HONDA SUPER CUB

 

 コイツは「オートバイ」というジャンルに限らず、
ひとつの「工業製品」として見た場合でも、 間違いなく歴史上に残る、
偉大な製品であるとオレは思っている。
 誰にでも・・・ 仮にそれが小柄で非力な女性であったとしても
気軽に乗れるようにと、 当時は例がなかった17インチというサイズの
ホイールをタイヤもろとも作り出し、走破性と安定性を損なうことなく
極めてコンパクトにまとめ上げることに成功した車体。
十分な強度を確保しつつコストを押さえるために、
まるで現代のクルマのモノコックボディのごとく構築された、
後部のフレームも兼ねているリヤフェンダーやフロントフォーク回り。
軽量化と、鬼のような大量生産を見越して採用された、
合成樹脂製のFフェンダーや車体カバー。
そば屋の出前が片手でも運転できるように、
さらに坂道でも強力な駆動力を確保できるようにと、
変速ギアを備えているにもかかわらず、自動化されたクラッチ機構。
僅かに足を持ち上げただけでも跨がれるようにと、
水平近くまで寝かされたエンジン、
それの持つ驚くべき耐久性と、驚異的な燃費の良さ・・・。
 それらを、過去に例がない独創的な、
しかも、数十年経ても変更の余地がないほど
完成され尽くしたデザインでまとめ上げ・・・。
それを本田宗一郎さん率いる開発グループは、
今から43年も前に製品として世に送り出したのだ。

 コンセプトの底流に流れていたものは「普遍性」であったという。
言い直せばそれは時代を超越したもの。包丁やバットならともかく、
オートバイではこれは大変な難問となるのは想像に難しくない。
「俺ぁ、絶対に人のマネはしねぇぞ。
ホンダってのは、そういう会社じゃなきゃいけねぇんだ!」
 当時の様子を物語る資料によれば、
生粋の技術者として名を覇せていた宗一郎さんは、
このときばかりは全体のデザイン・造形美の面に関しても
徹底的に口を出したという。
「こうでなきゃならない、こうでなきゃだめだ!」と。
 そして、それをやり遂げた。

 1958年7月に発表され、翌8月からこの奇跡の製品は世に送り出された。
この原稿を書いている時点ではそれから丸43年経つことになるが、
その数は累計でほぼ3000万台近くになっている。
 3000万台!
 自動車でもカメラでも家電製品でも、
このような「年月の試練」に耐えるどころか、まだまだ第一線を走り続け、
衰退する気配すらまったく感じさせないという製品など、他にどこにあろうか!
 おそらく今後とも
---永久にという言葉を使ってもまちがいないであろう---
これを上回る工業製品が、世に現れることはないであろうとオレは思っている。
それが「オートバイ」という、
自分の棲む世界のものであったということに、
オレはなんとも言いようのない誇りと喜びを、こっそり感じている。

 オートバイという大きな枠で捉えてしまえば、
50ccという排気量ゆえに、確かに動力性能的には
見るものがないかもしれない。
だが・・・コイツには知る人ぞ知る、驚愕すべき大性能がある。
 そいつは燃費、だ。
 エンジンの能力というものは、なにもパワーやトルクだけではない。
その能力を戴くために、代償としてどのくらいガスを食われるのか・・・
つまり燃費だって立派な「エンジン性能」となるのだ。
 ちなみに、全体的な走行性能について触れておくならば、
最高速は平地でおよそ60km/h前後、
ただしちょっとでも上り坂になるとトルクがからっきしないものだから、
たちまち50km/h、40km/hと落ちて来る、
下り坂になると、たぶんだが70数km/hまで出るが、
その代わり常にオーバーレブしているような恐ろしい唸り声を上げ続ける、
そんな状態からフルブレーキングしても、全然ギュッとは効かず、
車体はヌヌヌ〜ッと進む、しかして超コンパクトで軽いから、
コーナーではまるでチャリンコのように
自由自在にどうにでもできる・・・というようなあんばいだ。
 いずれにせよ、走りに関しては、
ああだこうだと述べるような筋合いの乗り物ではないので、
今回はコイツの持つ経済性、燃費の部分に焦点を当てて、
そこを徹底して突き詰めてみたのだが・・・
その結果、今さらながら、コイツの燃費の良さには仰天させられた。

 まずは弟と2人で、富士山方面へとツーリングに出掛けてみた。
最初は「のんびりと、30km/hちゃんと守って入って行こうぜ」
と言っていたのだが、正直な話、それは僅か1kmも走らない内にホゴにされた。
この常軌を逸しているとしか思えない「30km/h」というスピードは
想像を絶するほど非現実的なものであり、カッタルイということ以前に、
一般道を他車と一緒に走行するのは危なくてしょうがなかったからである。
左端を走ってりゃあ、いつ追い抜くクルマにハンドルを引っ掻けられるか
冷やひやもの、追い抜こうとしている後続車だって
追い越し禁止部分ではセンター踏むのをためらい、
何かこっちがイヤガラセしているようになってしまう、というような具合だ。
 このとてつもない悪法を支持している人間は、
実際原付きに乗ったらどうしているのだろうか。
いや、乗らずとも
「君は○○歳だから、どんな場合でも絶対に1分間に30歩を越えてはなりません」
とか決められたら、それを守ることができるのであろうか?

