コイツは早い話、
元の900を極めて高度にチューニングしたモデルである。
それは世界中にあるどんな有名なチューニングショップも
到底不可能なレベルで、のものだ。
どんなところをいじくったのか?
周知のとおり、目玉は排気量が954ccにまで拡大されている、ということだ。
これはボアを1mm広げることにより行われているのだが、
ボアを1mm広げるということは
当然ながらピストンも1mm大きなものが入るわけで、それだけ重くなる。
僅か1mm分の増加であろう と、
1秒間に数千回以上、場合によっては1万回以上も往復運動するこの部分は、
元の重量のままでない限り、
とんでもない振動を発生させる源となる=滑らかに回らなくなってしまうのだ。
巷に氾濫している『ボアアップキット』なる物の大半が、
ひどい振動を伴うようになる
(ついでに言えば、ぶっ壊れる原因の大半も
この振動による、各部のストレスによるものだ)
のはまさにこの理由からなのだが、
天下の大メーカーホンダはそこは徹底的に対策してから送り出して来る。
コンピューターを駆使し、ピストン形状を変更
(スカート部分をカットしたり)し、
ピストンピンも軽量化したりして重量バランスが崩れないよう
ちゃんと辻褄を合わせ、さらにクランクシャフトとクランクケースも
同じくコンピューター解析し変更され、
フリクションロスとマスを減少させ送り出して来るのだ。
したがって、滑らかさには微塵の変化も伴っていない。
この排気量増大に加え、圧縮比も従来の11.3から11.5へと
若干ではあるが高められている。
また燃料噴射装置であるPGM-FIのメインボアも
40mmから42mmへと拡大されている。
発熱量の増大に対処するためにラジエターも大型化されている。
要するに、本物のメーカーレベルでなければ絶対に不可能とも言える
大技を投入し、こてんぱんに手が加えられているのである。
またフレーム関係ではステアリングヘッドのダイキャスト部分の厚みを変更し、
ねじれ剛性の大幅な向上を図り、シートレールのスリム化、
車高調整をやり易くするためにリアサス取り付け位置の構造変更、
スイングアームの構造変更
(フレームや足回りの中ではこれが最も大きな変更点となっている。
右側部分は、従来モデルではボックス構造だったが
プレス構造とすることにより剛性を更に高めると共に、
300gの軽量化も果たしている)し、
リアホイールハブもコンパクト化+中空スポークの穴空けなどで、
やはり300gの軽量化を果たしたりと・・・。
外装部分としてはカウリングのデザイン/形状の変更だ。
フロント部分のカウルが従来のもの より一層直線的に立ち上げられ、
そして若干高くなっている。
サイド部分も少しだが上に持ち上 げられている。
サイドカウルも従来の2分割、
つまり2ピースからすべて一体式のものへと変更されている。
これに伴い、より恐ろしげな顔付き、
LED並びまくりの近未来的な前後の意匠を身につけた。
またタンクの形状も微妙に変更されている。
ほんの少しであるが前方向に寄せられ(高さと全長10mmずつ)、
サイドのエグリも大きくされている。
すべてはより一層の空力の追求と
より一層のホルード性の追求の結果である。
さあ、ここまでで、
ホンダというスーパーチューナーがどこをイジリ倒して来たか、
という部分の前口上は終わらせることにしよう。
では実際走らせたらどうなんだ? という部分に入って行くとしよう。
ベースとなっているコイツの900のデビューは
今から10年前、92年のことだ。
『600のように軽くてコンパクトに・・・・』
というのがその開発コンセプトである。
170kgという驚くべき軽さ
(なんせエキパイをチタンで作って来たほど徹底した
軽量化対策がなされていたが・・・ちなみに今回のモデルでは
さらにサイレンサーまでチタンで作って来た!)
に加え、中間加速ではブラックバードをも捲るほどの
とんでもない加速力を見せつけたコイツには
当時本当に驚かされたものだが、
それをさらに排気量拡大して
「チューニング」して来たのだからたまらない。
速ぇの速くないのって、これはもう無茶苦茶だ。
最初に断っておくが、だからと言って
「高速道路の開けっ放しごっこ」をやったら、
やはりハヤブサや12Rのほうがそれはまだ速い。
排気量が違うからこれはしょうがない部分なのだが、
しかし、だ。
良く話を聞くように。
コイツ・・・吹け上がりが猛烈に良いのだよ。
それで、ガッと勢い良くスタートさせてやると、
1速まさにアッと言う間、2速もアッと言う間に吹け切ってしまい・・・
たちまちリミッターが作動してしまうのだ。
どういうことを言っているのか具体的に書こう。
オレは未だに些か子供じみたところがあって、
取り敢えず1速で何km/h出た、2速で何km/h出た、
ということに単純に喜んでしまうという面があるのだが、
コイツはレッド直前までブン回すと
その1速でなんと130km/h・・・
2速では180km/hも出てしまうのだよ!
