もうそろそろSLが発車する、という頃合いを見計ら
い、ホームが見える踏切の前で、カメラ位置と立ち位置
を決め、オレたちは撮影の準備に取り掛かった。
多い日でも安心です・・・・ではなくて、多い日でも
SLは一日に、2往復しか、走っていないらしいので、
撮影は事実上の、一発勝負である。
すると、そこへ、ゴガガガガーッと音を経てバキュー
ムカーがやって来た。
よりによって、オレが立っている、すぐ脇の家に、で
ある。
僅か10mかそこらぐらいしか離れていないところで
儀式が始まった。
エンジンが唸りを上げ、ホースがブルブル震えた。
ズーコズコ、ゴジョジョジョジョ。
ズルッズイ、ブコッ、ブコッ!
・・・・と、昔懐かしい音が轟いた。
「うわぁ、臭っさ〜!」
たまらずマユミがトレーナーの袖を、鼻と口に押し当
てた。
「おい! やべえぞ、機関車のやつ、ケムリ吹き始めた
ぞ、ケムリ・・・・うおっ、臭ぇ!」
子供の頃、オレは汲み取り屋が家に来るたびに、慌て
て懐中電灯を探し、上から照らして夢中になって吸い込
む様子を伺っていた。
(まだ、最後には、野球のボールやテニスボールを吸い
付けているのだろうか?)
(あれは小学校の3年生か4年生のときだったか。
学校の便所に汲み取りに来た業者に、便器から斜めに
石を放っぽって、くそ小便水をハネらかせて、超エンガ
チョにしてやろうと、夢中なって努力しているうちに誰
かに告げ口され、先生にとっ捕まって、こっぴどく叱ら
れたっけな・・・・)
思い出して、むはははは! と笑った。
そして、超臭い空気を口から吸い込んで、むせた。
まっ白な蒸気と、まっ黒な煙りを吹き上げながら、S
Lは地響きを起てて、目の前を通過して行った。
(取り敢えず撮るには撮ったが、鼻が曲がって写ってな
いだろうか?)
オレは些か不安になっていた。
線路に沿って走る国道を基本的に使い、オレたちは上
流へ、上流へとさら旅を続けた。
のんびりと、ブラブラ、ブ〜ラブラと。
途中の食堂で飯を食ってから、家山という駅に、立ち
寄った。
初めて知ったのだが、映画『ぽっぽ屋』のロケは、こ
こで行われたのだという。
しかし、あまりにも、何もないところなので3分で見
飽きて、また走り出した。
駿河徳山の駅まで来た。
駅舎で一服したついでに、何げなく時刻表を見ると、
下り便(下痢のことではない)が、もうじきやって来る
らしい。
すぐ脇には、絶好のロケーションを持つ踏切りがあっ
た。
日当たりも、抜群の場所だ。
「おい、チャンスだぞ、もう一回撮っておこうぜ!」
SLが、遠くからやって来て、駅に止まった。
しばらく停車したのち、煙りを吹いて、駅を出た。
シュッ、シュッ、シュッ、シュッ!
ポォーーーーー!
よし、こーれは良いカットが押さえられるぞ、とオレ
たちは張り切った。
・・・・が、なんだか様子がおかしい。
どうも、さっきのとは違う種類の、それもやけに、角
張ったSLがやって来る。
「なんだありゃあ! おいマユミ、ケケ、ケツから走っ
て来やがるぞ!」
鼻っ面で列車を引っ張り、尻を向け、バックで走って
来たのである。
聞けば、終点でターンさせるところがないため、帰り
はそのまま、反対向きで走って来るだという。
そのため、鉄道写真のマニアは、下り方向しか撮らな
いのだ、とも・・・・。
なんだ、知らなかった。
世の中には、オレの知らないことが、多すぎる。
ブラブラを続け、終点の千頭駅まで辿り着いた。
多数に枝分かれした、駅構内の線路には、ミニ列車が
待機していた。
「うわっ、ほんとにミニサイズだなあ。体がデカい奴な
ら、天井に頭つっかえそうだな」
「ねえねえ、そこに音戯の郷っていうのがあるんだけど
さ、世界一大きいオルゴールがあるらしいよ。ちょっと
見てみない?」
また世界一か、と興味津々、どれどれと、オレたちは
歩いて覗きに行ってみた。
近代的な立派な建物の中に、様々な楽器が展示されて
いた。どれも打楽器等の、単純で原始的なものばかりで
ある。
順を追って見て行くと、最後にでかい箱が置いてあっ
た。
これが、世界一というオルゴール?
確かにデカいにはデカいが、思ったほどではない。
すると、箱の隣に立って居た係の人が、胸を張って説
明を仕始めた。
「この建物全体がですね、オルゴールになっているので
すよ!」
オレたちは、なにっ?! と驚いた。
手動式のハンドルを回すと、壁面に取り付けられた多
数のパイプから音が流れ出し、建物の内部に響きわたっ
た。
「へえー、こらすごい!」
興奮してキョロキョロしているうちに、傍らに置かれ
ていたガラスケースに目が止まった。
なんか、変だぞ?
なんだか目を引かれるぞ。
なんでなんだ?
ふと気が付くと、どこかで見たような顔をした人形が
そのケースの中に鎮座していた。
近寄ってよく見たオレたちは同時に声を張り上げた。
「ユウヤだあ!」
「なにこれえ!」
そこに、我が伜が、鎮座していた。
マンガの似顔絵ではないが、特徴を掴んで人形を製作
したとすると、オレの伜の顔は絶対にこうなるというほ
ど、それはイメージが近かった。
「おい優哉! おまえ、なんでここにいるんだ! なん
で、こんなところで人形になってんだ、わはははははは
は!」
マユミからカメラをふんだくると、オレは写真を撮り
まくった。
すでに太陽は山の向こうへと消え去りつつあった。ア
プトのミニ列車は諦めるか。
そろそろ、帰る潮時だ。
早いとこ戻って現像に出そう。
大きく引き伸ばしたやつを、伜の顔の隣に掲げながら
一杯やるのだ。
最高の手土産を手に入れたオレの口の中に、まだ飲ん
でもいない酒の味、最高の、酒の味が広がった。
了