SD22・顛末記


東名の川崎インターに入ったのは、2日の夜9時5分のことだった。
出発する前には、バンド連中と、電話でこんなやりとりをしていた。
「マルなんかは、何時頃出る予定だい?」
「ぼくたちは11時か・・・12時には、池袋を出発する予定です」
「11時! 遅いよ遅い、絶対に渋滞に巻き込まれるぞ!」
「そうですか。じゃあ、10時にします」

結局この1時間の差は、現地到着で、4時間近い差となって現れる事となった。
そして更に後から出発した---つまり12時に---うちのスタッフの連中との差は、
8時間にも広がることとなったのである・・・。


オレとマユミが事前の渋滞情報からはじき出した結論は、
「とどのつまり、中国吹田を3日の朝5時には通過していなければ、その手前
およそ500Hの区間で10箇所ほど起こる渋滞のすべてに引っかかってしまう」
というものであった。
読みは見事に当たった。
オレたちは小便をチビらす恐怖には一度も遭遇せず順調に走り続けることができ、
朝7時には、TIサーキットのゲートをくぐっていた。

駐車場にはチャリンコを積んだクルマがたくさんいた。
この日は、サーキットのコースを使って、
チャリンコのレースが行われる予定だったのだ。
様々なクラスに分かれていたが、
200台とか300台ぐらいはいたのではないだろうか。
まったくの無音で行われるそのレースをしばらく見入った。
バイクのレースではまずあり得ないような、
楕円状のダンゴとなって、一団が駆け抜けて行く。
それも、とても人が自分の足で漕いでいるとは思えないような速さでだ。
ふたりして、これはこれで、すげえ世界があるものだと感心した。

10時頃になって、オレたちは食い物と飲み物の買い出しに出かけた。
大阪方面から来ると、山陽道の備前か中国道の佐用インターが最寄りとなる。
近いのは---そしてこの時期に渋滞を避けられるのは---佐用インターのほう
なのであるが、こっちから最短ルートで来ると、途中はまるで林道のように
細い道となっているので、通常使われることはない。
大型車は100%往生してしまうこととなるので、TI側で作成している
サーキットへの案内図にも、佐用からのルートは記載されていない。
その道をオレたちは通って来ていた。
そしてまた、そこを逆に辿って買い出しへと向かっていた。
目指したのは、美作土居の駅周辺である。
反対方向、つまり備前へと向かう途中にある和気や吉永の町よりも、
こちらの方が距離的に近かったからだ。
だが、それは失敗だった。
土居の町は、おそろしいほどなにもない、小さな集落だったのだ。
駅前で「この近くにコンビニはありますか」と通行人に聞いた。
そんなものはこの辺りにはないと、ものの無造作に言われた。
その駅がまたすごい。
昭和30年代の便所が、そのまま生き残っていた。
オレは懐かしさにムセんだが、個室に入ったマユミは、
息をすることができずに、目的を果たさない、
いや果たせないで本当にムセながら、すごすごと帰って来た。
数件ある商店も、中は真っ暗だった。
これがFRの取材のときであるならば、ためらわず入っていであろうが、
後から腹を空かせて来る連中のために、できるだけ旨そうなものを
---そして新鮮なものを---
食べさせてやらねばならないという立場のこちらとしては・・・・。
どちらから言うともなく、後発組に連絡し、インターを降りてすぐの
ところにあったコンビニで、代理購入してもらおうとなった。

連絡をした後、せっかくここまで来たのだから、街道沿いにクルマを
止めて、みんなが来るのをこのまま待っていよう、ということにした。
坂の途中にある広くなっている部分にクルマを止めた。
前は山、背後にはのどかな田園風景が広がっている。
クルマもほとんど通らない。
そんなところで、暑いからと、ドアをガバッと開けてくつろいでいた。
すると後ろのほうから、
「うおっ〜うぇぇっ〜!」という声が聞こえてきた。

