Kawasaki 250TR
元祖TRがあったのは今からおよそ30年も前の話だ。
シリーズで90cc〜350ccまでラインナップされ、
90にはボス、125はボブキャット、
250はバイソン、そして350はビッグホーン・・・
という具合にそれぞれ愛称が付けられていた。
ただし、バイソンという名称は他社が商標登録していたため
途中から使用することができなくなり、
単なる「250TR」と呼ばれるようになったのだった。
全車2サイクルの、
当時としてはバリバリの高性能オフロードモデルであった。
コイツはその「250TR」のイメージを蘇らせたモデルである。
なぜイメージを蘇らせたモデルなのか?
そいつはこうだ。
これらのような「いかにもオフロードバイクの形をしたモデル」が
登場する以前は各社どこもみな、
ふつうのオンロードモデルのマフラーをアップタイプのものに変え、
ハンドルを幅広のものに交換し、
アンダーガードを取り付けたり、
リヤスプロケットを若干大きなものに交換するなどして
「不整地仕様に改装した」
というレベルのものばかりだったのである。
その後ヤマハがDT-1という、
画期的とも言えるオフロード専用設計のモデルを登場させてから、
このジャンルは一気に変貌を遂げて行くのであるが、
現代に蘇ったこのTRは、
名称とデザインは昔のものを引き継いでいるが、
コイツは昔のように
「オフロードバイク」 として作られたものではないのである。
当時のTRのような外観をしていようが
不整地に都合の良いブロックパターンのタイヤを履いていようが、
今度はあくまでも「ストリートモデル」として
送り出されて来たものなのだ。
それも4ストで。
早い話がTWで火が着いた、
車検なし
(おのずとこれで排気量は250ccということになる)
シンプル
(軽量化のため余計なものはとにかく省くというのが
オフ車の基本だ)
安い
(エストレアより11万円以上も安い34万9000円 という価格は、
エンジンを新規開発せずにそのまま戴いたからだ)
という、カスタムベースとしては絶好な車両の、
カワサキ版・第一弾ということなのだ。
メーカー側でも「気軽に乗れるバイク」であることを
強く意識して開発したと言っているのだが、
「教習車として使えるようなバイク」というのが
乗ってみたオレの第一印象だ。
775mmとシート高が低く、しかも車体がスリムなために
足着き性が極めて良く、車重も134kg
(ちなみにエストレアはRSが142kg、カスタムが148kg)
とストリートバイクとしては滅法軽いため、
足場が悪かろうが多少傾こうが、まったく怖くない。
どうにでもなってしまうのだ。
そして低速が
−−それもアイドリング付近の回転数の−−
これまた極めて強力なので、エンストとはほとんど
無縁の走りができるのである。
2速に入っていようとも、ほとんどアイドリング
させたままの状態でUターンさせることが可能なほどで、
プラス50回転か100回転も回っていれば、かなりの急坂すら
トコトコと上がって行ってしまうほどそれは強い。
ディスクの効きは十分だし、
ついでに言えばハンドルも44度とガッバッと切れる。
乗り易さは保証しよう。
オートバイに乗ったときに感じるものが、オレにはふたつある。
ひとつは、
突出した性能を手に入れたということ自体に起因するものだ。
ものすごいサスペンションを備えたオフロードバイクや、
途方もないパワーユニットを搭載した超大型バイク等に
乗ったときがそれだ。
もうひとつは、
性能的には見るものは何もないが、
とにかく自分に取っては乗り易いこと極まりないバイクに
出会ったときに感じるものだ。
この場合はオートバイそのものではなく、
自分自身の内面にオレは夢を見い出すのだ。
意のままに扱うことができるということは、
主導権は完全にこちらの手にある、
つまりバイクに何かをしてもらうのではなく、
自分がバイクに何かをさせてやる、
という立場になるわけだ。
これがオレにはたまらない魅力となっている。
もう少し噛み砕いて書いてみよう。
映画大脱走の中でスティーブマックィーンは、
トライアンフであの映画史に残るジャンプシーンを披露した。
しかし、仮にもしあれが「いかにも」の
モトクロッサーでやっていたとしたら、
みんなはどう感じるだろうか?
