つきまとう人

今回のは,私の話ではありません。
私の友人の女性が,
今,あることでとても深刻に悩んでいましてね。
ぜひとも皆さんに話を聞いてほしいそうなんです。
あっ,「友人」っていっても,
そんな密接な関係じゃありませんからね。
単なるバイクを通じての知人です。
どうか誤解のないように。



こんにちは,皆さん。
私は,東京在住の21歳のOLです。
もちろん,皆さんと同じバイク乗りです。
稲川さんに紹介されて,
このホームページを知りました。
ここに来る方って,
私のこんな話でも真剣に聞いてくださる人が
多いそうなので,
思い切って打ち明けさせていただきます。
どうかお付き合いください。


――最初にその人を見たのは,
今から三,四か月ほど前のことでした。

ある日,東京の近郊に,
一人で日帰りのツーリングに行きました。
ブラっと一日走り,行く時と同様,
帰りも高速を使ったんです。
高速を降りて,料金所でお金を払うときのことです。
財布を取り出して,お金を手渡そうと思ったとき,
「おや?」って思いました。
ボックスの中にいる人,何だか見覚えがあるんです。
年齢は二十代の後半ぐらい。
こんなこと言ったら失礼だけど,
それほど「素敵」って感じじゃない。
どこにでもいそうな平凡な人です。
誰だったか分からないんだけど,
確かに以前どこかで会ったことがある。
誰なんだろう……。
でも,似たような人は世間にたくさんいますからね。
「他人の空似だろうな」と思って,
その時はそんなに気にしませんでした。
後から考えると,
ちょっぴり引っかかったんですけどね。
だって高速の料金所にいる人って,
ほとんどが年輩の方ばかりでしょう。
あんな若い人がいるのって,
ちょっと珍しいですよね……。


次にその人に会ったのも,意外な場所でした。
いつものように,朝出勤するときのことです。
私は吊革につかまって,
ぼんやりと外を眺めていました。
電車が駅に入り,停車しました。
線路を挟んだ反対側のホームに
何気なく目をやったとき,
思わず「あっ!」と声を上げてしまいました。
(あの人だ!)
向こうのホームに立っている人,
間違いなく料金所で見た人です。
背広を着て,ごく普通に電車を待っている。
私がまじまじと見つめていると,
その人はふとこちらに顔を向けました。

――目が合っちゃいました。

(うわっ,嫌だ!)
反射的に顔を伏せてしまいました。
なんで嫌なのか自分でもわからないけど,
とにかく怖かったんです。
電車が発車するまでの時間が,
ずいぶん長く感じられました。
ようやく動き出したときに,チラッと目をやると,
まだ私を見つめている。
胸がドキドキしました。
(何考えてるのよ。
きっと,ただの道路公団の人なのよ。
けど,変な偶然だな……)
ぼんやりと,そんなことを考えていました。
その,ぼんやりしていたのがいけなかった。
電車から降りるとき,
電車とホームの間に足を落っことしてしまったんです。
かなりひどく膝を打ちました。
二週間ぐらい腫れがひかなくて,
ずいぶん不自由しました。


それからまた,しばらく経ってのことです。
足が治るまでの間,ずっとバイクに乗れなかったので,
かなりストレスが溜まっていました。
ようやく完治したとき,
「よーし,今までの分,取り返してやれ!」
なんて張り切って,
箱根の峠まで行ったんです。
最初は順調でした。
言っとくけど私,かなり速いんですよ。
そこらへんの男のコなんて,
スイスイ追い抜いちゃうんですから。
でも,やっぱりブランクの影響があったんでしょうね,
路面に砂が浮いていました。
いつもだったら,
もっと早目に発見して避けているはずなのに,
その時はなぜか砂を見てしまいました。
バイクが見た方向に進むのって,
基本中の基本ですよね。
あっという間に砂のほうに近づいていって……
見事に滑ってしまいました。

……怪我は,大したことありません。
バイクの傷も,
運転に支障をきたすほどではなさそうです。
でも,これだけ派手にコケたのは初めてだったから,
ショックでしばらく立ち上がることができませんでした。
そこに,白いカローラが通りかかりました。
私のそばに停車すると,
運転席から男の人が降りてきて,
「君,大丈夫かい?」
と言って,助け起こそうとしてくれました。
その顔を見たとき,

「……!」

絶句しちゃいました。
(やだ,何この人。
ひょっとして,アタシにつきまとってるの……)
同じことが三回も続けば,そう思いますよね。
でも冷静に考えると,
そんなことは絶対にあり得ないんです。
だって,ここに来るまでの間,カローラなんかじゃ
絶対に追いつけないスピードで
飛ばしてきたんですから。
途中で何度かミラーを見たけど,
ついてくる車なんか,一台もありませんでした。

もしこの人が,もっと素敵な人だったら,
ここから恋に発展するのかもしれない。
でも悪いけど,そんな雰囲気じゃなかった。
私を助け起こそうと,手を差し伸ばしてくれるのを,
「いえ,大丈夫です。
ホントに大したことありませんから……」
と振り切って,
倒れているバイクを引き起こしました。
今から考えると,
「よくあんな簡単に起こせたな」と思うけど,
ああいうのを「火事場の馬鹿力」って言うんでしょうね。
でも一生懸命セルを回すんだけど,転倒した直後だから,
なかなかエンジンがかからない。
(おい,このオイルの赤い警告灯,早く消えろ……)
ものすごくアセりました。
ようやくエンジンがかかったら,
一目散にその場から逃げちゃいました。
ミラーの中で,
その人はまだ,こちらを見つめていました……。


