HONDA VTX

 

−−東洋のある国で、
既存のほとんどのチーターが追いつけないほどの、
すさまじいダッシュ力を持つ新種の大型サイが、
最近になって発見された模様です−−

 こんなニュースが流れたら、
さぞや興味をそそられることだろう。
だが・・・それに等しいようなことが、
実際にオートバイの世界では起こってしまったようだ。
「おい、こんなくそでけえアメリカンが、
こんなに速くてもいいのか!」
オレが実際に乗ってみて最初に思ったのがこれだった。

 乾燥ですら320kg。
ガス等を満タンに詰め込んだ状態、
つまり装備重量では343kgにも達する車重。
ハーレーがまるでナナハンサイズに見えてしまうような
巨大な車体。
だが世界最大・最強を標榜する1800ccVツインエンジンは、
そんなことをものともしない、
とてつもない駆動力を発生させるのだ。

 ではさっそく、実際に走らせたときのことを書き始めよう。
セルスイッチをチョンと押すと、
「ガヒュン!」と唸ってから、
ガボッという吸気音を発して世界の親玉は目覚めた。
キャブレターを用いない電子制御の燃料噴射システムは、
たちまちアイドリングを自動的に安定させてくれる。

 そして・・・
いかに1800ccあろうがなんだろうが所詮はアメリカンモデル、
それにこの車重だ、とあまり深くも考えずにスタートし、
アクセルをガバッと開けたその瞬間だ。
まったく間髪を置かずにドッカン! 
とコイツはものすごい、ほんとにものすごい勢いで突進し始めた。

 このような表現は、超大型バイクのインプレでは良く用いられるが、
コイツのそれは、今までのものとはまったく異質のものだ。
例えばGSXの1400だ。
あれも開けたとたん、驚くほどの強烈さでドン! と押し出される。
しかし、あれにしろXJR1300にしろ、Vmaxにしろ、
その後には必ず「グワッ!」という伸びもまた伴う。
だがコイツの場合は
伸びとかそういう感覚が介入するものではなく
とにかく「一撃」なのである。
自転車に乗って信号待ちしているときに、
小錦に勝手に突然ペダルをガッ! と踏み降ろされたような・・・
とんでもないほどの突進の仕方をするのだ。

 だがもっと驚いたのは、実はこの後だ。
うっへぇ〜! なんだこりゃあ!
と驚きながらガシャッと2速に掻き上げ、
パッとクラッチを繋いだら・・・
さらにものすげえ蹴飛ばしをドカン! と食らって、
半ばまだ開いたままの左手が、
グリップからほとんどスッポ抜けそうになってしまったのだ。
2速でも3速でも、この強烈な蹴飛ばしは変わらない。
アイドリング+αも回っていれば即座に見舞われることになる。

 もう少し詳しく書こう。
先ほど「伸びがない」というようなことを書いたが、
それはあくまでもローギアでのことだ。
1発当たり900cc
(ちなみにこれはアメ車のバンやトラック等に
オプション設定されている、いわゆるビッグブロックと
呼ばれているトルク命のV8と完全にタメを張るサイズなのだ!)
もあると、
ピストンの重さ自体が災いし高回転まで回せなくなる、
という弊害が出て来るが、しかし、だ。
確かに回らない、すぐ頭打ちとはなるものの、
その代わり1発ごとの爆発力がでかいため、
多少ギア比が高かろうがなんだろうが、
押し下げられたピストンの力を即座に
前へ押し出す力に変換してしまう→結果「突進」
して行くこととなるのだ。
伸びではなく、あくまでも突進だ。

 例えるならば、GT-Rが「ファオ!」とたちまち
スピードを乗せるのに対し、大型トラック
(それも空荷だ)は「ズドドドドッ!」と、
あまり回転は上がっていないのに
スピードだけはどんどん増加して行くという、
あんな感じに近いものがある。
音(回転数)と加速の辻褄が合わないのである。
ひと粒300mならぬ、1発30m・・・!

