妄想ヒーロー

やられてしまった。

朝起きると、オレのバイクは、きれいに無くなっていた。
最近、都内でバイクの盗難が頻発しているとは聞いていたが、
まさか自分のがやられるとは思ってもみなかった。

オレの住んでいるアパートには、駐車場がないので、いつも部屋から
それほど離れていない、路上に置いていた。
もちろん夜間はカバーをかけ、頑丈なU字ロックを施錠していたのだが、
それでも盗まれてしまった。
全く物音もたてずに、いつの間にか……。

(いくら何でも、そりゃねえだろう)
オレは泣きたくなった。
ついこの間、慣らしが終わったばっかりで、まだ三千キロしか走って
なかったってのに……。
幸いにも盗難保険には加入していたのだが、そんなことは何の慰めにも
ならない。

もちろん、警察には直ちに通報した。
だが、U字ロックをきれいに切断し、夜間に音もなく運び去っている
手口から見て、間違いなくプロの仕事らしい、とのことだった。
「とにかく、我々としても全力を尽くしますので……」
警察官の言葉が、空しく響いた。

それにしても、バイク泥棒だけは、絶対に許せない。
人が大切にしているモノを、気軽に持って行きやがって、
何だと思ってんだ、畜生!
どこのどいつが盗んだのか知らないが、もし犯人が目の前に現れたら、
絶対にギタギタにしてやる、と思った。

そんなわけで、オレは今、きわめてブルーなのである。

…………………………………………………………………………

オレは休日の住宅街を、ブラブラと歩いていた。

本当だったら、今日みたいに天気のいい日は、どこかにツーリングにでも
行っているはずなのだ。
だが、バイク以外にこれといった趣味を持っていないオレは、ヒマなとき
はこうやって散歩でもして、時間を潰すしかない。

それにしても、思い出すたびにムカついてくる。
オレが何か悪いことでもやったのか?
言っとくけどオレは、ゴミはいつもきちんと分別して出してるんだぞ。
タバコのポイ捨てだって、やったことないんだぞ。いつも携帯用の灰皿を
持ち歩いてるんだから。
これほど地球環境のことを考えているこのオレが、なにゆえこんなメに
遭わなければならんのじゃ。

「ガッデム!」
側にあった電柱を、思い切り蹴り上げてやった。激痛が脳天まで走った。
「あた〜(泣)」
オレは爪先を押さえて、うずくまった。


うずくまっているオレの頭上から、突然ギターの音が聞こえてきた。

(……なんじゃこりゃ?)
はっきり言って、とてつもなく下手クソな演奏である。
よくよく耳をすませて聞いてみると、どうやら 「禁じられた遊び」 を
弾いているつもりらしい。
あまりにも下手クソなので、逆に聞き入ってしまった。

「禁じられた遊び」 らしき曲は、途中で何度も何度もつっかえながらも、
何とか曲の終盤にさしかかった。
「あー、ようやく終わるんだな」
と思っていたら、最後の最後の音が大きく外れたので、オレは思わず
ズルッとコケてしまった。

「ふっ、オレのギターに聞きほれてくれた人間は、あんたが初めてだぜ」
コケているオレの頭上から、男の声が聞こえてきた。
視線を向けると、民家の屋根の上に、ギターを抱えて男が座っていた。

「あの〜。そんな所で、何をしてらっしゃるんですか?」
危ないじゃないですか、と続けようと思ったのだが、男はオレの言葉を
無視して喋り続けた。

「あんたは今、何か迷いを抱えている。
そんなあんたの心を、オレはギターで表現してみた。
それがあんたのハートをビートしたから、聞きほれてくれたんだな」

いや、その、「聞きほれた」 とかいうレベルの話じゃないと
思うんですが……。

「とにかく待ってな。今そっちに行く」
そこから 「ブワッ」 と飛び降りて着地すればカッコよかったのだろうが、
男は脇にかけてあった梯子を、トントンと降りてきた。

「さあ、聞かせてもらおうか、あんたの 『心の迷い』 を。
オレでよければ、力になろう」

いや、その前に、あなたは何者なんですか、と言おうと思ったのだが、
男はオレに口を挟むヒマを全く与えず、自分のペースで喋り続けた。

「世のため、人のため、困っている人たちのために力を尽くすのが、
このオレの使命だ。
あんたの様子を見て、オレは放っておくことができなくなった。
きっと何か深い事情があるに違いない。それを話してもらおうか。
さあ言え。ここで言え。今すぐに言え!」