誰かが、吐いているのである。

まだ11時前だ。そして雲ひとつない、直射日光の下でだ。
汚ぇなあ〜、と振り返ると、50メートルほど離れたところに、
自転車を降りて押している男がいた。
さっき駅前の商店街? でちょろっと見かけた男だった。
酒屋の前でなにやら大きな声を出していた、人相の悪い巨漢だ。
その男が、駅から街道へと続く坂道を、
ヨタヨタと上って来ているのだった。
しばらくすると、今度はクルマのすぐ横のあたりで、なにやら
うめき声とも、坂道に対するグチともつかぬ、妙な声が聞こえた。
首を捻ると、男と目が合った。
「飲み過ぎたのかい?」
言ってから少し後悔した。
「そうなんですよ」
その男が自転車を置いて、こちらへと歩みかけて来たのである。
少なくとも身長は180センチ以上。90Lはあるだろう巨漢だ。
それで・・・頭は坊主、首には金のネックレス。
手首にも、金のブレス。
とうてい、まともな人間には見えない。
よく見れば、の話だ。だがもう遅い。
「どっから来たんですか」
「川崎です」
仕方がないから、オレは平然と答えた。
すると男は意外な反応を示した。
「ああ、それじゃあ、何かあげましょう!」
そう言って、さっき買い込んだ物が詰まっているらしい袋の中を、
ガサゴソと探り出したのだ。
川崎から来るとなぜ物が貰えるのか。深くは考えないことにした。
何かないかなあ・・・何か・・・ガサ、ゴソ、ガサ、ゴソ・・・
左を見ると、マユミが仰天して目を剥いていた。
右を見ると、男がこぜわしく動き回っていた。

「あっ、これがいいや。アイスクリーム、食べますか!?」

断るとなにかこう、大変なことになるような気がした。
「えっ、いいんですか?」
オレは有り難く頂くことにした。
「いいんですよ!」
開ききったドアの内側にもたれかかるようにして、
男はアイスクリームの袋を差し出した。
そのとたん、ブベベベッとツバキが飛んで、オレの目の中にもろに入った。

「うわあっ汚ねぇ、ツ、ツバが目の中に入った!」
オレは反射的に喚くと、トレーナーの袖で目を拭った。
「あっ、すいません、そうですか、すいません」
「うわ汚ったねぇ、うわ、うわ!」
繰り返すのはなんだと思ったが、繰り返さずにはいられなかった。
なにしろこの男はさっき、「うおええっ!」とゲロを吐いていたのだ。

男は恐縮するが、話は逆に、それから止まらなくなった。
まず、ヌッという案配で中をのぞき込んで、マユミのことをしきりに、
美人ですねえ、いい女ですねえ、と誉ホメだした。
ニタ〜ッとして、頭のてっぺんからつま先まで、ナメ回すようにして見る。

なにやらちょっとヤバイ雰囲気になって来たなあと思ったオレは、
男の素性を探ろうと、いろいろ質問してみた。
そうしたら、しゃべる、しゃべる。しゃべる、しゃべる。
自分はどこの何者で、前はどこにいて、いまどうしてここにいるのか。
さっきは何をしていて、いまはどのくらい酒を飲んでいるのか。
どこそこの組長とどこそこの組長は良く知っていて、何度合ったことがあるの か。
政治家は誰と誰を知っていて、誰と会ったことがあるか。
石原慎太郎とも会ったことがあって・・・・。
しゃべる、しゃべる。

タバコを取るフリをしてマユミを盗み見ると、下唇を噛みしめて耐えていた。
女の長髪は便利なものだと気が付いた。スダレ代わりに使えるのだ。
オレは笑うことはできないし、顔を隠すこともままならない。
「へー、すごいですね。いろいろなお偉いさんをご存じなんですね」
本当に驚いたように言ってみた。
「はははは。まあねえ・・・・」
男はまんざらでもないという顔をして笑った。
オレはまたツバキが飛んで来ないかと身を引いた。
そのうちどうやら年は、40歳らしいということが分かって来た。
「私もねえ、これでもう40になるんですが、いろいろとねえ・・・」
と言ったので分かったのだった。
そして、「私もこれで」というあたりや、「いろいろとねえ・・・」
というあたりのニュアンスから、どうやらオレのほうがずっと年下であると
思っているらしい、というふしが受け取れた。
オレは言った。
「ひょっとしたら、アメリカの大統領なんかともお会いしたことがあるんです か?」
ゲホゲホッとムセたふりをして、吹き出しそうになったのをゴマ化したあと、
マユミは窓のほうを向いてタバコを吸い始めた。
「いやあ、アメリカの大統領はちょっとねえ・・・」
男が真面目に答えた。
ハッタリをかまさないで真面目に答えたので、オレも真面目に答えた。
「そうでしょうねえ、彼も忙しいでしょうからねえ」
マユミがまたムセて、唸った。

