HONDA CB400SS

 

 CB400のSSが出ると言うので、
てっきりスーパー・スポーツだと思っていたら、
そのSSは『スタンダード・シングル』の略だった。
ホンダ曰く
「シンプルな美しさにこだわったスタイリングと装備によって、
400cc単気筒車のスタンダードを目指す」
ものなのだという。

 このバイクは早い話、3年少々前に発売されたものの、
短命に終わってしまったあのCL400をアレンジし直したものである。
しかしだ。
実はそのCLの開発コンセプトも、
これまた
「シンプル・スタンダード」というものだったのである・・・。

 いっしょやんけ!

 なぜそれほどにこのコンセプトに拘るのだろうか?  
それはズバリ言って、
誰もが認める「400cc単気筒のスタンダード」である、
あのSRとの正面衝突を狙っているからである。
「400の単コロはね、こういう形をしていないと、ダメなの!」
やっとその現実を受け入れたというか、腹を括ったというか。
「もういいや、意地こいて独自のデザインとかにしないで、
いっそSRよりも遥かに設計が新しい、
我が社の最新技術が盛り込まれた車両をベースにして、
完全なる競合車種を作っちまおうぜ!」
と、なったのではないかとオレは読む。

 CLのホンダにしろテンプターを出したスズキにしろ、
ここまで踏ん切れなかったからこそ
SRは安泰としていられ続けたのではないか?
だがこうなって来ると、SRは大いに分が悪くなって来る。
なにしろ、
基本的にSRと同じような考え方で作られているので
全体的な仕様や構成にはそう違いはない。
見た目で異なっているのは
SRのフロントタイヤが18インチなのに対し
コイツは19インチなのと、
エキパイが2本になっていることぐらいであろうか。
しかしなにぶんにもCLベースゆえに、
キモとなるエンジン(そして車体そのものも!)は、
SRより圧倒的に設計が新しいのだ。
ほとんど同じ形をしていて、設計は新しい・・・
これは例えるなら、
ハーレーが国産アメリカンに驚くべきスピードで
シェアを奪われていったのと似たような結果を
生み出すこととなるかもしれないぞとオレは予想する。

 では、コイツにつぎ込まれている最新的といえる部分は?
まずはエンジンだ。
コイツに搭載されているものは
元を辿ればXR400R用に開発されたものなので、
ドライサンプという大層な方式が与えられている。
これは通常ならエンジンの真下に設けている
オイルパン(オイル溜め)を
エンジンとは独立した別体のタンクに溜め込む方式で、
本来ならば油温の上昇を極力押さえたい
競技車両にしか使われないような、贅沢な機構なのだ。
一般市販車でそれが例外的に継続採用されているのは、
やはりオフ車のレーサーがその原型となっている、
「 目の上のタンコブ」SRを例外とすれば、
あとはあのドでかくて発熱量の多い、
ハーレーのエンジンくらいのものである。

 このドライサンプ方式の具体的なメリットは、
オイルパンを極端に小さくできるから
エンジンの縦寸法も縮小できる
(結果として重心が下がる、
あるいはロードクリアランスが稼げる)ということ、
クランクシャフトがオイル浸けにならないから、
撹拌抵抗つまりフリクションロスが低減できるということ、
それに別体式ゆえに、
オイルが直接エンジンに熱せられないどころか、
タンク自体が一種のオイルクーラーのような役目を
果たしてくれるので、
油温の上昇防止にも有利だということである。

 ではデメリットは?
わざわざ別にタンクを作る・設ける、
そこに送るポンプも要ると、
コストが掛かるということである。
ただし、それは新たに作ろうとすればの話だ。
だがコイツの場合はありがたいことに
すでに開発・製作されている物の流用だから、
タダとまでは言わないが、その心配は無用となる。
ちなみにそのタンクはどこにあるかというと、
エンジンの後ろの、サイドカバーに隠れている部分だ。

 CLの場合は、このサイドカバーを外し
アルミ製のタンクをギラッと露出させていた連中も多かったが、
しかしカバーのマウントステーがフレームにあったために、
外すとそのステーが無粋に 残っていてカッコ悪かった。
そんなカスタマー? のことを考え、
コイツではそのカバーを
エアクリーナーのケースにマウントするようにして
ステーを排除したため、
取り外してもスッキリ見えるよう改良されている。