男はオレの両肩をつかみ、ガクガクと揺さぶった。
ダメだ。この人は完璧に自分の世界に入っている。

「アワワワ。じ、実はバイクを盗まれてゴニョゴニョ……」
「何いぃぃぃ! バイク泥棒だとおぉぉぉ !!」
男はオレを、両肩をつかんだまま横に投げ飛ばし、拳を握りしめると、
天に向かって叫んだ。

「オレは、オレは何が嫌いかといって、
三度のメシよりも悪が嫌いなんじゃあああ!」
「ひえええええ!」

そ、それは日本語の用法が間違ってると思うんですけどお。
オレは四つんばいになって逃げだそうとした。だが男は、後ろからオレの
襟首を 「むんず」 とつかんだ。

「待て」
「あわわわわ。ご、ごめんなさい。許してください」
「まあ、そう怖がるな。実を言うと、このオレもライダーなのだ。
だからバイク泥棒なんて連中は、許すことができんのだ。
どうだ? ここは一つ、オレが力になってやろう」
「はあ?」

力になるって、どういうことだ? 一緒に探そうとでも言うんだろうか。
だが男は、全く予想外の行動をとり始めた。
「むんっ!」
と気合を入れ、大股を開いて踏ん張り、両腕を横に構えた。

「すいません。もしかして、そこで 『へんーっしん!』 とか言うつもり
じゃないでしょうね」
「……なぜ分かった?」
「いーかげんにしてください!」

何を考えとるんじゃ、この男は。これ以上付き合っておれんわ。

…………………………………………………………………………

(まったくう。何だったんだ、アイツは)
ただでさえ気分が悪いときに、あんな危ないヤツになんぞ、
関わってはおれん。
ようやく男をまいたものの、オレはますますムカついた気分で歩いていた。
突然、かわいい女の子の声が、オレを呼び止めた。

「ねえ、お兄ちゃん、ちょっと待ってくださらない」
「はいー?」
その声があまりにもかわいかったので、オレはニコーッと笑いながら
振り返った。
だが振り返った瞬間、思わず 「ズザザッ!」 と引いてしまった。

声の主は、けっこうキュートな女の子だった。
いや、むしろ美少女と言っていい。
だが、顔はともかくその格好は、あまりにも異様だった。

ヒラヒラのフリルのついたミニスカートに、白いロングブーツ。
フワフワにカールした、セミロングの髪。
ハートのマークがいっぱい入った、キンキラキンのマントを羽織り、
手にはピンク色のステッキを持っている。
ついでに肩の上には、奇妙な小動物が乗っていた。

その格好は、まるでコミケの会場でコスプレをやってるお姉ちゃんの姿、
そのまんまである。
かわいい女の子には違いないのだが、これは引いてしまう。
この格好には引いてしまう。
そんな私の気も知らず、少女は無遠慮に近づいてきた。

「突然ごめんなさいね。あなたが元気がなさそうだったから、
思わず声をかけてしまったの。
よかったら、私に事情を話してくださらない?」

いや、元気がないというよりも、私は今、あなたのその格好に対して、
引いているんですけど……。
だが、さすがにこんな女の子に対して、面と向かってそんなことを
言うわけにはいかない。
オレはバイク泥の一件を話した。

「ひどいわね、バイク泥棒なんて。よかったら私に任せてくださらない?
そんな悪いヤツらは、この私が警察に代わっておしおきよ!」

はっきり言って、これ以上は関わりたくない相手だ。
オレは適当に切り上げることにした。

「そ、そうですか。そんな機会があったら、よろしくお願いします。
それじゃ私は、このへんで……」
「待って! 私の力を疑ってるのね」
立ち去ろうとするオレを、少女が呼び止めた。

「あのー。ひょっとしてあなたは、『魔法の国から来たお姫様』 とか
言うんじゃないでしょうね?」
オレは、おずおずと尋ねた。
「あら、よく分かったわねえ」
危ない。この少女も、かなり危なそうな人間である。

