HONDA FTR
まず最初に言っておきたいのだが、
このバイクは
「フラットトラックレースを普及させるために作られたもの」
ではないのだ、ということだ。
「人それぞれのライフスタイルや価値観、個性の演出を
応援するツールとしてのオートバイが、
これからの時代、あってもいいのではないか?」
「音楽やスポーツやファッションのように、
人々の個性やライフスタイルに
スムーズに受け入れられる性格を持ったバイクはどうだ?」
来るべき21世紀を前にし、ホンダはこんなことを考えた。
それを「フラットトラックレーサー」という形を借りて具現化し、
送り出して来たものがコイツなのである。
つまり、どこからどう見てもこれは
フラットトラックレーサーそのものであるが、
すべての狙いはストリートでの扱い易さ、
楽しみ方を追求した完全なるストリートモデルなのだ、
ということなのだ。
この『作り手側の意図』をきちんと理解しておかないと、
インプレを書くために走ってみる場所から乗り方・扱い方まで
すべてトンチンカンなものとなってしまうのは当然のこと、
正しい評価などできたものではない。
では、その上でさっそく書いてみよう、
コースには持ち込まない、ストリート・アタックを!
この『FTR』というバイクは
以前にも一時期あったのであるが、
新コンセプトのコイツでまず感激したのが、
「セル一発で即座に エンジンが掛かる」ということだ。
そんなの当たり前だと思うかも知れないが、
旧FTRは狙い目がコイツと違い
フラットトラックレースそのものに置かれていたため、
XLRから流用され、
しかも若干手が加えられたエンジンは始動性
−−特に暖まった状態では−− が辟易するほど悪く、
しかもキックしかないと来ていたので、
オレは常に汗だくの思いをしていたからである。
コイツのエンジンは以前のようにXR系統のものではなく、
SL230のもの(より軽量・コンパクト化を図るためだ)に
専用チューンを施したものが搭載されているのであるが、
これが、実によく粘る。
具体的に言うなら、
ローギアならアイドリングさせたまま、
スピードメーターの針など動かない歩くようなスピードで
トコトコと走ってくれるし、
ちょっとした急坂に差しかかっても、
1cmアクセルを開けてガスを追加してやれば、
やはりアイドリング回転のまま
トコトコと上がって行ってしまうぐらいだ。
そのままクランクしたりUターンしたりもで きるので、
扱い易いことこの上ない。
こんなことは、以前のFTRでは、とてもできたことではない。
コイツを開発するに当たり、
関係者がみんなして実際に街中をいろいろと走り回ってみたら、
5000回転以上ブン回していることはほとんどないという事が分かり 、
ならばそれ以下の回転域に有効にパワーを振り分けてやろう、
という答えになったらしい。
ついでに言うならば、
SLが現代では当たり前のように採用されている
6速ミッションなのに対し、
コイツはそれより1速少ない、5速ミッションである。
なぜか?
「このバイクの性格からして、最高速はそれほど出る必要は
ないだろう→じゃあトップギアーはSLよりちょっと低めに
してもいいだろう→低速が強くなっているのだから、
1速と2速はやや高めにしてもいいだろう→だったら、
その間にギアーをなにも3つも入れることはないだろう、
あと2つの、全部で5速で充分ではないか?」
と考えたからである。
では、5速にして何か困る事はないのだろうか?
このバイクの場合は、ないと言い切ろう。
ギアーが多いことのメリットは、
下であまりパワーがないエンジンでも
常にブン回した状態で走れる
(50ccのミッション付きのやつに乗ったことのある人なら、
痛いほど多段ギアーの必要性が分かるハズだ!)とか、
あるいは レプリカのように、
頻繁にチェンジすることそのものが楽しさの一因を担っている、
という理由の上に成り立つものだからであり、
コイツのように低速域が強化されていて
まったくブン回す必要がないのであれば、
6を5で割って各ギアーの間隔を広く取ってやり、
ひとつのギアーで長い距離を引っ張れるように
してやったほうが、かえって楽しい走りができるのだ。
例えばだ、土の上でコイツでカウンターごっこをして
遊んだとしよう。
すると例えばSLが2速で20mケツを流して遊べたら、
コイツは30m分流して遊べる。
同じく3速でSLが30mならば、
こっちは40mという具合に、
ワイドレシオを持つギアーというものは、
そのおかげでより長く引っ張って遊べるのだ。
極端な話をすれば、
これがスタート用のギアーと走行用のギアーのふたつしかない
『2速ミッション仕様』のバイクだったとしたら、
『カウンターを当て始めたとき』から
『そのバイクの最高速』まで、
一気一発でこれが可能なのだということなのである。
( 派手なドリフトこそ見せないものの、形態的には
フラットトラックレースの親戚のような我が国の
『オートレース』で使用されているオートバイは、
まさにこのような理に適った理由から、
たったの2速しか持ち合わせていないのだ)
では、実際に振り回してみた感じはどうなのか?
