すでに倒産してなくなってしまったが、これを書いた
時分には、家の近くにけっこう大きなディスカウント
ストアーがあった。
そこの万引き保安員のバアさんとの、息詰まる?
攻防の話。
話のテーマは「挫折」について。
家の近所に、けっこうでっかいディスカウント・ストア
があった。
そこに、「万引きババア」とオレがアダ名した、目付き
の極めて悪い、ひとりのくそババアがいた。
万引きババアといっても、かっぱらう側の人間ではな
い。かっぱらわれる側、の人間である。
つまり、その店に雇われている、万引き摘発専門の
プロのガードマン、いやガードウーマン、
いや、ガードババアなのである。
歳の頃は60を少し越えたあたり 。
カメレオンと化すためか、どこにでもいるような、野
暮ったいことこの上ないババアルックに身を包み、1年
ほど前から、毎日その店出没するようになったのである
が、オレはとにかくこのバアさんが不快で不快で、気に
食わなくて気に食わなくて仕方がなかった。
なにっしろ、行く度にオレのことばかりを狙って、執
拗に後を着け回すのだ。
勿論、オレは何もやっちゃいないのだが、とにかく、
着け回す、着け回す。
小学生の頃は、オレもよく万引きした。が、それも 5
年生のときに、渋谷の東急デパートで昆虫採集用の50
円のホルマリンのビンをかっぱらったのを最後に、足を
洗っていた。
なんと、かっぱらってから1時間も経ってから、全然
関係のない場所(別館の書籍売り場だった)で捕まり、
「学校に言い付けるぞ」
と脅されて以来、怖くなってやめたのだ。
それはそれは恐ろしいものだった。
「あら〜、こんなところにいたわ。や〜っと見つけたわ
よ〜」
そう言いながら保安員のおばさんはオレのことをタイ
ホすると、事務所の中に連れ込んだ。
相手はおじさんには代わった。
おじさんはお茶を啜りながら、執拗にオレの名前と学
校の名前を尋ねた。
が、それを言ってしまったが最後、想像を絶するほど
の、なにか大変なことになるような気がしていたので、
オレは頑として口を割らなかった。
貝である。旧車の部品である。固着したクランクケース
である。
業を煮やしたおじさんは、
「よし、仕方がない。それじゃあお巡りさんに来てもら
うか」
と言ったような気がする。気がする、というのは、
「ンじゃあ警察に連れて行くぞ」
と言われたような気もするからであり、よく覚えてない
からだ。
なぜならケーサツという最悪の単語を耳にした瞬間、
オレは貧血を起こしかけていたからだ。
涙と鼻水で口の回りをグシャグシャにし、なにを言って
いるのか分からないほどヒックヒックと引きつりながら、
少年はついに口を割っていた。
まあ、いいわ。とにかく、そのような恐ろしいことが
あってから、オレは、心を改めたのだった。少しだが。
で、バアさんだ。
たしかに、オレはなにもやってはいない。 だが、
そうは言っても、向こうにしたら、着け回すだけの理由な
ど、まさに腐るほどあるのだった。
つづく