BMW K1200RS

 

 1200ccの4気筒エンジンを搭載するツーリングスポーツは珍しくないが、
コイツは国産車とは大きく異なる独創的、先進的な部分を
エンジン、サスペンション、ブレーキのそれぞれの部分に持っている。

 まずエンジンだ。
通常のオートバイが横向きに搭載されているのに対し、
コイツは縦向きに搭載されている。
通常、前者は『並列』 後者は『直列』と呼ばれている。
だがこれはあくまでも通称である、ということを覚えておいてもらいたい。
なぜならこれと『横置き』『縦置き』とは、
言葉は似ているものの、話は別だからである。
 どういうことか?
『車体に対してクランクシャフトの軸が直角に配置されているもの』
それが横置きであり、
『車体と同方向』つまり縦に配置されているもの、
それが縦置きなのである。
 最も分かりやすい例を挙げるならば、
W650 はシリンダーが横に並んでいる、
ハーレーのVツインは縦に並んでいる、
と見た目の上での方向は90度ちがうが、
分類上はどちらも同じ横置きエンジンなのである。
クランクシャフトは車体に対して、どちらも直角であるからだ。
そして更に極端な例を挙げるならば、以前あったKR250だ。
タンデムツインと称された、前後にふたつのシリンダーが配置されたアレは、
見た目が直列になっているのだから 「これは縦置きだ」と思いがちだが、
アレもクランクシャフトは横向きなので、横置きなのである。
 もうお分かりの通り、コイツは直列の、縦置きだ。

 ではなぜBMWは縦置きにしたのだろうか?
彼らが目指したのは過激なコーナーリング性能や、
桁外れのパワーによる大加速が売り物のようなオートバイではなく、
ちょっとスポーティーに味付けされた「優れたツーリングバイク」だ。
するとそのような趣旨でオートバイを作ろうとするのであれば、
そこには 『直列・縦置き』を選定するメリットをいくつも見出すことができる。
「基本的にはツーリングモデルだが、
スポーティーさを加味したいから4気筒でやろうぜ」
「乗り易くするために低速トルクも出したいから、
排気量は1200ccで行こうじゃないか」
「軽快感出すために、重心も低くしたいよね。
シリンダー、水平まで寝かしちゃおうぜ」
「じゃあ、並列だと前後長が長くなってしまうから、直列にして搭載しよう」
「うん。それならば出力軸も縦になるから、パワーロスするベベルギアを
使わなくとも簡単にシャフトドライブにできるしね」
「シャフトドライブならメンテナンスフリーになるので、
ユーザーにもメッリトが出て来るだろう」
 こんなあんばいだ。
あくまでもオレの勝手な想像だが、 そう大してハズレてはいないだろと思う。

 通常は理詰めで行うこれらのことに、
BMWはある種の『哲学と信念』を持って望む。
そこが国産車とひと味もふた味もちがう仕上がりとなって現れるのだ。

 では実際乗ったらどうなのか? 
まずパワーもトルクも、このオートバイには
これ以上は必要ないだろうと思えるほど、十分なものがある。
なにしろ130馬力というパワーに、12kg-m近くものトルクがあるのだ。
したがって、この辺りの走行感覚
−−ツキの良さや滑らかさ等すべてを含めて−−
は国産車の1200ccクラスと完全に同等、
もしくはそれ以上に感じるものがあると思っていいだろう。
走る走る、ガンガン、走る。
 付け加えておくと、停止時に大きく吹かし込んでやると、
縦置き特有の『クランクシャフトの回転反動』は確かに感じられるが、
それは想像以上に軽微なもの(水平対抗のそれとは天と地ほどの差だ)であり、
もしそうと教えられていなかったら
「えっ、これ縦置きなの?」と言う人間もたくさんいることだろう。

 では、重心が下がっている恩恵は?
これも、如実に感じられるほどにある。
 実はコイツは車重が乾燥で266kg、装備重量においては285kg!
と、くそ重いのであるが、とてもその車重とは辻褄が合わないくらい、
コーナーその他を軽い感覚で駆け抜けることが出来るのだ。
ガレージ等から出し入れするときなどには
「うっへえ!」と思うこともしばしばだが、
ひとたび走り出してしまうと、その重さが50kgばかり
消えてしまったかのように軽く感じるのである。