そのあと私,入院しちゃったんです。
先日の事故は,ぜんぜん関係ありません。
私の会社,それほど大きいところじゃないから,
不況のあおりを受けて,今大変なんです。
年輩の人がどんどん馘を切られて,その分の仕事が
私たち若い人間に押しつけられてくる。
毎日毎日,12時近くまで残業して,大変でした。
ある日,仕事中に,
突然目の前の上司の声が遠くなったかと思ったら,
急に視界が真っ暗になり,倒れてしまいました。
周りの人が大騒ぎして,救急車が呼ばれました。
(大丈夫です,大したことありません,
ちょっと休めば治ります。
そんなに大騒ぎしないでください……)
懸命にそう言おうとしたんだけど,
声も出ないし,身体も動かない。
そのまま病院に担ぎこまれてしまいました。

――見舞いに来た家族の話によると,
一時は本当に危なかったそうです。
でも幸い,大した後遺症もなく,
二週間ほどの入院で身体も回復してきました。
そして,明日はいよいよ退院という日のことです。
私は,病院の広い待合室でテレビを見ていました。
身体はもうすっかり良くなっているし,
ベッドに縛りつけられていると,
気が滅入ってしまいますからね。
こうやって大勢の人の中にいたほうが,
よっぽど楽しい。
長期間入院した経験のある人は,
よく分かると思いますけど,
病院の生活って,ホントに退屈なんですよ。
(ああ,やっと明日からは社会に戻れるんだな……)
そう思うと,何だかウキウキしてきます。
でも,入院中に親しくなった
おばあちゃんなんかもいますからね。
この人たちとお別れするの,ちょっと寂しいな。
皆さんも,早く良くなってほしいな……
と思って待合室にいる人たちを見渡したとき,

「―― !」

体が凍りつきました。
向こうの受付で,
かがみこんで看護婦さんと話している人の横顔,
見覚えがあります。間違いなくあの人です!
私が茫然と見つめていると,
その人は看護婦さんと話し終え,
つとこちらに向かって歩いてきました。
(やだ,こっちに来ないでよ。やめて……)
そう思っているんだけど,
体は金縛りにあったように動かない。
彼はそのままスタスタと近づいてきて……
通り過ぎました。
ホッとしました。
でも私,確かに見たんです。
すれ違う瞬間,
あの人は確かに私の顔を覗きこんでいた――。


そのとき,初めて気がつきました。
(あの人と会うたびに,私の運命って,
どんどん悪くなってる!)
最初は怪我,次に事故,その次は入院……。
ストーカー……っていうんじゃありませんよね。
冷静に振り返ると,今までに会った状況は,
どう考えても偶然なんですから。でも,
(次にあの人と会ったら,
どうなるんだろう。ひょっとして私……)
嫌な考えが,どんどん膨らんできます。
(神様,お願いですから,
もうあの人と会わせないでください……)
祈るような気持ちでした。


でも,やっぱり会ってしまいました。
ただし,運命が暗転したのは,
私のほうではありませんでした。
自宅の近くを歩いているとき,
とある家でお葬式をやっていました。
家の前を通りかかると,
お棺が置かれている中の様子が,丸見えでした。
別に覗き込むつもりはなかったんです。
でも私の目は,棺の上の黒い額縁の遺影に,
釘づけになってしまいました。

(あの人だ! こんな近くに住んでいたのか……)

本当に意外だったけど,正直言ってホッとしました。
人が亡くなってホッとするなんて,
本当に不謹慎ですよね。
ましてや,
私にとっては縁もゆかりもない人だったんですから。
でも,それがそのときの正直な気持ちでした。
もうこれからは,
不気味な影に怯えることもないんだ。
私の運勢も,もう大丈夫だ……。
「イヤな女だ」って思われるでしょうけど,
芯からそう感じてしまいました。


――つい先日のことです。
相変わらず仕事は死ぬほど忙しい。
「病み上がりの体なんだから,
もうちょっと労わってよ」
と思うんだけど,仕事は待ってくれません。
いつものように,
帰宅したら大急ぎで夕食を済ませ,お風呂に入り,
そのまま「バタンキュー」で寝ようとしたところに,
電話がかかってきました。
時計を見ると,もう二時近くです。
「誰だろう,こんな時間に」と思って受話器を取ると,
「…………」
ずっと沈黙してるんです。
「もしもし,もしもし」
いくら呼びかけても,電話の相手は沈黙したままです。
「もしもし,いたずらですか?
切りますよ。いいですね!」
受話器を置こうと思ったとき,
突然低い男の人の声が,
つぶやくように言いました。

「……次は君の番だよ。」

そこで「ブツッ!」と切れました。
後は「ツー,ツー,ツー……」と,
発信音が聞こえるだけです。
(なに,今の。『次は君の番』って,どういう意味?)
変な間違い電話だな,と思って,
そのまま寝ようとしました。
でも,布団の中で,ふと気がついたんです。
(『次は君の番』って,
嫌だ,もしかして,そんな……)

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以上が,彼女の話です。
いえ,ご心配なく。彼女まだ大丈夫ですから。
相変わらず毎日会社に通っています。
でも最近,めっきりやつれてきたんですよ。
はたから見ても,顔色が悪いのが一目瞭然なんです。
仕事の影響なんでしょうか。
何ともなければいいんですけど……。

           了