そろそろ、バンド関係の連中が通りかかってもおかしくない時間になっていた。
オレはもしみんなが血相変えてクルマから降りて来たらどうしようかと思ってい た。
なにしろ・・・この人物の正体は取りあえずこちらに置いておくとして、
この場面は端から見れば、
どう見てもヤクザ者にでも絡まれているようにしか、見えないだろうからだ。
この風体の巨漢が、開ききったドアの内側に入り込み、顔を寄せ、
まさに---まさに、だ!---口角泡を飛ばしながら、なにやら話しているのだ。

そのバンド関係の連中の乗ったクルマが2台連なって、
緩やかなコーナーの先からシュッと顔を現した。
「あっ、来た来た!」
待ち人きたる、をオレは男に告げた。
そのとたん、男はぴょんという感じでドアから離れた。
2台は脇目も振らずといった案配で、そのままシュッと通り過ぎて行った。
後で聞いたら、いつ現れるか分からない、
曲がり口の町名看板を凝視していたのだという。
助かったのか、助からなかったのか、よく分からないが、
とにかくそれを切っ掛けに男が自転車へと戻ったので、オレはアイスクリームの
礼を言ってから、クルマをターンさせかかった。

「どうもどうも。ありがとうございました!」
男はニコニコしながらじっとオレの顔を凝視していた。
そして・・・一度、不審そうな表情をしてから、唐突にこう言った。

「あれえ・・・もしかして・・・」

じーっと顔を見つめ続けている。黒い皮の帽子にグラサン姿のオレの顔を。

「あっ! もしかしたら、有名な人なんでしょう!」

完全にUターンし切り、ニヤッと笑いながら手をかざすオレの耳に、
最後の声が聞こえた。

「有名人なんだ!!!!!」

20分ほども溜め込んでいた、マユミのけたたましい笑い声を聞きながら、
オレは連中の後を追った。
すぐに追いついた。
抜かした。
そのまま先導した。
走りながらマユミに言った。
「おい、ウエットティッシュくれ! むおっ!」
「目に滲みてもいいから、アルコール入りのやつをくれ! ふげっ!」
拭いてから、道のど真ん中でいきなりクルマを止めた。
後ろの連中がドアを開ける前に、先に駆け寄った。
変なところで挨拶を始めるものだと訝しがる連中に言った。

「事情は後で話すが、アイスクリーム、食わねぇか?」
「・・・・? ああ、いいんスか? 頂きます」

オレは黙って、貰ったままの袋を差し出した。




サーキットに到着したオレたちは、予約しておいたロッジへと入り込んだ。

ロッジは会場となる駐車場の敷地の中に建っている。
エントランスの部分より毛足の長いカーペートが敷き詰められている、
ホテル顔負けの宿泊施設だ。
ここが、いつもスタッフルームとなっている。
目の前はこれからオートバイで埋め尽くされるであろう、砂利の駐車場だ。

その50メートルほど向こうにはゲートからの舗装路が真一文字に横に延び、

その通路の向こう側はコースのメインストレートを見下ろす観客席となっている。
一番奥に位置するロッジから見ると、左方向へと続く駐車場は、
歩くのが面倒なほど遠くで、斜面により途切れている。
取りあえず手回り品を降ろすや否や、たちまち宴会が始まった。
まだ、午後の1時を少し回ったあたりである。
なぜそんな早いうちから飲み始めるのか?
明日には、いやというほど飲むのに決まっているのに・・・。
「体力を消耗させて、早寝する」理由はこれに尽きる。
みんなヘトヘトに疲れている。
だが、だからといって、ここでゴロッと寝てしまったら最後、超熟睡してしまい、
その結果、真夜中に、体調100の状態でスカッと目が覚めてしまう。
そうなったらえらいことだ。
そのまま朝を迎え、昼を迎え、リハが始まり、本番へと突入する・・・。
それが分かっているから、みんなしてもっと疲れながら、
酒を飲んでヘロりながら、夜まで起き続けるのだ。
これはオレたちミュージシャン/スタッフサイドでの、
SDでの常套手段なのであった。
やがて遅れて来たスタッフの連中も顔を出し始めた。
暗くなる頃にはほぼ全員が揃った。
そしてみな、8時、9時にはさみだれ式に意識を失って行った。

