近所に、よくコイツが前に止められているアパートがある。
オレは前からその光景が、とても気に入っていた。
実に絵になっているのだ。
置かれているのはサドルシート、つまりカスタムのほうだ。
古典的な車体デザインに、このシートがやけにマッチして見えた。
前後のドラムブレーキも、やけにカッコ良く見えていた。
(いつかコイツで、トコトコとのんびり
ツーリングをしてみたいものだ・・・)
常々思っていたそのチャンスがやって来た。
ストリート・アタックで、白羽の矢が立てられたのだ。
オレはもうひとつのタイプ・・・
通常のシートに前後ディスクブレーキ装着という、
RSのほうも用意して貰っていた。
一見したところシートと前後のブレーキ、
そしてハンドルが違うくらいだ、
ならば、そう大して違わないだろうと思ったのだが、
どうせなら、乗り比べておこうと思ったのだ。
ところが 大して違わないだろう」などと思ったのは
大間違いも間違いで、
実はこの2車の仕様の違う部分は、
如実に感じられるほどの相違点となって現れているのだった。
特に、ブレーキだ。
これは如実というより、
驚くべきと表現したほうがいいほどの相違点だ。
こんな話を書こう。
編集部から2台を引き取るに際し、
伜とスクーターに2ケツして向かった。
それでオレは、乗りたかったカスタムのほうに跨がり家路へ着いた。
1kmほど走った大きな交差点で止まったときに、伜にこう聞いた。
「なあ優哉。ブレーキの効きはどうだい?」
「・・・う〜ん。あんま、効かないなあ」
伜はちょこっと小首をかしげながら答えた。
そして加えた。
「あっ、でもほら、俺ハヤブサのブレーキに慣れちゃってるから」と。
オレはクックックと笑って言った。
「そっか。ほんじゃあ次の信号で交換しようぜ」
なぜ笑ったのだか、
なぜ交換するのだか意味も分からないまま、伜はあいよと応じた。
その次の信号までバーッと飛ばして、
先に止まったオレの横で、追いついた伜がシールドを開けて喚いた。
「なんだよ親父! このブレーキぜんぜん効かないじゃんか!」
そう、ディスクに比べると、仰天するほどに効かないのだ!
これはオレとしても大いなる誤算だった。
前世紀の遺物とも言えるこのドラムブレーキでも、
現代の技術を持ってして製造すれば、
ディスクに遜色なく効くであろうと思い込んでいたのだった。
しかもこれは、良く効くハズのツーリーディングタイプなのだ。
とにかくこのドラムブレーキは、
近頃珍しいぐらい期待ハズレの効きをした。
ではシートはどうだろうか?
これも意外だった。
見た目からオレは、先端がグッと細くなっている
サドルシートのほうが足を真下に出しやすい、
ゆえに足着き性も良いだろうと思い込んでいたのだが、
RSのふつうのシートのほうが、実は格段に良いのである。
サドルシートは確かに形状自体はスリムになっているものの、
下にクッションとしての補助バネが入っている
(が、ほとんど動かず飾り物に近い)ため、
取り付け位置が高くなっているのである。
ちなみにカタログ上の数値を記載するならば、
シート高はカスタムが770mm、
RSが735mmと、35mmも低くなっている。
いや、カスタムが高いのか?
