YAMAHA BT1100 Bulldog
このオートバイは
「こんな車両に仕上げてみよう」という基本コンセプトの取りまとめから
外観のデザイン〜実際の設計・開発・生産まですべてを、
イタリアのベルガルダ・ヤマハが行ったものである。
イタリアと言えばドゥカティの国だ。
そこに住む連中が1100のVツインを積んだこんなかっこをしたバイクを造って、
しかもブルドックという、
なにやら強そうなイメージのセカンドネームまで与えて・・・!
というイメージから、
コイツは例えばスポーツスター1200のエンジンを使って同様に仕上げられた
(国はちがうが)
あのビューエルのような、相当過激な走りを見せるのではないか?
と思っている人も多いだろうが、それは大きな誤りだ。
彼らの狙った車両コンセプトとは「ぜんぜん尖ってなく、
日常的に気軽に乗り回すことができる、Vツインのスポーツバイク」なのである。
なので、コイツの心臓部分にはあの乗り易いこと極まりない、
ドラッグスター1100のエンジンがほぼそのまま流用されている。
元々は60馬力/5750回転、トルクは8.3kg-m/2500回転のものを
エアクリーナーボックスの容量を増すなど吸排気系をリファインすることにより、
65馬力/5500回転、9.0kg-m/4500回転と、
そこからパワーで5馬力、トルクで0.7kg-m引き上げられているが、
実質的には
「アメリカンであるドラッグスターのアレそのまんま」
と言っても差し支えはないだろう。
この部分をどう解釈するか、どう受け止めるかによって
このオートバイの価値は決定付けられるのでないだろうか?
ではさっそくインプレに取り掛かろう。
まずコイツは写真等で見るよりも、ずっとでかくて、重い。
前後が詰まったデザインなので一見するとコンパクトにまとまっていそうなのだが、
実はかなりずんぐりむっくりしているのだ。
それは大きなタンクも視覚的にかなり影響しているが、
20P入るここを満腹にさせてやるとその車重は250kgを超える。
なので足場の悪い部分での取り回しにはちょっとした腕力と脚力が必要になる。
足着き性も、みなが思うほど良いものではない。
数字の上ではシート高は810mmと大したものではないのだが、
本来であればスリムになるはずのVツインなのに、
フレームの構成も含めシート部分の幅が、
へたな4気筒エンジン並にガバッと広いので、真下に降ろしにくいのだ。
まあそもそもがガタイのでかいイタリア人がヨーロッパ向けにと造ったものなので、
向こうでは全然問題にならない部分なのだろうが、
ふつうの体格の日本人が扱う場合には、
先の車重の話と重なって「・・・」と感じるシーンが多いかも知れない。
もっとも、このシートに関して言うならばウレタンの厚みが過剰とも思えるほどに
たっぷりと取られているので、5mm(!)ぐらい薄くしたとしても、
平均的日本人の体重ならまだクッション性はかなり残されそうなので、
削るなりして低くすることは可能だろう。
キーをオンにすると、電磁ポンプのジジジジーッという作動音と共に、
まずタコメーターの針が終点まで撥ね上がり、
戻り切ってバトンタッチするようにして
今度はスピードメーターの針が同じく終点まで撥ね上がってから戻る。
最近よく用いられる、性能や機能には何ら関係ないある種のギミックであるが、
その気にさせてくれるというか、乗る前の儀式というか、
とにかく気持ちの面ではプラスに取れる仕掛けだ。
逆車なのでヘッドライトのオン/オフのスイッチが以前の国産車のようにあるのだが、
1100ccの2気筒(正味1063ccだから1発当たり約530cc)となると
1回当たりの圧縮もかなり強力でバッテリーも食われるため、
始動時には消しておける、というのはありがたい。
なにしろ、万一コイツを押し掛けするハメにでもなった日には、
ひとりではとても無理だろうからだ。
ついでに記しておくと、
サスや電装系を始め、フレームやタンクなど車体周りの主要パーツのほとんどに
高規格のステンレスとアルミ部品が多用されている。
全体の仕上がりはかなり手が掛けられているようだ。
ローギアに放り込み、クラッチを繋いでひと吹かしした瞬間に、
すぐに誰もが「こりゃあ、まんまアメリカンのエンジンフィールだあ!」
と思うことだろう。
つまり「ブァ〜」と何ら感動間を伴わないで吹け上がるアレである。
そしてすぐにタコメーターの針がレッドゾーンに飛び込んでしまうのに
びっくりするにちがいない。
なにしろ・・・6400回転からもう目盛りは赤くなっているのだ!