 SRでは手動であるデコンプ機構も、コイツはオートだ。
デコンプとは、キックする際に不必要な圧縮圧力を抜いてやり、
踏み降ろすのを軽くする機構のことだ。
これがないと(この場合は)400cc分の混合ガスすべてを
モロに押し縮めてやらねばならないので
踏み降ろすのが大変になるが、
このおかげで250ccクラス程度の踏力で、
しかもオートゆえに無造作にキックできるようになっている。
結果として始動性もかなり良好なものとなっており、
キックに不慣れな人でも
スコッスコッと3発ほど蹴り下げれば始動してくれる。

 また、XR用のものよりもジェネレーター(発電機)の
フランジ部分(要するにフライホイールのことだ)
を25%重くしてクラン クの回転の勢いを溜め込み易くし、
それにより2500〜3000回転という、
街中で良く使うあたりで粘りが出るように手が加えられている。
点火系統もアナログCDIから
最新のデジタルのCDIに変更を受けている、
ということも付け加えておこう。

 更に細かいことを言えば、
吸排気のポート形状もXRより絞ってあるし、
バルブの径もタイミングも違う、
圧縮比も下げてある等、細々あるが、
すべては「街中での乗り易さ」を狙った上での変更部分である。
絞る、下げるというと、
なにやら性能が低下しているようなイメージを受けるが、
「その用途に応じて必要な部分に主要出力を移行させている」
だけの話であり、
実はこれも立派な「チューニング」なのである。

 最新技術はフレームにもつぎ込まれている。
基本骨格はCLのものではあるが、
コイツはステップのブラケット部分がCLと違って
鋳造パーツで別体化されており、
更にここには『白心可鍛鋳鉄』という、
これまたかなり贅沢なものが採用されている。
簡単に述べるならば、
鉄を溶かし、欲しい形に形成したものをまず鋳造品という。
それをひっぱたいて強度を高めたものが鍛造品だ。
ところがこのような方法で作られた物は
中空形状に出来ないため、フレームのパイプと接続させる
・・・つまり溶接させた場合断面の形状が大きく違うので
結合した部分の剛性に変化が起こってしまう。
しかし、この白心可鍛鋳鉄の場合は、
中空形状のものが作れるので継ぐパイプと近似断面となるため、
その問題をほぼ解決できるのである。
その結果
「しなやかさと剛性を両立できるものとなっている」
とホンダでは言っている。

 ちなみにこれは最近のホンダ車では
シャドウの400や750やスラッシャー等に採用されているのだが、
実際には、これは乗ってもまったく分からないどころか
見てもまったく分からない、
「だからなんなのだ」の世界と紙一重の話である。

 では何のためにそんなことをするのか?
「分かろうが分かるまいが、新しい車両を送り出すには、
そこまでやるのが俺たちメーカーの姿勢なのだ!」
というのがその答えだ。

 見ても乗っても分からない。
しかし本来そうであることが望ましい、
いや、そうであるべきところには、平気で手間暇をかる・・・
これこそが、メーカーのメーカーたるゆえんなのだ。
 ちなみに、「切った張った」に始まり
「炙って曲げる」とか平気でやるカスタム屋など
世の中にはゴロゴロしているが、
素材が溶けるほど熱を加えればその部分は必ず焼き鈍る。
大雑把に言うが、
オートバイ等に使用されている鉄やアルミはみな
『加工硬化』というものを起こしており、
それによって強度を保っている部分がある。
特にアルミの場合はそれが著しい。
そこを炙るとどうなるか?
身近な例を出そう。
家庭用のアルミホイルだ。
パリパリしているあれをガス台で炙ってみるといい。
焼き鈍って加工硬化が失われ、
驚くほど柔らかくなってしまうのが良く分かるハズだ。
それとまったく同じことが、
オートバイのフレーム等でも起こる。
熱を加えたら、本来そこは再度熱処理をしなければならないのだ。
それも、高度のノウハウを持ってだ。
だがそんな話はまず聞くことはないだろう。
オレが「メーカー絶対・純正品絶対論者」というのは、
こんなところにもその根はあるのである。