翌日---つまりSD当日だ---も現地は良く晴れ渡っていた。
朝8時にはステージカーや機材を満載したトラックが到着した。
まず最初に、ステージの位置を決定することから作業は始まった。
これが、すべてのものを配置するための基準となるからだ。
ステージの位置は、去年とは正反対の側となることが事前に決められていた。
実は、少し前に、ル・マンに出走するというGT-Rのテストが行われた。
それも夜間テストである。
そのすさまじい爆音は山を越え、民家に苦情を言わしめていた。
結果として、今回のSDは、住民をあまり刺激したくないとの理由で、
もっとも民家の少ない方角にスピーカーが向けられる事となったのだった。

問題はもうひとつあった。
反対側にするのはいいのだが、ステージカーを置く場所は、
地面が少しだが、右方向に傾斜しているのである。
傾斜といっても、ステージの全幅に対して、せいぜい10センチ程度のもの
なのであるが、これがなかなかクセ者で、上に立っていると、目眩を
起こしたかのように、なにかの拍子におっとっと、となることがあるのである。
意識していれば問題はないのだが、なにしろステージの上に上がる人間は、

例外なく、と言っていいほど、みな酔っぱらっているのだ。
特に、オレはひどい。
すると、すぐに言われるのだ、「シンヤさん、もう足もとが危ないよ」と。

だがこの問題は、器用なスタッフが焚き火用の丸太をチェーンソーで
うまく輪切りにし、それを台座として並べることによって解決してくれた。


ステージを組む人間。PAを配置する人間。売店をセットアップする人間。
受付を設営する人間。巨大な焚き火を組み上げる人間。
照明を配置する人間。ゴミ箱を配置する人間・・・・。
戦いが始まった。
特に苦労するのが、焚き火担当の連中だ。
なにしろ底辺でベースとなるものなど、
4人掛かりでやっと持てるほどの重量なのだ。
あまりにも重いので、連中は最初大きな5角形で組み上げていた。
悪いが、それじゃだめだ、高さが足りなくなる、平べったいのはかっこ悪いぞと、
オレは途中で井桁に組み直してもらった。
「わかりましたぁ。いいっスよぉ!」
いいわけはない。それは大変な重労働なのだ。
だがみんな、いやな顔ひとつせずにやり直してくれる。
オレにできるのは、冷たい、良く冷えたビールを休憩時間に差し出すことぐらいだ。
手伝おうとすると、
「ここはいいから、他に行って指示を出してくれ」と言われてしまう。
ひどいのになると、
「危ないからあっち行っててくれ」と追い払われてしまう。

実はSD名物のこの巨大な焚き火には、爆弾が仕掛けられている。
正体は、ポリ袋に詰められた軽油だ。
ひとつに対して400〜500M、
それを10個ほど、場合によっては20個ほども仕掛ける。
そして最後に、点火直前になってガソリンを上からぶっ掛ける。
一気にドカッ! とかっこよく燃え上がる秘密はこれなのだ。
今回、オレはもっと派手にしようと、軽油ではなく、ガソリンにしろと言った。
返って来た答えはこれだ。
「ガソリンだあ? シンヤさん、点火したとたんにドリフターズみたくなりますよ」
そしてみんなで笑う。
そうかと、オレは素直に従った。
なにしろ、連中は実際の体験を10数回も積んでいるのだ。
爆弾の量、配置、そして最後のガソリンの量と配分を、体験上、会得しているのだ。
ノウハウとは、まさにこのようなものを指して言う。