スポーツスターだってそんなものだ? いやもっと回らないぞ?
もっともな話だ。だが振動がこれでもかと出るエンジンとちがって、
基本的にコイツは滑らかに回る、素性の良いエンジン なのだ。
それなので、ブゥワーと何げなく引っ張って、加速が鈍ったな、もう頭打ちか?
とふとタコメーターを見ると、
針はとっくの昔にヤバイところに鎮座しているという寸法だ。
いずれ にせよブン回しても音がでかくなるだけ、
微震動が増えるだけで加速力には特にプラスになるものではないので、
早め早めのシフトアップが賢明だ。
ちなみに、そのレッドまでブン回すと・・・
メーター読みで1速は 約(以下同)70km/h、
2速で95km/h、
3速で125km/h、
4速では155km/hとなり、
トップギアーである5速目でのそれは185km/hの辺り
(レッドゾーンにぶち込む覚悟があるのなら200km/hぐらいは出そうだ)
となる。
アメリカンのエンジンを移植したとは言えそれなりにスピードは出るわけだが、
しかしその場合には猛烈な風圧と戦うことを覚悟しなければならない。
いちおう小さなスクリーンは着いているが、
通常の姿勢を取っている限り、そう有効なものではないからだ。
その昔カタナが発売された時、
あの小さなスクリーンが驚くほどの有効性を持つのに感心したライダーも多いが、
あれはカタナは常にベッタリと伏せているような乗車姿勢であるからこそ
その効力を発揮してくれたわけであって、コイツの場合とは事情がちがう。
コイツの「通常の姿勢」というのは、かなりふつうのバイクに近い
(例えばVmaxのように)もの、つまり体が起き上がっているそれなのだ。
なので、4速の範疇ともなるとカウル付きのオートバイに乗り慣れてしまっている
ような人に取っては、久しく忘れていた大風圧と戦い始めねばならなくなる。
トップギアーの5速ともなれば、
さながら(またしてもだ)あのVmaxの全開時のような激しい戦いを強いられ、
ついにはタンクにベッタリと伏せ、
小さなシールドの陰にヘルメットを隠さねばならなくなる。
ただし、そんな場合でも、車体自体はまったくもって安定してくれているので、
フラつくのは人間のほうだけだ。
この安定感は、5速の範疇で多少ローリングをかませようと損なわれるものではない、
ということも書いておこう。
ところでコイツはシャフトドライブなのであるが、クセはまったく無い。
黙っていれば、ほぼ100%の人がチェーン駆動だと思い込んでしまうことだろう。
そしてそのシャフトの取り回しは、
今まで見たことが無いくらい、完璧に隠されてしまっている。
見た目はほとんどふつうのスイングアームそのもの!
「ありゃあ!バイク屋さん、
納車整備のときにチェーンとスプロケットそっくり着け忘れてらあ!」
と冗談をかまし、
相手に「えっ?!」と凝視されたとしても、
しばらくは耐えられるほどそれは巧みに仕上げられている。
では、ブレーキや足回り、車体関係 はどんなものなのだろうか?