まず、ハンドリングが軽い。
ふつうのオフ車とてハンドル幅は充分に広いが、
コイツはそれより更に、まだ広いのだ。
無論これは本来の使い方? のカウンター走法を
かましたときに押さえ込みが効くようにとの
理由によるものなのであるが、
よって舗装路での場合は軽い車体もあいまって、
まるでパワーステアリングのように力要らずで
ヒョイヒョイと切り返すことができる。
(ただし、その幅のせいで渋滞路のスリ抜け時に
はかなり気を使うが)
そして・・・重心から着座位置から何もかもが低いから、
これがおもっしろいようにコーナーが決まる!
思ったときにヒラッとやれ、ペタッと寝る。
ヒラペタだ。
おっ、あそこ右行こうか。ヒラペタ。
左行こうか。ヒラペタ。
ガバッと思い切って寝かせても、
メチャクチャ安心感がある。
なにしろ後輪と同サイズという
ぶっ太 い前輪が思い切り食いついてくれるので、
ズッてしまうというあの恐怖感覚もほとんどない。
以前、オートレースの飯塚選手だったか
ノリックパパの阿部選手だったか忘れたが、
絶頂期の平忠彦も眼中に無し、
「ほかの場所なら別として、
左コーナーだったら平であろうが誰であろうが、
俺は絶対に負けない自身がある!」
と言ったことがあったが、
まさにそんな感じのバイクである。
しかし、だ。
これはあくまでも「一発」のコーナーリングの話に限る。
もしくはふつうに走っている・・・
つまりせいぜいがとこ
3速の全開(およ そ70km/hぐらい)ぐらいまでの範疇での話だ。
どういうことか?
切り返しという行為がそこに加わった場合や
飛ばしている時などでは、
その極太で重たい前輪がジャイロ効果を発生させてしまい、
その場に残ろうとしてかなり妙なクセを感じさせるのである。
例えばS字を切り返すときや、
高速道路を走っていて急激にレーンチェンジするような場合が
それに相当する。
まあ言ってみれば、このバイクは
『ぶっ太い後輪をそのまま前輪にも流用している』という、
冷静に考えればかなりものすごいことをやらかしているわけだから、
これは当然と言えば当然の結果なのであるが、
このあたりの事はTWという「クセ持ちの親玉」のようなバイクが
売れまくっているのだから、
オレがああだこうだ言う必要などないのかも知れない部分だ。
最高速およそ110km/h。
軽い。
小さい。
安い。
低速抜群で気軽に転がせる。
買いか? こいつは、買いだ!
キャプション
エンジン
SL230のエンジンを使用、それを吸排気管部分のボリュームを増やし、
それに伴いキャブのセッティングを変更することにより実用域である
5000回転以下のトルクを増大。また、排ガス再燃焼システム搭載で、
国内E/M規制値を下回るクリーンな排気も同時 に実現させている。
ハンドル&細いタンク
SLより45mmも広い、820mmもの幅を持つ超ワイドハンドルは
抜群に押さえが効く。スリ抜け時にはかなり厄介な代物となるが、
それでもメリットの方が多し。
Fブレーキ
タイヤ太くて接地面積でかい、ブレーキ効く、車体軽い、
フォークオフ車のように沈まない、で制動力は完璧に合格点。
これ以上効いたらオフじゃ怖くて握れないほどだ。
タイヤ
滑らかにタイヤが滑り出してくれるようにと、
トラックレーサーにはブロックパターンではなく、
敢えてロードパターンのタイヤが用いられているのだが、
逆にそのお陰で舗装路でも怖い物なしのフルバンクがかませられる。
車重比にすればこれは前後極太サイズだ。
MB 2001.2月号