後 編

 オレは原稿を書くのがイヤになると、ふつうの人が公
園でも散歩するかのように、すぐにこの店へ行くという
習性を持っていた。
 ただなんとなく店内をブラつくのが目的なのだが、な
にしろ歩いて3分チャリンコなら1分と、ごく近かった
ので、頻繁に行く。
 多いときは、日に2度も3度も行くほどであった。
 なぜそんなに頻繁に行くのかというと、新製品だとか
珍しい物、極端に安い値段の付けられている物を見るの
が、オレは大好きな人間だからである。
(ほう、こんな便利なものが出たのか!)
(なんだこりゃあ、世の中には、奇抜なことを考える奴
もいるものだなあ!)
(うわあっ、どうすると、こんなものがこの値段で作れ
るのだろう。いったい何個作って金型代を償却している
のだろう!)
 と、興味は尽きない。
 それが楽しくて楽しくて仕方がない。そして思う、
(人間てすげえもんだなあ。世の中には、すげえ人間が
たくさんいるものだなあ!)と。
 しかし向こうにしてみれば、そんなことは知りようも
ないことであり、まったく関係のない話なのだ。
 すると、思うことは、次のただひとつの事実に集約さ
れる。
(なんだこいつは。・・・・この男、さっきも居たぞ。
昼も居たぞ。いや、朝も居た。昨日も居た、その前も居
た。毎日、居るぞ!)
 そして、こうも思う。
(いったい、この男は仕事は何をしているのだろうか。
働いてはいないのか?)
 不信感は、つのる、つのる。
(サンダル履きに、薄汚いジーンズとTシャツ。起きぬ
けそのままの、ボッサボサの髪の毛。買いもしないのに
あっちの小物を手に取っては戻し、こっちの商品を手に
取ってはまた戻し、つっ突き回し、裏までジロジロ眺め
ウロウロ、キョロキョロ・・・・。挙動不審そのもので
はないか!)
 こっちは徹夜でずっと仕事を続けていて、ダルくなっ
てその息抜きにと、フラッとそこへ行っているわけであ
るから、たいていひどい顔色をしている。
 クマができ、目付きも悪くなっている。そこへ持って
来て、オレは人よりも肌の色が、ずっと浅黒いときてい
る。
 なにに一番イメージが近いか?
 どこかの国から出稼ぎに来た、窃盗団の一員・・・・
いやその首領だろう。

(専門家を、甘く見るんじゃないわよ!)
 バアさんは頑張る頑張る。
 買い物客を装い、着かず離れずオレをマークする。
 物陰から、元に戻らなくなりそうな程の、超ものすご
い横目で、オレの手にした商品の行方を確認するする。
(ひひひひひひ!)
 だが、いくらそんな努力をしたところで所詮は女の浅
知恵ババアの猿知恵、オレには全然通用しない。
 オートバイを巧みに操る若者の目と勘は、その道のプ
ロであろうが何であろうが、60ババアの比ではない。
 眼鏡のバアさんには悪いが、なにしろこっちは、高速
道路を走っている、前のクルマのバックミラーを通して
運転者の眼球の動きを把握し、相手がなにをしでかそう
か判断するいう技が使えるほどに、視力も、動態視力も
良いのだ。
 つけ回していると思っていたのに、いつのまにか自分
のほうが逆にライオンにつけられていて、こっそり食い
つくチャンスを窺われてしまっているのに、気づかない
ハンターと同じ。
 常に観察しているのは、悪いが、オレのほうなのだ。
 神出鬼没に場所を変え、オレはバアさんを引き回す。
 バアさんは、あくまでも一般客を装ってこちらを監視
しているわけだから、スタコラスタコラとは着いては来
られない。
 バアさんは意味なく商品をカゴに入れる。入れ続け、
入れ過ぎ、これは重くてたまらんとまた戻し、ヌラリノ
ラリと着いて来る。
 それを見て、オレは(ひーひひひ!)と心の中で快哉
の雄叫びを上げる。
 最初に「不快で不快で仕方がない、気に食わない」と
書いたが、あれはうそなのだ。
 オレは実はこれが面白くて面白くて仕方がないのだっ
た。
 だから、行ってもこのバアさんが居ないと、ガッカリ
することこの上ない。

 オレは、窃盗団の首魁でなければならないのだ。

 事実を知ったら、おバアさんは挫折する。
 年寄りには、チトむごい。
 そんなかわいそうなことは、オレにはできないから、
今日もまた、出稼ぎ窃盗団の首魁を装って、オレはトコ
トコとその店へ出掛けるのだった。

 バアちゃん。ごめんな。

            了