まずブレーキだ。
「ガツン!」というほど強力に効いてくれる。
渋滞路の擦り抜けレベルのスピードでは初期の効きがかなり甘く感じられたが、
それ以外では握り締めたとたんにガコッ! と
猛烈なノーズダイブを起こすほどに強力に作動してくれるのだ。
この車両は乗り心地を良くするためと、
どんな路面でもしなやかに追従するようにとの狙いから、
サスのストロークがたっぷりと取られている。
実際これは舗装の荒れた部分や、ちょっとしたでこぼこ道を走ってみると、
通常のレプリカタイプとは比べ物にならないくらいソフトに、
そしてしなやかに作動してくれるのがハッキリと感じ取られるものなのだが、
しかしその代償として、 の強力なブレーキを作動させた場合には
グッとノーズダイブを起こすことになる。
例えば街中を走っていて突然歩行者が飛び出して来たような場合に
ガッと握り締めると、まるでハンコでも押すかのようにポンと沈み込む。
車体の剛性感も、このエンジンとの組み合わせであるならば
まったく不満は出ない。
でかいサイズのVツインをフレームから吊るしている・・・というと
これまたビューエルといっしょなのだが、
コーナーの突っ込みの際のブレーキング時などには驚くほど捩れるあれに対して、
コイツは「吊るしている」という形態を忘れてしまうほど何事も起こらない。
ちなみにコイツはエンジンから路面までのクリアランスは
たっぷり取られてはいるものの、下側にカウルもフレームも何もないゆえに、
例えば歩道のような段差を降りるときに最初にぶつかることになるのは
オイルパン(エキパイも横に逃げてしまっている)となるので、
特に2ケツしたような状態では注意が必要だろう。
では飛ばさないでふつうに流しているときはどうだろうか?
ということに入ろう。
低回転域が非常に強いのに加え、かなりのワイドレシオになっているため、
かなり横着な走りをすることができる。
大排気量のV型2気筒エンジンというものは、
高回転域でのパンチ力を求めてチューニングしてしまうと、
どうしても発進時などの低回転時にはパスンと止まりやすくなる
(で、立ちゴケすることになる)傾向が出てしまうものなのだが、
コイツの場合はその恐怖はほとんどない。
アイドリング+αで多少乱暴に繋いでやっても、
ゴソゴソと回り続け車体を押し出してくれるのだ。
トップギアで100km/hだとおよそ3300回転、
80km/hだと2600回転、
60kn/hだ と2000回転ぐらいにエンジン回転は下がる。
さすがに50km/hまで下げると
削岩機のようにガコガコとノッキングを起こし始めてしまうが、
その場合はギアをひとつ下げれば良いだけの話。
3速ならアイドリング+αの20km/hチョイぐらいのスピードでも
走ることができる。
先に「振動なく滑らかに回る」と書いたが、
それはあくまでも全体としての話であり、コイツとて出すときには出す。
4000回転から5000回転あたりの間では、かなりハーレーっぽい振動が出る。
ゆっくりと開けて行くぶんにはそう強く出ないが、
ガバッと急激に開けるとかなりエキサイティングな揺さぶりを返してよこす。
コイツのライトはかなりでかいので、
どのくらいの明るさなのだろうかと夜を待ってテストをしてみたのだが、
まあ通常のレベルより明るいといえば明るいのだが、
それよりも配光パターンが特徴的だ。
現在のものは必要部分以外はスッパリとカットし、
シャープな光りを投げかけるものがほとんどだが、
コイツの場合は「真ん丸」に照らすのである。
かなり平べったい懐中電灯で洞窟の中を照らしているような感じ、
と言えばいいだろうか。
両側のミラーの端ぐらいまで照らし出してくれるので、
街灯のない真っ暗闇の山道を走る(実際走ったのだが)ときでも
左右の状況を読み取りながら走ることができるので、
精神的にかなりの安心感を伴うものだった。
ではここらで最後の〆に入るとしよう。
コイツはいったいどんな人が買ったら納得するような バイクなのだろうか?