同じ事は、バイクの誘導とテントスペースの振り分けにも言えていた。
SDの会場はどこでも、ステージ周りとは完全に別個に、駐車スペースと
テントスペースを、野球グランドの少なくとも2面分以上は確保している。
これだけ広ければ、どうにでもなるのではないか? と思いがちだが、
そうではないのだ。
まず、通路というものを確保しなければならない。中には夜中に帰る連中も
いるからだ。
端から無造作に止めさせてしまうと、そのときになってえらいことになってしま うのだ。
それも、思っている以上にタップリ取っておかないと、
出し入れしているうちに他車と接触して倒しただの、
テントの端を踏んづけて、ポールを折ってしまっただのとのトラブルを起こす。
テントの設営にしても同じ事だ。
図面上でいくら計算して指示しても、
みな自分のテントの前には庭のようなスペースを取りたがるものなので、
決して計算通りにはいかなくなるものなのだ。
そして、みんなはその庭部分を第2のSDステージとしようと楽しみにして来るのだ。
したがって、通路は庭の部分も見越した上で確保しなければならないのだ。

だが、これを過度に行うと、スペースがどんどんと足りなくなっていく。
スペースがなくなってしまった日には、後から来た奴は信じられないほど
窮屈な思いをしたり、コンクリートの上に張らされたり、
バイクの場合はみなが退けるまで出ようにも出られなくなってしまったりするのだ。

いよいよミュージシャン連中のリハーサルが始まった。
ゲートの前にはすでに200台近くのオートバイが溜まっているという。
(みんな遠くから走って来て疲れているのだろうな・・・)
そう思うから、オレとしは、今にでも入れてあげたくて仕方がない。
だが、舞台裏、楽屋を見せることはできないのだ。
特に、それをやられてしまっては、ミュージシャン連中の立場がない。
最高のステージを見せるために、セッティングを行う。
カッコイイステージを見せるために、何度もズッこける。
見せてたまるか! 見られてたまるか! ということだ。
サーキットの爆音に負けないほどの大音量でスピーカーが唸る。
何事ぞ、とスタンドからレースの観客が覗きに来る。
音合わせだから、当然みな、てんでんバラバラの音を出している。
覗きに来た連中は、なんてへたくそなバンドなんだろうと思ったに違いない。
そして、これじゃあ人気がなく、観客がほとんどいないのも無理はないわ、と。

2時55分。
「よし、それじゃあ今から入れるぞ」
「みんな準備はいいか?」
オレはでかい声を張り上げた。
いよいよだ。いよいよ22回目のSDが、始まる。
TIから借りたPW80に跨ると、肩からハンドマイクをぶら下げてゲートへと向かった。
大蛇のようなオートバイの塊が見えた。
「うお〜い! みんなよく来たな、お待たせぇ〜!」
あらっ? という顔をしたあと、みんなも「うおぉぉ〜っ!」と返して来る。

「うおっし、そんじゃあオレといっしょに入場しよう! 後ろに着いて来い!」

サーキットにやって来た一般客は、みな目を剥いていた。
いかつい男たちの延々なる行列。
バイク・バイク・バイクの、これでもかという行列。
その先頭を走る、オモチャのように小さな、子供用のバイクに乗った男。
口をあんぐりと開けるか、吹き出すかのふたつにひとつの光景だ。
「お疲れさんで〜す!」
マユミ率いる受付の女性スタッフが、口々に声を掛ける。
いらっしゃいませ、ではない。
お疲れさんです、と声を掛ける。
みんなで作って行くのだ、このSDは。
同じバイク乗りが、みなで集まって・・・・。
そういう意識のもとで開催しているから、いらっしゃいませではなく、
あくまでも、「お疲れさん」なのだ。

