ローマの女子大生

 ちょっと待て、オレにも言わせろ!

 

 海外で、日本人が犯罪に巻き込まれる。
 泥棒に遭う。
 強盗に遭う。
 最悪、ぶっ殺される。

 その場合、常にこんなことが言われる。

「気の毒ではあるが、おまえのほうも、少し甘かった」
「ここは、日本ではないのだから」

 日本人の無防備さ・・・と、たいがいの場合片付けら
れてしまう。
 その国の人間はおろか、知った顔で「同胞」にすら、
そう垂れられる。
  こっちに本当に、なんの非もなくても、 だ。

 イタリアで、カバキなるイラン人の大バカやろうに、
オレたちの国の女子大生たちが、ひどい暴行を受ると
いう事件があった。
 その顛末は、思った通りである。

「ノコノコとくっ付いて行った、バカな日本人の女子大生」

 大かたの報道がこの類いのものとなった。
 言わば、「おまえがバカだ」のオンパレードである。

 ふざけるな、バカやろう、何をとち狂っているのだ、
とオレは思う。

 なんなのだ、これは?

「女子大生は、キャピキャピしていて、常識も、節操も
なく、基本的にばかで、外人のちょっといい男に声をか
けられれば、すぐフラフラと付いて行ってしまう」
「そういうものなのだ。そうに違いない。そうに決まっ
てる」
「その女子大生が当事者なのだから、彼女たちのほうに
も、責められるなんらかの非があるのであろう・・・・」

 こうとまでは言わないにしても、このように単純に考
え、その前提で物を言った奴は、少なくはないと思う。

 が、だ。もう一度言おう。
「なにを、ふざけるな、このバカやろう!」と。

 この事件については、さんざっぱらニュースで報じら
れたので、概要はここでは省く。
 が、オレが言いたいのは、
「じゃあ、おまえだったら絶対に平気だったのか」
 ということなのである。

「ノコノコと付いて行った」
 ということが、事の発端のごとく言う奴がいる。
 が、しかし。
『その場にいた相手はたったの1人』なのに対し、
こちらは女性とはいえ『6人もいた』のである。
 6人、である。

 それに加えて、この大バカ者は流暢な日本語を話し、
「あなたの国が、私は大好きで、長いこと住んでいたこ
とがあるのです」
 そして、
「武道を習い、サムライの心を学びました」
 というようなことを、ほほ笑みながら、のたまうので
ある。

「日本には、良い思い出がたくさんあります」
「そして、その日本の皆さんが私の国にいらしたのです
から、私のアパートで、手作りの料理を御馳走しましょ
う」と・・・!

 このような『異国での予想外の好意』を受け、実際、
感激して帰って来る人は多い。
 むしろ、旅には付き物の話しとすら、言える。

 どういうことか?
 なにが言いたいのか?
 これはつまり、
 相手はこのケースにおいては、
「騙そうと思って、騙すつもりで、騙すために」
 近づいて来たのである、ということなのだ。

 騙すために、騙すつもりで、騙すために、近づいて来た。

 こんなことを異国の地で、されて、無事に済む旅行者
など、いるかというのだ。

 みんな、百戦錬磨のツアーコンダクターや搭乗員では
ないのだ。
 外務省の猛者ではないのだ。
 ただの、一般の、どこにでもいる日本人の、観光客な
のである、当たり前の話だが。

 

 なんで、それで、彼女たちが責められなければならな
いのか。
 いったい、どこに非があるというのか。

 話を分かりやすくするために、立場を変えて書いてみ
よう。
 犠牲になるのは、つまり、『ハメられる』のは、
あなただ。

 まず、こうしよう。
 条件はこうだ。
『友達同士か会社の仲のいいメンバーかで、例えばサン
フランシスコへ遊びに行った』
 としよう。彼女たちと、同じようなものだ。
 そして、陽光降り注ぐ、人の溢れる公園で、すごい改
造車を見つける。
 するとそこへ、オーナーがやって来る。
 プロレスラーのような大男だが、きわめて人が良い。
「私は実は、このあいだまで、日本にいました」
 そして、続ける続ける、
「私はあそこにも行きました」
「おお、どこそこですね? 知ってます知ってます!」
 と、話しが弾む。
 そして、こう続ける。
「私の家に来れば、もっとクルマあります。バイクもあ
ります」
「ついでに、食事でも、どうですか?」

 ・・・ホモの多い土地だとは聞いていたが、相手はそ
んなふうには見えないし・・・それになにしろ、こっち
は6人もいるのだから・・・

 という安心感で、あなたは、深く考えずに、付いて行
く。
(おお、これはいかにも、旅らしくなってきたぞ!)
(旅の出会いとは、こういうものなのだ!)
 などと、思いながら。

 ところが、だ。
 自宅に行ったら、実はそいつはマフィアのボスで、態
度が豹変する。
 驚くべき凶器、マシンガンを持ち出して来て、こう告
げられる。
「オレはな、東洋人が好きなんだよ」
「おい、そこに並んで、全員ケツを出せ」

 大仰天して逃げ出そうとするが、表は手下が見張って
いる。
 もちろん、日本では一生見ることのないような武器・
凶器を持って。
 そして・・・いきなり一人、頬かどこかを、威嚇のた
めナイフでぶった切られる。
「騒いだら、こうやって一人ずつ、切り刻んでやる」
「いいか。逃げたら、残った仲間は、必ずぶっ殺してや
るからな・・・・」

 現実的に言おう。
 こうなったら、自分の「屈辱」を残った仲間の「命」
と引き換えにしてまでも優先し、狂ったように逃げ出す
か。
 あるいは、例え結果的に「人殺し」となろうとも、つ
まり「相手が死んでも構わない」ほどの、見境のない逆
襲を試みるか。

 その、どちらかしかないのだ。

 おまえには、そんなことができるのか。

 彼女たちの場合には、後者はない。
 なかったのである。
 なにしろ相手は190センチもある巨漢で、しかも、
あろうことか空手の有段者だったのだから。

 勝ち目は、まったくと言っていいほどない。

 その巨漢が日本刀を振り回し、髪の毛を、見せしめに
ぶった切る。
 この時点で精神に異常を来たし、逃げ出すもへったく
れもない状態に追い込まれたのは、想像に難くない。

 さあ、問の続きだ。
 おまえなら、どうするのだ?
 殺すか? 殺せるのか?
 できないだろう。
 そして、やられてしまうのだ。
 やられて、ニュースで大々的に報じられ、世間のさら
し者にされる。
 されて、あげ句に、みんなに、ばかだなんだと、
さげすまされる。
 こうなれば、誰だって思わずにはいられないのではな
いか?

 いったいこの仕打ちはなんなのだ! と。

 

 オレたちの国の人間が被害に合ったというのに・・・。

 

 揚げ句に、後日行われた取り調べでは、このカバキな
る男はしゃあしゃあと「完全なる合意の上でのこと」と
のたまい、更にあろうことか、彼の地の裁判では、無罪放
免ときやがった。

 ちきしょう、くそったれめ。
 なにが合意だ、なにが無罪だ!

 

 あの大バカやろうを、オレは日本刀でぶった切ってや
りてぇぜ。

            了