 ちなみにこいつは「ガボッ!」と吸気音を発して
ガルルルッと僅かに回った後、
それが2速であればたちまち100km/hを軽く突破する。
このようにコイツの低速域での「ドカン!」には、
すさまじいものがある。

 よもやこの手のバイクで「速ぇ」という表現を
使うことなどオレは想像もしていなかったので、
正直これには驚いた。
コイツに本気を出されてしまったら、
街中の信号ダッシュの範疇であるならば、
まず勝てるバイクはそういないだろう。
速さを売り物にしている大型バイクでも、
見た目から「鈍重そうだな」などとナメて掛かったら、
まず出だしで置いて行かれてしまうこと請け合いだ。

 見た目の巨大さとは裏腹に、足着き性は驚くほど良い。
シート高は695mmと
中型アメリカン並に低く抑えられているからだ。
だが、ハンドルの広さには些か面食らうだろう。
なにしろ990mm・・・とほとんどmサイズ(!)なのだ。
これは
「車体のイメージに合わせて幅広のものを採用した」
という理由もあるだろうが、
ここまで広くしテコの原理に頼らなければ、
とてもではないが押したり引いたりするときには、
プロレスのようなバカ力が必要となってしまうから、
というのが本音だろう。

 実際コイツの場合デザイン上の問題で
他の大型バイクのように
「タンクをヒジで抱えながら」ということや
「腰を押し付けながら」ということが困難ないので、
このこじり棒のような巨大なハンドル
(言い忘れたがこのハンドルは国内専用物だ)がなければ、
ちょっとでも足場の悪いところでは
大の男でも出し入れのたびに泣きが入ることは間違いない。
よってコイツのハンドルを
「アフターの狭いものに替えよう」と企むなら、
それなりの覚悟が必要だ。

 ではハンドリングその他はどうなんだ?
本来なら「重い」と書かねばならないのだろうが、
この超広ハンドルのおかげで
実際はさほど重いとは感じることはなかったと、
ここでは書いておこう。
ただし(車重を考えればこれは当然のことと言えるが)
軽快さはまったくない。
あくまでもドッシリだが、
これはリッタークラスのでかいアメリカンに
乗っている連中であるならば、
すぐに慣れてしまうことだろうとオレは思う。

  それにしても、この巨体が浮き上がるようにして
(実際、低いギアーではシャフトの反力で浮き上がる)
ブッ飛んで行くのは見物だ。
ただし、3速以下はギアーのバックラッシュ(遊び)
がかなり大きいので「開けた、閉じた」とやった場合には
かなり車体が前後にギクシャク揺さぶられてしまう、
ということも付け加えておこう。

具体的に言うなら
ローでバッと開けて蹴飛ばしに仰天して戻して、
また加速しようと開けて・・・とやったときなどは、
前後どころか上下にも、笑ってしまうほど車体が踊るのだ。

4速5速はこの現象は現れない。
 振動も、吹かしたとき以外は発生しない
(よくぞここまで殺せたものだと感心するほど滑らかに回る!)
ので高速のクルージングなどは極めて軽快かつ楽チンなのだが、
ここでも「ただし」と付く部分がひとつある。
なにしろ加速が良いのに加え、風をまともに食らうスタイル。
足は前方へと投げ出し、
ヘソの辺りで腰よりも遥かに広く開いた状態で
グリップを握り締めているという・・・
つまり後ろに引っ張られる力には対処しにくい乗車姿勢のため、
100km/hをかなりオーバーして大風圧を
食らい続けるような場合や、豪快な加速を味わおうと
ガバッと開けたりした場合においては、
腕に掛かる負担はふつうのバイクの比ではない、
と思ってもらいたい。

 コイツのパワーは、
あくまでも「余裕」のためや「回さずとも楽に走れる」
ためにあるのだということを、頭の中に入れておこう。

 さてと。
もうひとつどうしても伝えておきたいことがある。
それはエンジンの滑らかさ同様「特筆すべき」ほどに
良く消音されている、マフラーのことだ。
実に静かで、
夜中に住宅街の真ん中でアイドリングさせていても、
まったく気が引けないほどなのだ。
吹かせば確かに、コイツは豪快な音を発する。
(ついでに、そのようなときだけ、
いかにもVツインらしく車体を揺するという、
高度な演出もなされている!)
 だが、それはマフラーから吐き出されるものというより、
1回で1.8Pもの空気を吸い込む際の、
吸気音によるもののほうが大きいのだ。

 マフラーを変えたらいったいどんな迫力のある
音がするのだろうかと個人的には興味津々であるが、
しかし、
こんなくそでかくてくそ重いバイクで音がそれだったら、
乗るときには置き場所から押して出さなければならない
→ちょっと勘弁してくれ! となってしまう。
音を大きくするのは簡単なことだ。
だが逆に静かにするのにはとんでもない苦労を伴うものなのだ。

 ひとつおもしろい話を聞かせよう。
ある技術者の言葉だ。
「社外品のマフラーは、ノーマルと同じ音量に
できないのかって? はははは!
できなくはないさ。でも、まず間違いなく、
それは土管のような太さになっちゃうだろうね、ははは!」