 次にサスペンションに関してだ。
BMWは、ここでも実に独創的なことをやらかしている。
それはテレレバーと呼ばれている、フロントのシステムである。
これは早い話、ふつうのテレスコピック式
(望遠鏡のように筒同士が作動する方式のことだ)
のフロントフォークに加え、
その根元 −−フォークとステアリングヘッドとの間にもうひとつ、
ふつうのバイクのリアのスイングアーム+モノサスのようなものが
更に取り付けられているという驚くべき構造を持つ
『二重サスペンション』を備えているのである。

 これは市販車としては非常に独創的なものであり、
その構造・作動原理は文章で書いても伝えにくいので省くが
最大の特徴とメリットは、
「フロントブレーキをフルに効かせた状態でも
まったくと言っていいほどノーズダイブを発生させない」ということにある。
ガッ!とフロントを掛ければふつうは沈み込む、それが起こらない、
「 車体は水平を保ったまま」なのだ!
 このような『アンチ・ノーズダイブ機構』は他にもあるが、
このシステムのすごいところは、
そのような状態でも「フロントのサスはちゃんと機能する」
というところにある。
 通常のアンチ・ノーズダイブ機構は
フォークの中のオイルの通路を瞬間的に小さくする、
つまり流れにくくすることによりその効果を発生させているが、
そうすると結局サス自体が堅くなる→細かなギャップ等を拾わなくなってしまう、
という弊害も出て来てしまう。
が、コイツの場合はそれを二重サスというまったく別のシステムで
対応させているので、その弊害が発生しないのだ。

 これがどれほどのメリットになるか?
例えば何らかの事情により「うわっ!」となり、
フロントブレーキをギュッと握り締めたとする。
さらに運悪く、その進路上に穴があったとする。
そのときに『サスがフルボトムに近いほど沈み込んでしまっている』
もしくは『オイルの通路が絞られてガチガチに堅くなっている』
としたら、どうなるだろうか。
どちらの場合にせよ、そして程度の差はあるにせよ、
穴の縁に当たった瞬間にはトッカン! と突き上げられ・・・。
そんなときにもちゃんとストロークしてくれるサスをBMWは考え出したのだ。
確かにそのために構造は複雑になり、
また車重増加の一因にもなってはいるが、
しかしBMWの『安全性を最優先する』という強固な哲学の前には、
そんなことは「取るに足りないこと」と片付けられてしまったにちがいない。

 さあ、いよいよ3番目、ブレーキの話だ。
コイツのブレーキは、でかい声で言うぞ、
「現時点ではこのクラスで世界一効く!」と。
なんとコイツには、オートバイとしては世界初の
「倍力装置」が取り付けられているのである。
これは簡単に言うならば、
メインスイッチがオンになっている限り常時作動し続ける油圧装置により、
レバーを握る力を増大してくれる機構だ。
増大、と言うと通常の力で握ったものが自動的に強力になる・・・
という印象を持つかもしれないが、 実際はその逆で、
油圧によるパワーアシストを受けるものだから、
レバーを握る力は極端に少ないもので済むようになっているのだ。
早い話、まるで50ccのバイクのようにレバーのタッチは軽く、
それでいて、超効くのである。
 当然だ、320mmという、ただでさえでっかいローターを、
それもWになっているものを油圧の力を借りて締め付けるのだから。
それだけでも十分すごいのにコイツはさらに前後連動、
フロントを掛けるとリヤまで自動配分
(ブレーキペダルを踏んだ場合はリヤのみに掛かる)
して掛かるようになっているのである。

 油圧万力3点締め!

 とにかく本当に軽いタッチで猛烈に効くが、
しかしだからと言ってこの効きと「制動距離」とは
話が全然別物だ、ということもここでちゃんと書いておこう。
 なぜなら、いくら「ブレーキ」自体が効こうとも、
車体を止めるのは路面と摩擦しているタイヤだからである。
つまり、最終的には、
それはタイヤの接地面積と、そのタイヤの有するグリップ性能と、
路面の状況に依存してしまうのだ。
そして、そこには最終的に「車重」というものが密接に絡んで来る。
軽い物はすぐ動きすぐ止まるが、
重い物は動き出しにくく、止まりにくい。
そしてコイツは満タン状態なら、285kgもあるオートバイなのだ。
そんな重たいものに勢い良く動かれてしまったら、
いくら超強力なブレーキでディスク板を締め上げようと、
ホイールがロックしてすっ転ぶだけなのだ。