 この手のバイクはトコトコとのんびり走る、
というのがいかにも似合いそうだが、
実際はあまりそうは使われない。
絶対パワーがないものだから逆に安心してというか、
とにかく若者、ブチ回して回して、回しまくる傾向にある。
その点から考えるとこのエンジンは
およそどんな乗り手にも耐えてくれそうなのだが、
参考までにテストコースでレッドまでブン回すと、
1速でおよそ50km/h、
2速で同70km/h。
3速でだいたい100km/h、
4速で130km/hぐらいまで車速は伸びる。
そしてトップギアである5速では・・・と試したのだが、
向かい風が強くてなかなかスピードが上がらず、
140km/hちょっとのあたりでアクセルを戻してしまった。

 まあ行き着く先はSRと同じような領域だろうと思うが、
もうひとつ参考までに、
トップギア60km/hのクルージングでは約3000回転、
100kn/hでは5000回転を
針の幅ひとつ分くらい超えたあたりである。
そして、そのまま車速を落として行くと、
40km/hあたりまではなんとかゴマ化して走れるが、
それ以下になるとギクシャクする。

 全体的に言えることだが、
コイツはSRよりもあきらかに滑らかに回り、
またバランサーがあるため振動も少ない。
このあたりのことは乗れば誰でもすぐに分かるくらい
露骨に感じさせられる部分であり、
「やっぱり新しいものって良く出来ているよなあ」
ときっと思うことだろう。

 コイツは1Gつまり空車状態でのサスの沈み込みを
CLより若干大きくし(そのため全体のストローク自体は
オフの使用も考慮したCLと同じだけ確保されている)
クランク軸の位置が10mmほど低い設定となっているのだが、
そのせいだかどうだかは分からないが、
ハンドリングも軽やかで、妙な重さもクセもまったくない。
これなら例え初めてこのクラスに乗るという女の子であっても、
文句が出ることはないだろう。

 そして気に入ったのがシートだ。
これがまた、スプリングが入っているかのように
フコッとしていてケツ応えが良いのである。
長時間乗る人や長距離走る人にとっては、
これは大いにありがたいものとなるだろう。

 乗り物として、1台のオートバイとして見たら、
あれもこれもコイツはSRよりもずっと良く仕上がっている。
しかし・・・それで答えの出ないのがまたオートバイの世界なのだ。

「そうかい。でもそれだけの話だろう?
SRだって何も困りはしないんだよ。
そして俺は、そのSRに乗りたい人間なんだよ」

 こんなポリシーを持つバイク乗りには、
新型であるということや性能が良いということは、
さして意味を持たないことだからだ。
 コイツが売れるか売れないかは、
このあたりに懸かっているのではないかとオレは思う。

 改造パーツの数もSRに負けないぐらいすでに用意されている。
 さて、コイツはSRの牙城を崩せるか。

 しばし、見物となりそうだ。

 

 

キャプション
マフラー
エキパイの取り出しはSRのドンと1本に対し、
コイツはフレームを挟んでの左右2本出し。
これはSOHC2バルブとDOHC4バルブの違いから来る、
構造上の必然性から生じている部分だ。

タンク
かなり厚めのクリア塗装で表面はツルツル。
ストライプ無しの単色の場合は、
ロゴはその上に張り付けられているだけなので剥がすことができる。

ブレーキ
ブレーキは効きタッチとも最高!
乾燥で139kgとSRよりなんと13kgも軽い車体を止めるには、
これ以上のものはまったく必要なし。

リアサス
リアサスは調整機能なし。
「街中では調整する必要がないセッティングにしてある」というが、
2ケツしたときどうすんだろ。コストに泣いたか。

リアブレーキ
リアブレーキは鉄棒で引っ張るオーソドックスなドラム式だが
効きはまったく問題なし。
2ケツ大荷重でもちゃんとロックするまで効いてくれた。

オイルタンク
ドライサンプのオイルタンクはここにある。
オイルもここから入れる。
ふつうのアルミ製なの、一生懸命コンパウンドで擦れば
自分でビカビカにできる。

ブレーキペダル
このブレーキペダル、粗暴なほどにゴツイのだが、
よくこれで139kgなどという車重に仕上げられたと
感じさせられる部分だ。まだまだ軽量化の余地はある!

テール
リアフェンダーの裏、テールへの配線がちゃんと覆われている。
細かい部分だが、配線イジる人ならよく分かると思うが
こういう処理は実にありがたい。

 

                        MB 2002.1月号