いくらなんでもそんなに出るわけがねぇ、出るわけがねぇと、
自分がギアを勘違いしているのだろうと
何度も試してしまったのだが、
これはまぎれもない事実だった。
ということは、たったの3速に放り込んだ時点で
即リミッターが作動する(実際そうだった!)ということである。
もちろん逆車のフルパワーモデルならそんなことはない。
さらに猛烈な勢いでそれ以後の速度域に突入していくことになるが、
ここでオレが言いたいのは、
排気量の差から来る優位性を持つ前出のバイクたちに
それでもどうしても食らいついて行きたい、
あわよくば、根性に物を言わせてぶっちぎってやりたい、
というような精神構造をしている人以外は、
コイツの国内仕様でももう十分過ぎるほど十分なのではないか、
ということなのだ。
でもやっぱフルパワーのほうが良いよ・・・
という人にはこう言っておこう。
「フルパワー だよ」と言われてコイツに乗せられたら、
たぶんあなたは素直にそう信じ込んでしまうだろう ・・・と!
それほどコイツはもう無茶苦茶に速いのだ。
さらに肝心な部分をここに付け加えよう。
それはコイツはそもそもハヤブサや12Rのように
「何がなんでもとにかく世界最高の加速力・最高速を持っている
という称号を手に入れたい」
という強烈なコンセプト? で作られたものではなく、
あくまでも
「ワインディングを世界最高の性能で駆け抜けてやる」
と作られたものである、ということなのである。
だからリミッターが作動する以上の速度域での加速が
世界レベルではどうの、最高速がこうのという話は、
本来コイツにとってはどうでもいいような話なのだ。
しかし。
ここでまたひとつ困った問題が起こってくる。
ではワインディングでは思う存分コイツの走りを堪能できるかと言えば、
確かに堪能できるのだが・・・これがまた厄介な問題に直面する。
パワーがあり過ぎるという問題だ。
コイツに乗ったら誰でもコーナーを攻めたくなってしまうだろう。
しかもそのときには
「高いギアーでズーズー言わせながら走る」のではなく
「低いギアーを多用して気持ち良くブン回して」
雰囲気を味わいたいハズだ。
しかし・・・さっきも書いた通り、
コイツは1速で引っ張っただけで130km/hにも達してしまうのだよ。
つまり 納得の行く排気音を発てて
いかにも自分が耐久レーサーにでもなったかのような
良い音を轟かせて走ろうと思ったら、
例えば箱根のような全国的に見ても超一級のワインディングに
持ち込んだとしても、
それはもう絶望的に不可能なこととなってしまうのだ。
ついでに言っておくならば、
仮に1速で高回転域を使って大加速と音を堪能しようとも、
低いギアーであればあるほど、
回していればいるほどアクセルを戻したときには強烈な
エンジンブレーキが掛かってしまうので、
リアタイヤは簡単にホッピングを始めてしまう。
なので、仕方がないから2速で、
ブン回し切ったら180km/hも出てしまう2速で、
些かではあるが回転を落とした領域を使って、
ファッと開けてサッと戻す・・・
ということを繰り返して走る(それでも恐ろしいほど速い!)
以外楽しむ方法を見つけるのは難しい。
それでまた腹が立つことに、
コイツはまるで視線入力装置をホンダはコッソリと
取り付けているのではあるまいか?
と疑いたくなるほど、
本当にバカみたいに簡単に曲がって行くのである。
曲がりたい方向を見ただけで、自動的とも言えるぐらい簡単に、
スッと曲がって行ってくれてしまうのだ!
さらに、ブレーキがこれまた信じ難いほど超強力に効く。
もしかしたら現時点では世界で一番強力なブレーキを備えているのは
コイツなのではないか? と思えるほどにそれは効く。
あんまり強力でかつタッチも軽いので、
一般の街中、40〜50km/hで走っているレベルであるならば
指なんか中指が1本、
それも爪の辺りがちょこっとでも引っ掛かっているだけのような
ふざけた状態であろうとも、もう十分に効いてしまうほど効く。
なので、「思いきり開けられない」という部分で、
よけいにワインディングではストレスが溜まって来てしまうのだ。
これでは褒めているのだか、けなしているのだか分かったものではないが、
とにかくこのように猛烈な性能を持った車両なので、
オレはコイツに限っては、
逆車だ国内仕様だということにはあまり拘らなくともいいのでは?