 そう言って両手で30cmほどの輪を作っていた。
品質・性能・音量とも完璧なものをこの大きさで実現させる。
それがメーカーの、もうひとつの技術力なのである。

 では最後の〆に入るとしよう。
コイツの魅力。それはもう
「世界で一番でけぇ」1800ccVツインであるということ、
そのものズバリだろう。
(おおっ、見ろよ、あれ1800だぜ!)
(おい、あれはもしかしたらホンダの、
世界最大のVツインてやつじゃないか?!)
中でも最高なのは、誰かに「これって何ccなんですか?」
と聞かれたときである。
こっちは「1800ccだ」と言いたくてしょうがない。

 実際今回は、そんなことが何度あったことだろうか。
代表的なのはこれだ。
撮影のため、城ヶ島の磯にコイツを停めていたときのことである。
そこへ年配の釣り人がトコトコとやって来た。
足を止めてジ〜ッと、ジ〜ッと見ている。
目が合った ときにその人はやっと念願のセリフを吐いてくれた。
「これ、何ccなんだい?」
そら来た!
だが顔には出さないで、最初の部分を発音不明瞭にしてこう言った。

「※#♪・・・・800cc」

「えっ? 800cc? へぇー」
いやね、俺の知り合いもハーレー乗ってるんだけど・・・と
続けかけるのを、チッチッチと首を振って制して言い直した。

「せん、はっぴゃくしーしー・・・」

「えっなにィ? 1800ccだって?! 
うぅっへぇー、1800ccつったら、俺のクルマと同じじゃないか
・・・バケモンみたいなオートバイだなあ、こりゃあ!」

 こんな驚愕交じりの賛辞に対する「むふふ感」は、
今までは1600cc・ロイヤルスターのオーナーが独占して来ていた。
それに飽き足らず? ヤマハは1750ccというズ抜けた排気量に
増大させたロードウォーリアを最近になって世に送り出して来た。
だがコイツは・・・それをも凌駕してしまっているのである。

 極めて精巧にできた、野蛮な味付けのVツイン。
それはホンダの技術と加工精度をもって作られたものであり、
最初から102馬力、買ったそのままの状態16.2kg-mという
途方もない力を有している。

 すごいことだと思わないか?
こんなオートバイがその辺のお店で
メーカーの保証付で買えるということは!

 最後に、燃費のことをちょっと書き足しておこう。
あくまでも参考値の範疇ではあるが、
高速を127km、一般路を168.5kmの計295.5km
(どちらも平日・渋滞はほとんど無し)走って、
食ったガスは20.46P(これはかなり正確な数値)。
つまりP当たり14.5km。
やはりそれなりに大食いなようだが、
なにしろこれだけの性能を持つ
「世界最大の1800ccVツイン」なのである。

  ここはひとつ、その称号の前に割り切って考えようではないか!

 


キャプション
すり抜け
1.8Pというのがうそのように、本当に良く消音されているので、
あくまでもゆっくり走っている限りにおいてはの話ではあるが、
こんな狭い路地で後ろから通行人に近付いても、
振り向かれもしないことが多い。

マフラー&リア回り
良い音を吐き出すのに、
夜中の住宅街でのアイドリングにも気を使わないという絶品マフラーも、
社外品に交換する人は多いのだろうな。
Rディスクは316mmと車体サイズに負けない大型のものが装着されている。

エンジン
これでもか! というほど存在感のあるこの巨大なシリンダーを
目の当たりにすれば「これ何ccだい?」と聞きたくなるのも無理ない話だ。
クランクケースとミッション部分を分離した
『密閉型ドライサンプ』にすることにより、
ミッション側のオイル劣化を低減させている。

ヘッドライト
145mmの大きさを持つマルチリフレクターライトは、
カバーごとだとなんと銀次郎の頭とほぼ同サイズというドでかさだ!
倒立フォークのアウターチューブはアルマイト処理されている。

Fブレーキ
296mm径+3ポットキャリパーのWディスクは、
ハイドロ・コンビによりリヤを掛けると連動して作動。
また前後のホイールは、
防錆効果の高いアクリル・シリコンクリアー塗装仕上げだ。

Rショック&シャフ
オールイン・ワンのシャフトドライブで足回りはスッキリ。
サスもメッキのフルカバーでスッキリ処理。
ちなみにこのバイクのメッキ部分は
どこもみな最高レベルの下地処理が施されている。

ハンドル&メーター
ハンドル幅がとにかく広いので、すり抜けはめちゃくちゃ気を使う。
アッパー/ロアホルダー/トップブリッジのクロームメッキ仕上げも、
ハンドル同様に「国内モデル専用」装備だ。

 

                    MB 2002.3月号