まあいい、
更に言うならば、RSのほうだって一番前に座ってしまえば、
ウレタンの角がかなり凹む
(こちらのほうが柔らかい。サドルのほうはかなり固い)ので、
実はスリムさ自体もそう大して変わらなくなってしまうのだ。
したがって、
この35mmという差はその数値以上に感じられるものだ。
コイツは元々車体が、ロードモデルとしたら
極めてコンパクトかつ軽量な部類に入るので、
取り回しについてはそもそも超優良児なのであるが、
そこへ持って来てこの足着き性の良さだ。
なんとアクセルターンすら決められるほどである。
アクセルターンとは、
車体を倒すなり急激にクラッチをミートさせ、
着いた片足を軸にしてホイールスピンで『その場旋回』するという、
ちょっとした遊び技なのであるが、
回り過ぎれば遠心力と釣り合わなくなり内側に倒れてしまう、
もし途中でグリップしようものなら急激に車体が起き上がって
反対側に投げ飛ばされてしまうという、
かなりの危険を伴う技だ。
昔はこいつをやらかす人間があちこちにいた。
街道にはまだ砂利道があったし、
なによりオートバイが今よりもずっとコンパクトであったからである。
しかし、それでもリスクを伴うことには代わりはない。
だから、オレは近年ではロードモデルでは、
例えぶっ倒して傷にしても自分が泣くだけ、
という自分のVmaxでしかやったことはなかったのであるが、
コイツの場合は・・・つまりRSの場合は
100%失敗しない自信があったので、無造作にやらかした。
「おい楠堂、一発アクセルターンかましてやっからよう、
そっちから撮れ!」
「えっ、アクセルターン? 大丈夫っスかあ?」
ズバッ! ズバッ! とオレは良いカットが撮れるまで
5回も6回もやらかした。
それがP115の写真なのであるが、取り回しの件に関しては、
この話がすべてを物語っていると思ってくれ。
さて、もうひとつカスタムとRSのちがいを挙げよう。
それはハンドル回りだ。
実は両モデルを乗り比べてみると、
どうもカスタムのほうがハンドルが少し重いというか、
微妙にネチッこいのである。
アップハンドルになっているだけなのにおかしいな・・・と
良くよく見てみたら、ハンドルホルダーの位置も、
カスタムのほうが(デザイン的な理由で)随分と手前に来ている。
理由はここにあった。
つまりハンドルの生えている位置が
ステアリングシャフトのセンターから大きくズレているから、
例えばの話トラクターや耕運機のように
左右にスイングさせるといった感じとなり、
それが重いという感覚を生み出しているのだった。
この感覚を少しでも緩和させるために、
アップハンドルを前方にグッと寝かせ、
グリップを握る位置・・・つまり実際に力を加える位置を
極力センターに近づけて、
少しでも相殺しよう・・・としているらしいのだが、
ということは、いかにもアップハンドルらしく見えるようにと、
自分でこれを手前に起こしてしまったら
この相殺効果は無くなってしまうわけで、
このスイング感は更に強いものとなるだろう。
さあ、ここまでは『カスタムとRSの相違点』を書いて来た。
では、その相違点を抜きにして、それ以外の部分では、
つまりエストレア単品として見た場合はどうなのだろうか?
まず取り回しは、先に書いた通り
ロードモデルとしてはゲタのように超優良だ。
ではエンジンは?
250ccという排気量で、乗り易さ、扱い易さが主眼に置かれたため、
コイツは単気筒で、しかもロングストローク
(ロングストローク、それは
『自転車のペダルが、軸から遠いところに付いている』
というのと同義語だと書けば分かり易いだろう。
ショートストロークはその逆だ。
ただし回転径は小さくなるので
たくさん回し易い=パワーは稼げるとなるのだが・・・
この話はいずれかの機会に譲ろう)
のエンジンを採用しているため、
低速域でもトルクがたっぷりあるのでギクシャクせず、
思ったより高めのギアーでもトコトコ走ることが可能となっている。
つまり、ほっつくには最適な特性となっているのだ。
そう、狙いどおりに。
では最高速は?
これは通常およそ120km/hほどで頭打ちとなった感覚になる。
そのままずっと粘っていれば、かなりの距離は必要となるが
テストコースでは135km/h〜、
下り坂や追い風の助けを借りて140km/hと、
同クラスの4ストのオフ車とレベルは似たようなものだった。
これを不足と考えるか、必要十分と考えるかは
個々の解釈によって大いにちがって来るところだろうが、
コイツの排気量とキャラクターを考えたら、
文句を言う奴はあまりいないのではないかとオレは思う。
そうそう、キャラクターで思い出したが、
コイツには車体イメージにピッタリの、
ホルンのようなカッコをした大きなホーンが
取り付けられているのであるが、
これがまた、でかい音を出すのだ。
このクラスだとコストとの兼ね合いが大きく物を言い、
「ピッ」だとか「プッ」だとかというショボい音しか
出ないものも多いが、
コイツのは「パァウッ!」という大型車並の音量を出す。
このあたり手を抜いてないというのは非常にありがたいとオレ思う。
なにしろ、
「やべえ!」と思ったときに鳴らすことが多いのだから・・・。
さあ、そろそろ総括に入ろう。
コイツはまぎれもなく『買い』のバイクだとオレは思う。
ただし、オレとしてはRSのほうを薦める。
理由は冒頭で書いたブレーキの問題だ。
シートの話は、足が長ければまったく問題とはならなくなるし、
また、ハンドル位置の相違による若干のネチッこさの話も、
テストのように頻繁に乗り換えさえしなければ、
気が付かないというか、気にならないというか、
とにかくその程度のレベルのものでしかないので、
これも良しとする。
だが、ブレーキだけはどうにもごまかしようがない。
メーカーが保証を付けて売っているものだから、
本当の意味で効かないということはない。
だが、カスタムからRSに乗り換えたら、誰でも
−−誰でも、つまり初心者でもベテランでもだ−−
あまりのちがいに愕然として、
ドラムに乗るのがイヤになってきてしまうことだろう。
まあ、オレのRSお薦めの理由は
とにかくこのような前提でのものなので、
「べつに飛ばすわけではないから・・・」
「昔はみんなドラムだった、でも、何も問題はなかったぜ」と
言い切れる人に取っては、余計な話となってしまうのだが・・・。
カワサキというメーカーは、他のどんなメーカーよりも、
バイク乗りのツボを押さえているのではないか?