あるいはバリバリのオフロードバイクで、やっていたとしたら?
かなり興ざめしてしまうのではないだろうか。
そう、ちょうど日本の映画やドラマで
型落ちの古いクルマが出て来ると(ああ、壊すんだな)と
先が読めてしまうように。
そこをふつう(に見えるように仕立てただけだが)の
トライアンフで、ロードモデルで、
道から外れ、牧草地帯へと乗り入れ、
キョロキョロしてたかと思ったら、
そしたらあろうことかあの大技を放った。
だからみな度肝を抜かれ、カッコ良いと唸ったのだ。
もう少し続けよう。
オレのVmax改チェーンドライブ160馬力・上等。
まるで映画007の秘密兵器を得たかのような得意さと、
優越感と、それに相応しい現実を提供してくれる。
これはこれでいい。
だが、主役はオレではない。
あくまでもVmaxのほうなのである。
「スーパーカー・降りてしまえばただの人」のようなものだ。
では、例えばモンキーに乗っているときはどうだろうか?
加速させるのはオレで、
ジャックナイフを起こすほどにブレーキを使い切るのもオレだ。
突如曲がりたいと思ったら、
まるで視線誘導装置が付いているかのごとく
ファッ! と曲げることができる。
工事現場、荒れ地、一切関係なし。
オレが行きたいと思ったら、
その方向へ無思慮に、無造作に行くことができる。
すべては「極端に乗り易い」から可能なことなのであるが、
ともかくこんな場合は主役はバイクではなく、
完全に人間の側に収めることができるのだ。
そう作られていようがいまいが、
用途は自分で決定してしまう・・・
マックィーンがトライアンフをそうさせたように、ね。
このTRは、オレの中ではその延長線上にある種類の
オートバイなのである。
歩道に乗り上げたいけど、アプローチがないよ。
「よし行け、TR! ドーン!」
という具合に。
うわっ、このまま行くとあの木片に乗り上げてしまいそうだよ。
「構わねぇ、後はオレがなんとかしてやるから
気にしないで踏ん付けろ、バッコーン!」
というあんばいに。
なに、突然砂利道になっちまったぞ、どうするおい!
「オレがバランス取ってやるから、
おまえは余計なこと心配しないで突き進め、ドドドドッ!」
というように・・・。
ライディングは二人三脚だ。
持ちつ、持たれつ。
ただし持ち株の比率はバイク49パーセント、乗り手51%。
あくまでも主導権はこちらが握っている種類の乗り物。
そしてTRの場合ならば、
その比率は9対1ほどまでにも高めることができるのだ。
これなら怖くない。
これならどうにでもなりそうだ。
そう感じると、バイク乗りにはどんな変化が訪れるだろうか。
今まで自分のテリトリーと信じていた世界が
豆粒のように小さかったことに気が付くのだ。
例えばの話、
大型のロードバイクにばかり乗り続けて来ていた人間が
コイツに乗り換えた
(買い替える云々、あるいはパワーだ趣味だの問題は
ここでは抜きにしよう)場合、
まずはUターンの概念から変わってしまうことだろう。
そして路面と安定性・不安感の自分なりの図式も、
根底から書き直さねばならなくなってしまうことだろう。
路地の奥から引っ張り出す。
押し歩く。
それらの行為に対しても、目から鱗が落ちることだろう。
そして、そのうちこんなことを言い出すかも知れない。
「・・・おい、アクセルターンてのは、どうやんだ?」
とどめは、こんな内なる声だ。
(・・・俺ってもしかしたら、バイク乗るの、
めちゃめちゃうまいのとちゃう?)
