっと娘さんを抱いてきたんじゃ。
これは笑い話みたいじゃが、実はワシらも案外、
これに似たような事を繰り返しているのではなかろうか。

 例えば、パチンコで大儲けをした。すると、
「よかった、よかった」といつまでもそれに浮かれ、心が舞い上がっている。
そして「よし、今晩はこの金でパアーっとやろう」
なんて思っていたら、うっかりその財布を落としてしまった。すると今度は
「しまった、なんて事をしたんだろう」
と、いつまでもくよくよ考え、落ち込んでしまったりする。
すなわち、いい事があるといつまでも上機嫌で、正しい判断が鈍くなる。
また、その反対に苦しい事に出会うと、もうこの世の終わりだぐらいに、
いつまでも悩み続けてしまう。
こういう時は自分を見失っておる状態にあると言える。

 このように心を千々に乱れさす様々な障害を禅では八風※と呼ぶ。
ワシらの生活の中では、いつもこの風が吹きまくり、
どうしてもそれにとらわれて自分を見失ってしまいがちで、
ほとんど気が休まる事がない。
そこで、ワシらの心にいかなる風が吹きまくろうとも、
自己を整えて確固たる心を持って生きて行く、
この生き方を「八風吹けども動ぜず」と言うんじゃ。
 これを分かりやすく言うと、山の竹やぶを想像してみるといい。
風が竹やぶに当たると、竹がサラサラと揺れ音をなして鳴る。
けれども風が通り過ぎると、竹は元のように音のない静かな竹に戻るんじゃ。
つまり人間も竹と同じで、何か事が起こると誰でも心が揺れ動くが、
弱い人間はいつまでも揺れっぱなしなんだ。
ところが強い人間というものは、物事が過ぎ去れば、
それとともに心の中もカラッポになるのだ。
即ちいつまでもそれにとらわれないで、
どんな障害にあっても全く自分の心が動揺することがない、
そんなしなやかな竹のようにワシらも強く生きねばならん。

 ワシの大学の同級生にSと言う奴がおる。
こいつは東京のある会社に勤務していたが、
昨年の春に本社から熊本へ転勤させられたんじゃ、要するに早い話が左遷よ。
実は、それまで自分の上司にすごく反発していたから、
「きっと、そいつが左遷させたに違いない。この恨みは絶対忘れん」
と言って、その人をすごく恨み、毎晩やけ酒ばっかり飲んでいた。
そんなある日、福島の父親から一通のハガキが届いた。それには
「おめえは酒に溺れとるそうだが、酒で晴れるようなウサなら放っといても晴れる。
ええか、どうせ熊本におるのなら、そこでしかできん事をやってみい」
という短い文章だったが、それでSはガラッと変わった。
そいつはバイクが大好きで1100刀に乗っていたが、
東京じゃなかなか出来なかったオフロードにチャレンジしようと、トレールを買った。
そして今では休みになると、地元のバイク仲間と一緒に
阿蘇近辺の林道をいきいきと走り回っとるそうな。
このSの場合、風はすぐには収まらなかったけれど、
それでも半年かかってやっと収まったというわけだ。

 つまり、八風を「ああのこうの」と考えても、なかなか無くならんのよ。
もう放っとくしかないんじゃ。だから、もう考えるのを止めて頭を休めちゃう。
そして、それよりも「自分は今何をしたいのか、一体何ができるのか」
と新たな志を立ててみる。
勿論、志があっても風が吹けばやっぱり揺れるが、
その揺れを放りっぱなしにしといて、自分の目的に仕事にと向かって見る事じゃ。
すると意外に新たな発見があったりする。
 で、これは余分な事だが、いい仕事をしている人は、
決して環境が恵まれている人ばかりではない。
むしろ、いろいろ人生ぶつかった人の方がいい仕事をしている事が多い。
そういう意味では、あんまり人生順調だと、
逆に生きる意欲がわかなくなるのが人間かも知れん。
八風が、その人の生きる活力になってくれる事もある。
だから、逆に八風があった方がいい時もあるんじゃ。
そりゃー、ほめられると嬉しくて、けなされるとイヤじゃと誰もが思う。
しかし「それ」にぶつかった人間は意欲わかして、
「こんちくしょう!」とやれる。
それも八風のもう一つの面かも知れんのう。


        喝!!


※八風(はつぷう)とは、「利衰毀誉称譏苦楽」の風。
利(り)--得する
衰(すい)--損をする
毀(きん)--陰口
誉(よ)--陰でほめられる
称(しょう)--人前でほめられる
譏(き)--人前でそしられる
苦(く)--悩み
楽(らく)--自分を喜ばす