とオレはつくづく思っている。
W650にしろスーパーシェルパにしろ、
あんなに乗り易く、振り回せて楽しいオートバイはない。
12R? いいだろう、あれも。
しかし飛ばすだけがオートバイではない、
ということをカワサキはちゃんと分かっているのだ。
このバイクも、その延長線上にある。
バイク乗りって、
実はどんな人種なんだ?
なにがしてぇんだ?
これからどんな時代になって行くんだ?
実はどんなものを求めているのだ?
そんなことを真剣に追求して行くと、
このバイクは実に的を得たポジションに居ることが分かる。
異次元の世界を味わいたかったら12Rを買ってくれ。
でもそうではなく・・・
それを突き詰めると、コイツになるのだ。
車検の無い250、維持費の安い250ccクラスで、
シンプルゆえに安価で、コンパクトで取り回しが良くて・・・
そうすると、こういうバイクが出来上がる。
街中を風のように駆け巡り、高速道路を疾走し、
チェンジを駆使してワインディングを駆け抜ける。
250では、今やスクーターがその主役を奪おうとしている。
ここに掲載されている写真が
もしスクーターでのものであったならば、
みんなは何を感じるだろうか?
バイクだからこそ、絵になるのだ。
他メーカーからも、もっともっとこのクラスの
乗り易く手頃なオートバイが出て来るのを、
オレは期待して待っている。
でないとこのクラスは、そう遠くないうちに
間違いなくスクーターに駆逐されてしまうだろう。
コイツはそんなスクーターを蹴散らさんばかりに孤軍奮闘している。
『我が名、オートバイ・我、ここにあり!』と。
キャプション
アクセルターン
砂塵巻き上げズバッ! と決まったアクセルターン。
マックスターンではない。
あんなにスローモーな動きはしないのだこのワザは。
1秒ちょっとで180度のターンを決める。
それが出来るのは、コンパクトな車体と軽い車重のお陰だ。
エンジン右
日常的に使用する低中速域を重視。
点火系はフルトランジスタ方式のデジタル制御だ。
1軸バランサー装備で、振動もほとんど取り去られている。
エンジン左
プッシュロッドカバーふうのものが取り付けられているが
、OHVではなくOHC。
高回転を無視しているので、シンプルな2バルブ方式を採用。
ホーン
楽器のホルンを思わせる形状をしたホーンは、
音色もいかにもホルンを連想させるものだ。
またでかい音がするのだ、これが!
リアビュー
この太さのタイヤだと、
ワダチに乗り上げたときでもハンドルを取られにくい。
スリムなこともあり、
渋滞路の擦り抜けはまったく苦にならない。
シート下グリップ
このサイドステーはバイクを出し入れするときや
センタースタンドを掛けるときに超便利。
まさに絶好の位置に、頑丈そのものに装着されている!
シート下スプリング
これがあるから乗り心地もさぞ良かろうと思ったのだが、
確かにある程度クッション効果はあるものの、
シート自体が固いので効果は差し引きゼロ。
ハンドル
アップハンドルとノーマルのちがいが良く分かるカットなのだが、
アップのほうは付け根がグッと手前に来ているのが分かるだろうか?
このため回転の芯からズレる→左右にスイングするような感じになる
→で、若干ネットリした手応えとなっている。
ブレーキ&クラッチレバー
RSのほうはディスク=油圧マスターシリンダー付きゆえに、
レバーの遠さを調節できるダイヤル付き。遊びの調整ではなく、
レバーとグリップとの距離を調整するものだから、
手の小さい人にはありがたい装備だ。
フロントブレーキ
ドラムブレーキ、これ見た目はめちゃカッコイイのだけど、
一度でもディスクを握っちゃうと
効き・タッチとも「なんだこれ」となってしまうのだよ。
実際どの程度の差なのかは自分で乗ってもらうしかないので、
是非とも試乗することを薦める。
リアブレーキ
オートバイの場合、大減速時にはリアは浮き上がってしまうため、
リアの場合はドラムでもディスクでも
あまり大勢に影響はなくなって来るのだが、
ただし2ケツして荷重が大きく掛かっているような場合は・・・
やっぱりディスクのほうが効くのだこれが。
MB 2001.12月号