駐車場がどんどんとオートバイで埋まっていった。
テントが、華を咲かせ始めた。




会場内を、皆が闊歩し始めた。
屋台に足を運び、飯をほおばる者。
さっそく一杯やり始める者。
知った顔がいないかと、仲間を探す者。

そして・・・さながらカスタムバイクショーと化している、駐車場をうろつく者。

こいつが、一番多い。
個性豊かなオートバイ、各自趣向を凝らしたオートバイが、
数百台もズラリと並んでいるのだ。
見ていておもしろくないわけがない。
受付テントの片隅で、良く冷えたビールを煽りながら、そんな様子を見ていた。
「おいなんだ、あのマジェスティは!」
ウルトラマンだの仮面ライダーだのを、2等身にデォルメして、
大きく、そして実にきれいに車体の四隅にペイントしてある。
「あっ、どうも。シンヤさん、あきひとです・・・・」
「あっ。あなたが、あきひとさんか!」
「シンヤさん・・・・みょう汁です・・・・」
「おおっ、みょう汁!」
来るわ、来るわ、ここでのお馴染み連中が。
「あっ、あの〜、ぼく、ひろ@です・・・」
ひろは、話すことはできるが、聞くことができない。
持参していたノートで、オレはしばし筆談に興じた。
「ぼくなんかが、ほんとにこんなとこにいても、いいんですかねえ・・・」


いつも不安に苛まれていた。
いつも恐怖に怯えていた。
追い出されるのではないか。
白い目で見られるのではないか。
俺は場違いなところにいるんじゃないか・・・。

ひろは、常にそんなことばかりを考えていたのだという。
ばか言ってんじゃねぇよ、なんでそんなことを思う必要があるんだ?
怒ったような顔をして書き殴ってから、オレはニコッと笑った。
ひろが、初めて笑った。
「ああ、そうですか・・・・よかった・・・・」
みんな仲間だろうが。安心して、心ゆくまでたっぷり楽しんでいけよう!
オレは思いを、いや、みんなの思いをノートに叩きつけた。

5時。
開演の時間だ。
ついに本番の始まりがやって来た。
「おい、行くぞ! SD、22・・・・乾杯!」
ステージから喚いた。
うぉぉぉぉ〜〜〜! というどよめきと共に、酒瓶が、缶ビールが掲げられた。
天突く酒槍だ。
このために、「泊まることを絶対条件」としてSDは開催されている。
振り返り、「マルイチ!」と喚いた。
背後でスタンバッていた、マルイチのライブが始まった。
しばしのトークタイムの後、演奏はELBに切り替わった。

陽が、落ちていく。

相変わらず、受付の前をオートバイが通り過ぎて行く。
ヘッドライトが後から後から坂を駆け上がって来る。
それがフッと会場に吸い込まれ、遠くで轟音を轟かせている。

照明が灯った。

闇に包み込まれかけていた会場が、突如としてスポットライトの中に浮かび上がる。
それをきっかけに、ジミセンのギターが、サミーのボーカルが更に熱くなる。
そのステージが、突如としてフリーズした。
「シ、シンヤさん、なにしてんの、今だよ今!」
楽屋で来場者の誰かと夢中になって話し込んでいたオレは、
こりゃやべえとテントを飛び出し、ステージに駆け上がった。
スタッフが松明を放りよこす。
「ファイアー!」
飛び降りてダッダッダッとみんなの中を走った。
2回振り回してファイアーリングの軌跡を闇に描いた後、
そのまま巨大な焚き火に炎の先端を叩きつけた。
ドガッ!
高さ3メートルを越す櫓が一気に爆燃した。
(うおっ! やっぱ軽油にしておいて正解だこりゃ!)
軽い爆風を食らって一瞬アセッたが、何食わぬ顔をしてそのまま駆け戻った。

すでに会場内は、バイクとテントと人、人、人で埋め尽くされている。
だが、まだヘッドライトはやって来る。

またトークタイムで喚いた。
引きも切らず、持参した酒瓶を差し出しに来る。
「ありがとう。だが忘れるな、みんなの一杯、私の千杯!」
みながドッと笑う。
何百キロも離れた遠い町から、このためにと、とっておきの酒を携えて、走って来る。
「シンヤさ〜ん! 俺の酒、一杯飲んでよ!」
「おおよ!」
断れるか? 断れねぇ、オレには。
だから酔っぱらう。泥酔する。
こうしてできあがる、大酒飲み、大酔っぱらいの、佐藤信哉のイメージが。

構うものか。構いや、しねぇってんだ。
これがオレなりの、仲間との付き合い方ってもんよ。
そんなことをしていると死んじまうぞってか。
心配するな、ちゃんと言う、オレは。
「悪ぃ、でもキャップに一杯程度な」と。