 まあそれはいいとして、
とにかくオレたちは、たちまちトップギアの全開走行となった。
ちなみに今回借りたカブは3速、リトルは4速ミッションだが、
最高速はほとんど一緒だった。
 その結果はトータルで
カブが233.9km走って4.5Pの消費、
リトルが236.2km走って4.3Pの消費。
つまりそれぞれP当たり約52kmと55km走っている事となる。
・・・ほとんど同じではないか!
 それならば、マイペースでブラリとツーリングふうに
走ったらどうなのだろうかと、次にはリトルのほうに乗り換えて、
川崎から六本木の外れまで飯を食いに行き、
そのまま横浜を目指し、勢い余って葉山海岸まで出て、
海岸沿いのツーリングをしばし堪能したあと江ノ島から帰って来る、
というルートでテストしてみた。
 このときは、159kmピッタリ走って2.34P、
つまり1P当たり67.9km走った。いや、走りやがった!
オレが入れたスタンドは1P96円のところだった。
ということは例えばこの場合、ほとんど「丸一日遊び」に対して、
ガス代は約225円ということになる。
途中あまりの暑さにコンビニで
ペットボトルのポカリスエットを買ったのだが、それが150円だ。
次にコーラを買った。120円だ。
そして思った。
「なんだ、人間のほうが遙かに燃費悪いじゃねぇか・・・!」と。
 これはものすごい性能だとは思わないか?
「え・・・すごいかなあ?だってカタログには、
もっとすごい数値が記載されているじゃん」
そう思う人もいるだろう。
そう、確かにカタログ上では
カブはP130km、リトルに至ってはP132kmという、
とてつもない数値が記載されている。確かに、ね。
 だが、アレは
『平坦地で、無風状態つまり向かい風を食らうこともなく、
もし時速30km/hでずっと走り続けていれば』
という前提のもの・・・
要するに一般道においては事実上有り得ない条件の元で
試されたものが記載されているのだ。
 というより、紙の上の数字がどうであろうと、
「全開で走り続けようが、裏道をトコトコ走り回ろうが、
海へと遊びに行こうが、いずれの場合にせよ
P50kmだ、60kmだと平気で走ってしまう」
というこの事実!
この事実があれば、そんなことは別にどうでもいいじゃねぇか!
と思ってしまうのだが。

 もう一度書くが、カタログの数値がどうであれ、
「丸一日かけて240kmも走り回っても、400円ちょっとしかかからない」
という、そのこと自体がすでに、今の世の中十分に驚くべきことなのだから。
 役人どもよ。環境保護、大いにけっこう。
省エネ、大いにけっこう。
だがな、ああだこうだ言う前に、まずはお前ら、カブに乗れ!

 最後に、総括的にカブとリトルとの、乗った感じの違いを書いて締め括ろう。
オレが感じたのは、リトルのほうがずっと滑らかで
乗り易かったということだった。
ブン回したときの微振動が、リトルのほうが俄然少ないのである。
それに50ccで非力ゆえ、少しでも有効に加速させようとすると、
やはりカブの3速とリトルの4速との違いというのは、
かなり大きなものとなってくる。
これは信号待ちからのスタート等ではなく(この場合はさほど差は出ない)、
例えば街中の路地をうろついたりしたときに、
カブだと2速では唸り過ぎるが、
かといってトップの3速では回転が落ち過ぎてちょっとまどろっこしい、
という場合が往々にしてあるのだが、
そんなときリトルのほうならば2速か3速、
つまり中間の2つのギアのうちどちらか都合の良い方を選んで使えるので、
都合が良いのである。
 また、今回の車両については
カブのほうはキックのみの仕様だった(セル付きもある)のであるが、
リトルのほうはセルが付いていた。
50ccのキックの重さなどタカが知れているので
別にどうということはないのだが、
しかしそれでもやはり跨ったまま右手でチョンに慣れてしまうと、
「それがふつう」であり、いちいちキックするのが
「ふつうではない」とそのうち感じるようになってしまっていた。