と思ってしまった。
しかし、それでもやっぱりさ・・・という人のために、
逆車と国内仕様はどこが違うのかということを書いておこう。
「基本的にエンジンはそのままで、インシュレーターにフタが入っている、
エアダクトの片側にフタがされている、
ギアのファイナル(スプロケットの大きさ)が違う、
イグナイターとサイレンサーとメーターが違う」
と、そのぐらいのものである。
早い話が、喉とケツメドに異物を詰めて、
空気を吸いにくく、かつ糞詰まり気味にさせてあるだけの話なのだ。
なので、どうせマフラーは社外品の物に変えてしまうつもりだ、
という人であるならば、特にかねを掛けることもなく、
またエンジンそのものをバラすなどという厄介作業をせずとも、
簡単にフルパワーにすることは可能なことなのだ。
参考までにこの国内仕様の性能を堪能しながらオレが使ったガスは、
高速約100km、ワインディング約200kmの計300km
(※すべて渋滞なし、いいペースで飛ばし続けていたられたという条件)
走って約16P。
およそ19km/Pというものだった。
最後に、これは走りとは全然関係ない部分なのだが、
まるでスクーターよろしくパカッと開く、このタンデム部分のシート!
これは目からウロコ、実にありがたい実用装備だと思い知らされた。
絶対的な容量は確かにないが、それでもこの手のオートバイで
「カッパその他の小物ならワンタッチで詰め込み、取り出せる」
ということは、全体的なデザインの制約上から言っても、
画期的なことなのではないだろうか。
メーカー問わず、みんなこうしてくれとオレは強く思う。
さあ、困ったものだ。
コイツを買った人は、いったい何を感じるのだろうか。
馬力が? スペックが?
そんなものはひとたび乗った時点で一気に消し飛んでしまうに違いない。
ひとつだけ間違いなく言えるのは・・・
あなたは納車された直後に必ずこう言うハズだ。
「うっへぇ!」と。
もっとも、それは神経が正常な証拠なのだが・・・・。
さあ、乗って仰天しろ!
キャプション
マフラー
エキパイどころかマフラー+途中のエキゾーストバルブまでオールチタン製だ。
メガネのツル、たったあれっぽっちでもくそ高ぇってのに・・・!
また、こんなカッコをしていてもシート下には荷物フックがあるのも嬉しい部分だ。
ブレーキ
330mmフローティングディスクは、超と言えるほどの軽量な車体とあいまって
とにかく、とてつもないほどの制動力を発揮する。
「世界一効く」と言ってもそう異論を挟む人間はいないだろう。
ほんっっっとに効くぞこれは!
ミラー
対歩行者や接触時のことを考えてだろう、ミラーは異様なほどに前後に可変幅がある。
ちなみに写真では後部に折り畳んでいるが、前方向にも同じぐらい折り畳める。
シートを掛けるときにもこれはかなり役立つ機構だ。
スイングアーム
スイングアームは製法を変更することにより、従来型よりも300gの軽量化に成功。
テールランプはバルブサイズを大きくしたLED採用の上下2分割タイプ。
ウインカーも小型化されよりシャープなシルエットとなっている。
ライト
スリム化されたカウルの変更に伴い新たに採用された3灯式の
マルチリフレクターライトにより、
一段と凶暴そうな顔付きになった。実際、凶暴なのだが。
低回転域だと怒り狂っているような吸気音を発するんだよなこれ・・・。
リアタイヤ
うっへ、ぶっ太ぇ! と目を奪われる190サイズのリアタイヤは超軽量な車体には
過剰とも思えるが、コイツの駆動力とコーナーリング性能を考えると
まったく妥当なサイズだ。食いつくぞ!
盗難防止機構
チップを埋め込まれた純正キーを抜いた瞬間から点火システムを無力化する
盗難防止機構が作動し、指さしている部分が赤く点滅しそれを警告するという、
高度な盗難防止機構が採用されている。
シート下スペース
これはマジで超便利! U字ロック収納部分とされているが、
カッパその他も楽勝で入る容量がありもちろんキーロック付き。
バイク版・六畳ひと間・床下収納庫付きのようなありがた味がある!
MB 2002.12月号