マルとAYAがみんなの中を回って集めて来てくれた「トークで聞きたいこと」の
メモを見ながら、またオレはしゃべった、語った。
人生についてという大層な名分のものから、親という立場での、
バイクに対しての見方や考え方まで。
仕事の話から、失敗談まで、多岐にわたってしゃべる、語る。
そして、頃合いを見計らって、大声で喚いた。
「よしまた行くぞ、ライブ3、再びマルイチ!・・・・ワンツースリー!」
と叫んで振り返ったら、バンドの連中は、
まだドラムのキイチとベースのノギーが位置に着いていただけだった。
大爆笑に包まれた。
あはははは! と笑って誤魔化した。
トークで繋いで時間を稼いでいるうちに、セットアップは完了した。
「じゃもう一回いくぞ、マルイチ、よろしく、ワンツー・・・・」
途中で声が小さくなった。
振り返ったら、今度はボーカルのマルがいないのだった。
また会場は爆笑に包まれた。
「あれ・・・・マル、どこ行った・・・・」
誰かが脇から大声を出した。
「しょんべん行ってるっス!」
それでまた爆笑が渦巻いた。
「いいぞシンヤ兄貴!」
なにがいいんだかよくわからないが、とにかくオレは笑って誤魔化した。



目を輝かせている、女の子がいる。
走り回っている、小さな子供がいる。
どこからどう見ても、ふつうのおじさんに、おばさんがいる。
さっき知り合ったばかりという連中が肩を組み、酒瓶片手に踊っている。
そして、革ジャンに看板を背負った、いかつい男どもがいる。
それらがみんな、ごっちゃになって楽しんでいる。

先輩も、後輩も関係なく。
年下も年上も関係なく。
初心者もベテランも、バイクの大きさも、種類も関係ない。
男も女も、国籍も、すべて、関係なし。
誰もが対等に、平等な立場で、なんの心配もなく楽しめる場。
誰に命令されることもなく、また、することもなく。
威張ることもなく、威張られることもなく。


そんな世界を誰よりも望んでいたのは、実はこのオレ自身だった。


なぜなら、10代の頃、その正反対の世界に自分がいたからだ。


(オートバイが好きな者同士集まっているのに、なぜ恐怖心を抱かねばならないのだろうか)
(たまたま年がひとつ下だというだけで、なぜ威張られなければならないのだろうか)
(なぜ、他のグループというだけで、敵対しなければならないのだろうか)
(なぜ、目が合ったというだけの理由で、殴り合いのケンカをし始めなければならないのだろうか)


なぜ、なぜ、なぜ?!


オレの目の前にいる連中は、オートバイ乗りなのだろうか。
それとも、バイク乗りを装っているだけの、ただのチンピラなのであろうか。
そんな世界しか、周りにはなかった。
どこかに、ないのだろうかとオレは探した。
友達同士という小さな世界の中であるならば、それはあった。
だが、新たな出会いを求めようとすればするほど、つまり人数が増えれば増えるほど、
そんな世界は幻と化して消えていった。


そうか。ないのか。
ないのなら、オレが作ってやらあ。


SDの本当の原点は、実はこんなところにあるのだった。
真夜中の12時、ラストのステージでみんなで肩を組み、踊り合っている姿を見て、
オレはそんなことを思い出していた。
「友達を大事にしろ、仲間は、大切にしろ!」
「そして、必ず、必ず無事に家まで帰るんだぞ!」
十八番のセリフを喚く。
喚いて喚いて、叫んで叫んで、しゃべってしゃべって。
のどが潰れ、声がしゃがれる。
だが、それでもオレは、語るのをやめない。

「よっしゃ、みんな、売店からテーブル持って来い! 今度は焚き火の前に集まろうぜ!」

なぜ?
みんなの笑顔が、とてつもなく素敵だからだよ。
バイク乗りとは、何なのか。
バイク乗りとは、どうであるべきなのか。
そのあたりの感覚が、きっとオレと同じなんだろうな、
と思わせてくれる、みんなの笑顔が、ね。


今回も、素敵な一夜をありがとう。


優しいワルたちに、乾杯!