まずは期待が外れるとオレが思う人々のほうから書いてみよう。
「Vツイン搭載のレプリカを代表とする速いバイク、
あるいはエキサイティングなバイク」を求めているような人達は、
その筆頭に来るのはまず間違いない。
いかに低回転域で駆動力が強かろうがなんであろうが、
熱い走り=ブン回してなんぼのものという人間に取っては、
コイツはストレスが溜まって仕方がなくなるだろう。
(ただし、あまり腕には自信がない、というのであるのなら、
コイツのまんまアメリカンそのものの極めて扱い易いエンジン特性は
返ってプラス方向に働いてくれるので、
むしろ腕以上の走りをさせてくれるだろうとオレは保証しよう)
では次に、コイツを買ったら感動しそう、理想的だと喜びそうだなと
思われる人間だ。
それは
「バトル? そんなものしないよ。180km/h? そんな飛ばしてどうすんだ?
ひざ擦り? すっ転んだらどどどどうするんだよおい! 私はね、Vツインの
フィールを味わいながら、 中や峠のコーナーを、ちょっとハイペースで
走り抜けて行くのが好きなだけなのだよ!」
というような人や、
「つんのめるのは首が疲れるからいやだ。
それに渋滞路で頻繁にクラッチの握り締めをするのもいや。
静かな住宅街なので回転を下げて静かに走ろうとしたときに、
パスンを食らうのもいや。でも4発は滑らか過ぎてなんか味気無いんだよなあ・・・」
という人だろうと思う。
そんな人はコイツを買っても決して後悔するようなことにはならないだろう。
レプリカでは諦めるような道幅でもターンできるぐらいに
ハンドルは大きく切れてくれるし、
乗り心地・座り心地共に抜群に良いから長距離走ってもケツは痛くならない。
ポジョンも限りなくふつうのオートバイに近いので、背中も首も痛くならない。
そう考えるとコイツは
まったく新しい観点から創作されたVツインスポーツモデルだと言える。
強いて似たような車両を挙げるならば、
XL1000VX・バラデロぐらいのものだろうか。
アレも低速に振った扱い易いエンジン、ソフトで長い前後のサス、
大面積で柔らかいシートと実に乗っていて疲れないバイクであるが、
コイツの乗り味・乗り心地はアレにかなり近いものがある。
今回もトータルでおよそ300kmほど乗り回したのだが、
体のどこにも負担が掛からないために随分と楽な思いをすることができた。
燃費のことにも少し触れておこう。
計測は105km(その内首都高+第三京浜が90%、かなりブン回し続けた)
の範囲でのものしかできなかったが、
使ったガスは約7P、
そんな走り方でもP当たり15km走っている計算になる。
バカみたいに回さなければ20kmちょっとは走りそうだから、
満タンにしておけば400km半ばぐらいは無給油で走ることができるだろう。
日帰りツーリングにしたらこれは十分な距離ではないだろうか。
目を三角にして走ることを好まない人には
お薦めのVツインスポーツであることは間違いないだろう。
特大のブルドック。いっちょう飼ってみるか?
キャプション
ブレーキ
298mmのローター2丁掛けは装備重量で
250kgを超える車体を減速させるに充分なもの。
フォークは43mm径の正立タイプを採用。
マフラー
かなりの重低音を吐き出すが、実際走っていると
エアクリーナーからの吸気音のほうが乗り手には大きく聞こえて来る。
ゴガァ! と喚く喚く。
シート
シート部分の幅はあるものの、全体としてはやはりVツイン、
かなりスリムな仕上がり。スリ抜けも楽だ。
でかいライトの上部はポジション灯部分。
エンジン
感動は何もないが、その分とにかく乗り易さに大きく貢献しているエンジン。
カリカリにしたところで、この車重では飛ばすのはちとためらうかも。
メーター回り
メーターパネルはシンプルで見やすいのだが、トリップ等の液晶部分は、
背後から直射日光が当たると色が薄れてかなり見にくいものがあった。
タンデムグリップ
テールカウルと一体式になっている頑強なアルミダイキャスト製の
タンデムグリップは、押し引きするときの確実な掴み所ともなるので高得点だ。
MB 2003.3月号