これはあながちあり得ない話ではない。
なにしろ・・・このTRのような
「コンパクトで軽く、シート高の低い」
極めて乗り易いバイクがゴロゴロしていた時代に、
これは書いているオレ自身が体験して来たことなのだから。
そんなオレから見ると、カワサキサイドがどう言おうが、
コイツは「立派なオフロードモデル」にすら見えてしまう。
ある人間がこんなことを言っていた。
「こんなに重くて、サスもこんな短いのじゃあ
オフなんか、走れたものじゃないよ!」
ばかを言うなとオレは笑う。
確かに現代のレベルからすれば、
これはとてもオフロードバイクと呼べるスペックは何もない。
だがしかし。昔はみんなこうだったのだ。
そして、それでなんの不都合もなく・・・
というと少々語弊があるが、
ともかくこれと同じようなバイクで、
平気で荒れ地をふっ飛ばして遊んでいたのだ。
オフが、オフがと言っているのではない。
用途がサスがと御託を並べて止まってしまわずに、
そこに行きたい、そこで走り回って遊びたいと思ったら、
このていどのものならもう十分も十分、
砂浜だろうが河川敷だろうが舗装路の延長上で、
平気で走り回っていた、ということなのだ。
つまり本人にさえその気があるのならば、
コイツは誰にでもマックィーンになれるチャンスを
与えてくれるということだ。
そしてオレは、そのことをとても気に入っている。
ひとつこんなことも書いておこう。
確かに、今のオフ車のサスペンションは素晴らしい吸収性を持つ。
しかし、
それが返って基本的な技術を得るための
妨げになっている部分もあるのだということに
気が付いていない人も多いのだ。
サスが助けてくれました。
だから転びませんでした。
それはそれでいい。
いいが、裏を返せば魔法のサスペンションというのは、
例えば四輪車の全輪電子制御と同じようなものであり、
それが無かったら乗り手は素人同然に帰す、
という隠れた真実と表裏一体のものでもあるのだ。
(そうか。跳ねるというのは、こういうことなのか!)
ところがこのTRのようなバイクであれば、
安心(自分なりにではあるが)したスピードで
それが体験できるのだ。
またブレーキング時の前輪のスリップ率や、
コーナーでの慣性力の働き具合なども、
このようなコンセプトのオートバイであるならば、
同時に非常に低いスピードレベルで
体験することもできるのである。
その重要なポイントは
「オフに持ち込むことができる」という点にある。
グリップ力の大きい舗装路では
これは大変なリスクを伴う行為となるが、
オフならば
それが僅か20km/hだの30km/hだのというレベルで、
しかもここが肝心なのだが
「ワイのワイの遊びながら」
自然と覚えて行くことができるのだ。
そして・・・一度体で覚えたこの感覚は、
以後はオートバイのサイズや走行速度に関係なく
流用の効くものであるということを
是非とも知っておいて貰いたい。
ロードの一流レーサーたちが、
速くなった秘訣やコツを覚えたルーツを語る場合、
ほぼみんな例外なく
「最初は乗り易いバイクで、ダートで遊んでるうちに自然と覚えた」
と答える理由はここにある。
250ccという排気量とこのような車体の組み合わせ上、
高速道路での全開走行ちょっとシンドイものがある
(ちなみに最高速は120km/hぐらいだ)が、
重心が低いので市街地でのコーナーリングはスパッと決まるし、
ケツを滑らせてもそう怖く感じない。
ステージは無限に広がっている。
さあコイツを使って、
自分が主役の映画を作ってみようと考える奴は、いないか?
キャプション
エンジン
数値の上だけで見るならば
パワーもトルクも「30年前の4スト」とどっこいレベルであるが、
始動性の良さと低速域の強力さは格段の進歩を遂げている。
排ガスのレベルは当然問題外だ!
ブレーキ
134kgの車体に270mm径のローターは必要十分なサイズ。
ブロックパターンのタイヤは
オンからオフまで万能的なグリップ力を発揮する。
サス
リアのホイールトラベルは僅か70mm!
ちなみにフロントは120mm。その代償は抜群の足着き性の良さだ。
ブレーキは定番のドラム仕様。
メーター
昔のイメージに拘った、というメーター回りだが、
実は超簡素ゆえに、安上がりという絶大なメリットも裏にあるのだ。
MB 2002.4月号