「魔法の修行のために、人間界に来たとか」
「そう。そのとおりよ」
「その、タヌキともコアラともつかない小動物は、あなたのお守り役」
「そーなのよ。いつも口うるさくって」
「でもって、そのスティックを振りかざすと、七色の光が輝いて、
あなたは変身するとか」
「うふふ♪ そこまで分かってるんなら、話が早いわね」
少女は、スティックを振りかざした。

「行くわよおーっ! ミラクルぅ……」
「わーったったった。やめてください。それ以上はやめてください!」

これ以上こいつに関わっているのはヤバい。
オレはスタコラ逃げだした。

…………………………………………………………………………

全く今日は訳の分からん日だ。
もうこれ以上は変なヤツに会わないだろうな、と思って歩いていると、
突然、乾いた虚無的な笑い声が聞こえてきた。

「ハハハ、ハハハ、ハハハハハハ……」

オレはげんなりした。またかよぉ。勘弁してくれよ……。
今度は誰じゃい、と思っていたら、向こうの曲がり角の、ブロック塀の
陰から若い男が現れ、「ビシィッ!」 という感じでオレを指差した。

「そこの君ィ。君だ君だ。そう、君のことだよ」
うるさい! そんなに念を押さんでも、オレのことだって分かるわい。

「君は何か、悩みを抱えているな。
『我々』 が力になってやろうじゃないか」

あああああ。今日は一体、どういう日なんじゃ。

「……ほほう、バイク泥棒か。それは許せんな。そんな連中には、
『我々』 が正義の鉄槌を下してやらなければならん」

オレはバイクの一件を話した。もう、どうにでもなれって感じだった。
『我々』っスか。まあ、このあとの展開は、大体想像できますけど……。

「あのぉー。つかぬことを聞きますけど……」
オレは意を決して尋ねた。

「あなたのグループって、ひょっとして五人組だったりしません?」
「ほほう、よく分かったな」
「で、あなたはずいぶんハンサムでカッコいいんだけど、
リーダーだったりする」
「その通りだ」
「あなたに対抗して、クールに決めてるメンバーが、一人いませんか?」
「ふっ……。それは私のことかな?」
電信柱の陰から、クールに決めてる男が現れた。
お前は今の今まで、そこで何をやってたんじゃ。

「チビのガキなんかもいたりしません?」
「やい、オイラのこと 『ガキ』 だなんて、許さねえぞ!」
いつの間にかオレの背後に、チビのガキが鼻をこすりながら立っていた。
うわああ……。やっぱし、思い通りの展開だ。

「それから紅一点で、かわいい女の子もいたりする」
「ホーッホッホッホ。私のことかしら?」
横のブロック塀の上に、ロングヘアーでミニスカートの女の子が、
腰に手を当ててスックと立っていた。パンツ丸見えである。
女の子は、塀の上からジャンプすると、クルクルッと空中回転した。
着地に失敗して、「びたーん」 と顔から地面に叩きつけられた。

「……最後にやっぱし、デブなんかもいるわけですか?」
次の瞬間、「ドカーン!」 とブロック塀を突き破り、デブが登場した。
「デブとは、オラのことかぁぁぁ!」
「みぎゃああああ!」
(やめてぇぇぇ! 何でここまで、思い通りの展開になるのぉぉぉ !!)
オレは頭を抱えて、のけぞった。

五人組は横一列に並ぶと、それぞれポーズを決めながら唱和した。
「オレたち、ターボ……」
「いい加減にしてください!」
ここまで展開どおりだと、もう腹も立ってこない。

「ちっ、せっかくキメようと思ったのに。まあいい。それよりも、
我々のマシンを見せてやろうじゃないか」
「……そのマシンって、ロケットで空を飛んだりするんですか?」
「その通り」
「空中で合体して、巨大ロボットになったりするとか」
「ご名答ー!」
突然、ファンファーレが鳴り響き、五人組はクラッカーを鳴らした。
「それでは、さっそく呼んでみましょー!」
「こんな町中で、んなもん動かしたら、どうなると思ってるんですか!」

なんなんだ、なんなんだ今日は。
ただでさえブルーな気分なのに、なんだってこんな妙なヤツらに
付きまとわれなければならないんだ!
オレは頭を抱えて逃げ出した。

だが、逃げるオレの背後から、
「ドドドドド……」
という足音が聞こえてきた。
(まさか!)
後ろを振り返ると、予想したとおりだった。アイツらが追いかけてくる!