 ではこのオートバイの場合はどうなるのか? 心配無用、
そんなことは百も承知の上でBMWはこの万力システムを採用している。
1988年に世界で初めてオートバイにABS、
つまり『アンチ・ロック・ブレーキ』システムを採用したのはBMW。
彼らはその最新型のものをコイツに搭載して、
超強力ゆえのロックに対処しているのだ。
 これは極めて良くできたシステムで、通常の路面で乾いている場合ならば、
この超効くブレーキをくそ掴みしても
「キィ〜・・・!」とスキル音がするだけで、何の苦労も伴わずに
ベテランのフルブレーキに近い状態まで減速してくれるのだ。
近い、という表現を用いたのは、実はそれでもまだ
(オレの『自分ABS』のほうが早く止まれるな)
と思える部分があったからなのだが・・・。

 ただし、だ。それは「乾いた舗装路」に限る話だと
付け加えておかなければならない。
なぜなら、堅く締まっていて実によく滑ってくれる、微細な砂利道と、
路面が半ば見えなくなるほどに大量に砂が浮いた舗装路という,
聞くだけでイヤになるようなところで同じことをやって(実際やった)も、
コイツは無造作に最大限の停止能力を発揮して、この285kgの車体を
安全に止めてしまったからである。
 ちなみにこれは一瞬前輪がロックしている写真を
イメージカットとして使ってもらおうと、オレが敢えてやったことなのだが、
カメラマンの楠堂と中尾編集長いわく
「解除、ロックがあまりにも素早いのでよく見ていても分からない、
たぶん撮っても意味ないだろう」 ということで、撮るのは諦めたものだ。

 砂利道、浮き砂、そして濡れた路面。雨の日の高速道路。
そんなところでハッとして掛けるパニックブレーキ・・・。
正直言って、そんな場合であるならば、
これはもう、オレ勝てないや、と思ってしまった。


 エンジン性能を絶対に上回る制動力を与える。
その制動力を、さらに安全なシステムでバックアップする。
そして、それらが効力を発揮しているときも、
操縦性を損なわないような足回りのシステムを考える・・・。

 これが、BMWなのだ。

 国産車とは、あれもこれも、見た目は大きく違う。
だがそれは奇をてらっているわけではないのだ。
 そこには意固地とも思えるほどの、哲学がある。

 それが、BMWなのである。

 

 

キャプション
ABSが効いているところ
何の変哲もない写真に見えるだろうが、これは時速80km/hから
Fブレーキを思い切り握り締め 『フル制動』している際のカットである。
まったくと言っていいほどノーズダイブを起こしていないのがよく分かるだろう。
この時ABSは見事にロック寸前の状態を 保ち続けている・・・!

フロント回り
きわめてシンプルな構造でホイールに取り付けられている
ディスクプレートは320mmという大径を持つ。それが、W。
それを、油圧万力で締め上げるのだから、効〜く効く!

スクリーン
シート高が調節できるのに対応し、スクリーンも高さを変えることができる。
手動式だがワンタッチ。シートを低くしたまま『高』にすると、
雨の中高速道路を飛ばしたときに随分助かる。これオレの経験話。

ステップ調節部分
シート高変更に合わせ、ステップの位置も上下に同じ量だけ
変更することができる。3ケ所あるボルト穴の位置をズラす方式だ。

フロントサス
これがテレレバーと呼ばれている『二重サス』のユニット部分。
アンチノーズダイブ効果を生み出すと共に、
通常のフォークの真ん中あたりをアームで突っ張っているため、
前後方向に対する剛性感も飛躍的に向上している。

メーター
視認性に優れるアナログ式のスピード&タコメーターの下には、
各種の確認及び警告灯が2列でズラリと並ぶ。
さすがBMW、ここにも万全のチェック態勢を用意する。

リア回り
駆動・制動・支持に伴うすべてがまとめられている右側と対称的に、
まさにホイールのみのスッカラカン状態の左側。
ちなみにマフラーから吐き出される音は、
国産車のそれと聞き分けがつかないほど同類のものだ。

リア右シャフト
メンテナンスの必要がほとんどないシャフトドライブが組み込まれた、
BMW独自の片持ちスイングアーム『パラレバー』。アルミ鋳造の一体品に
すべてのパーツをオールイン・ワンという合理的な設計だ。

 

 

                 MB 2001.11月号