 リトルはカブの前後のタイヤを小径化し、
現代風にアレンジしたバージョンであるが、
この小径化による乗り心地の悪化についても
まったくといっていいほど相違は感じられなかった。
コーナーとかで違いは出ないのかって?
変わらないね、ハッキリ言って。
なぜなら、本来は如実に出るであろうそんな影響も、
あまりの超小型・超軽量という根本的な部分にすべて紛れてしまって、
顔を出すチャンスもないからだ。

 では「どっちか1台やる」と言われたら、
リトルを貰うか?というと、これがまた二の足を踏む。
なぜかというと、オレはカブのオリジナルスタイルを、
ものすげえ気に入っているからだ。あの昔から変わらない、
実用一点張りのバイクを颯爽と転がす・・・
オレにとってはそれがカブに乗ることの魅力でもあるからだ。
リトルは確かに良いが、それは
「カブの格好をしているカブを乗り回す」という魅力を
打ち負かすほどのものとは、 オレの頭の中ではならないのである。
・・・同じことを思っているような人間は、案外多いのではないだろうか?
 実際、リトルに乗っているときには何も言われなかったが、
カブを乗り回しているときにはガソリンスタンドの店員に
「おっ、カブじゃないですか!こんな色あったんですねえ、いいなあ!」
と話しかけられたり、路地裏で一服していると、
向かいの豆腐屋の中年旦那が仕事の手を止めて出て来て、
「いいなあ、実は前からカブ、すごく欲しかったんですよ。
これ新車ですか?いくらぐらいするんですかねえ」
とあれこれ聞かれたりする・・・ということが、何度もあったのだ。
「オートバイに乗りたい」のではなく、
「ハーレーに乗りたい」というのがまず最初に来ているという連中の
心理とよく似たようなものが、
そこにはあるのではないかとオレは思う。

 カブに乗りたいんだ、あの、スーパーカブに!

 バイクを編集部まで返しに行ったら、
ガレージで近藤編集局長とバッタリ会った。
久しぶりだったこともあり、オレは口角泡を飛ばし、
いかにカブがすごい乗り物なのかということを語りまくった。
「なるほど。合わせたわけか」
「へっ?なにを」
「今日、8月5日っておめ、本田宗一郎さんの、命日じゃねぇか」
 飛ぶようにして家へ帰ったオレは、
冷蔵庫から良く冷えた缶ビールを取り出すと、ブシュッとやって頭を振った。

『宗一郎さん。やっぱあんたは本当に、ものすげぇ人間だぜ!』
 と、つくづく思いながら。

 

キャプション
エンジン
全開で走っていて下り坂にさしかかると、
ふつうのオートバイに例えるなら「レッドゾーンから針が飛び出している」
ような音を起てて唸りまくるが、それでもビクともしない、ビクとも。
このエンジンて、壊れるということがあるのだろうか?
そんなことを思わせてしまうほど、とにかくコテンパンにタフなエンジンだ!

サス
カブのFサスは「ボトムリンク式」という極めて単純な構造をしたものだ。
これは要するにリヤのスイングアームと2本のサスの、
ものすげえ小型版が逆向きに付いている、と思えばいいのだが、
この構造ゆえにブレーキを掛けるとサスを伸ばそうとする力が発生するため、
自動的にアンチ・ノーズダイブ機構ともなる。
もっともそのせいで路面への圧着力は弱まる方向になるし、
その間サスの働きを殺されてしまうことになるのだが、
カブにとっては大した問題とはならない。これでいいのだ。

メーター
どうだ。このシンプル極まるメーター回り。
文字盤の区切りは一応の変速の目安だが、誰も見やしない。
もうこれ以上引っ張れない、というところまで
ガンガン回すのが通常の使われ方だ。
それでもエンジンはビクともしない。ビクとも、な。

タンク
容量は4Pと、市販のオイル缶程度しかないが、
ウルトラ良い燃費がそれを大容量と同義語に変身させてしまっている。
残量計付きだが、しばらく乗り回していてもほとんど動かないので、
キー付きキャップをわざわざ開けて、つい見てしまうほどだ。

チェーン
雨水も泥も埃も付着させないフルカバーにより、
チェーンの耐久性も抜群だ。
ただそれでもいずれはローラーの摩擦による延びは発生するので、
そうなるとチェンジの時に外周がひっぱたかれて
ガシャガシャと騒がしくなる。
点検は下部に見えるゴムの蓋を外して行うのだが、みんな音が出始めてから
「仕方がねぇ、張るか」とやっているようだ。

フック
フレームがあるので片寄りになってしまうが、
あるとないじゃ大違いのコンビニフック。
時代と共に追加された装備のひとつだ。



               MB 2001.10月号