「へんーっしん!」
「待たないと、おしおきよ!」
「オレたち、ターボ……」
「うわああああ!」

(何で、何でボクがこんな目に遭わなきゃいけないの。助けてええ……)
オレは逃げた。逃げて、逃げて、逃げまくった……。

…………………………………………………………………………

で、目が覚めた。
気がついたら、そこは自宅のベッドの上だった。

(夢だったのね。ヒジョーにありがちな、『夢オチ』 だったわけね……)
それにしても、ひどい夢だった。
オレは不機嫌な気分でベッドから起き上がり、顔を洗った。

今日は日曜日だ。
テレビをつけると、関口宏が、この一週間に起こった主な出来事を
解説する番組をやっていた。
それを見るともなしに見ていると、そのうち関口が妙なニュースを
解説し始めた。

「……さて、これはつい昨日の夜の出来事なんですが、○○市の港で、
バイクの窃盗団と密輸ブローカーが、大量に検挙されました」

「え”」
オレは思わず身を乗り出した。
何でも、都内で数十件の盗みを重ねていたバイクの窃盗団が、
盗んだ車両を密輸ブローカーに引き渡す現場に、
怪しげな(どっちが怪しげなのか分からないが)二人組が現れ、
そこにいた全員を、片っ端からボコボコにやっつけたそうだ。

二人組のうちの一人は、バッタのようなコスチュームを着た男だった。
拳銃の弾をかいくぐり、何とかキーック! と叫びながら、
窃盗団の連中を次々になぎ倒していった。

もう一人のほうは、かなりイカレた格好をした、まだ少女と言っても
いいような女で、
「おしおきよ! おしおきよ!」
と連呼しながら、密輸ブローカーの一味をタコ殴りにした。
警察が駆けつけたときには、二人はすでに姿を消していたという。

「ハ、ハハハ、ハハハハハ。まさか、いくら何でもね……」
オレは必死で、自分の妄想を打ち消そうとした。
だが、恐らくその時のオレの顔には、縦線が入っていたに違いない。

ところでオレは、ふと思い出した。
(『二人組』って言ったよな。でも、その他に五人組もいたはずだ。
あいつらはどうなったんだ……)
そのとき、テレビで関口が、臨時ニュースを読み上げた。

「えー、たった今入ったニュースです。
東南アジアの○国の港に、突如巨大な機械のようなものが出現し、
港の施設を粉々に破壊しつくしたとのことです。
くり返してお伝えします……」

「………」


正午のニュースでは、さらに詳しい状況が分かってきた。
巨大な機械は、人間のような形をしていたそうだ。
そいつがブチ壊したのは、日本から密輸された盗難車を売りさばいている、
○国のマフィアの本拠地だった。
地元の警察隊や軍が出動すると、そいつは突然、ロケットを噴射し、
空の彼方へと飛び去って行ったという。

(知らない。知らない。ボクには何の関係もない……)
オレは頭を抱えて、激しくかぶりを振った。


数日後、オレのバイクは、無事にオレの元へと戻ってきた。
まあ、何にせよ良かった。
例の東南アジアの事件は、外交問題にまで発展しかかっているそうだが、
んなことはオレの知ったこっちゃない。
それよりも、オレのバイクが無傷で戻ってきたことのほうが、
よっぽど重要な問題である。

変な夢を見てしまったが、あれはしょせんは夢だったのだ。
万事、めでたし、めでたし……。


久しぶりにくつろいだ気分で、自宅でのんびりしていると、
とつぜん電話が鳴った。
「はい、もしもし」
受話器を取ると、下手クソな 「禁じられた遊び」 が聞こえてきた。
その音をバックにして、男の声が言った。

「どうだ、心の迷いは晴れたか?」
「――!」

電話の声は、なおも続いた。
「これからは、バイクは大切に保管しておかないと、おしおきよ!」
「また何か困ったことがあったら、遠慮なく我々を呼びたまえ。
ハハハ、ハハハ、ハハハハハハ……」

受話器の向こうからは、虚無的な笑い声が、
いつまでも、いつまでも、聞こえてくるのであった。