YAMAHA Vmax

 

 今からもう15年前のことである。
当時、まったくツキから見放され、
落ち込む毎日を送っていたオレに本誌編集部より、
新型車試乗 の誘いがあった。
「Vmaxっていう、
でかいアメリカンモデルみたいなのが出るらしいんだ」
ブイマックス? なんだそりゃあ。
アメリカンモデル? 大して興味ねぇよ・・・。
 オレは冴えない顔をしながら、
会場である袋井テストコースへと向かった。
まったくなにも、事前に聞かない状態で・・・。

 現地についたオレは、
横っ面を張り倒されたような大衝撃を受けた。
目の当たりにしたそ のオートバイは、
なにからなにまで想像を超えていたものだったからである。
(なんだ、このデザインは! 
どこがアメリカンなんだ ! こんなのありか!)
甲虫を思わせるようなそのデザイン。
自動車のようにぶっ太いリアタイヤ。
ジェット機のようなエアダクト。
そして車体のド真ん中に鎮座するV型エンジンは、
並列4気筒を見慣れたオレの目にはそれはエンジンというよりも、
まるでアートするディスプレイのように映っていた。

パワーを聞いてその驚きは頂点に達した。
(なんだって?145馬力? トルクが12kg-mを超えているだと?
そんなバイクがあってたまるか!)
ところがそいつが、いま現実に目の前にあるのだった。

 体の中で、失いそうになっていた人生の炎が
再び燃え上がるのをオレは感じはじめていた。
 転倒に次ぐ転倒、事故に次ぐ事故により
10代の終わり頃には
すでに全身がズタズタになっていたオレは、
少しでも身を守ろうと考え、革ジャンに、
昔使っていたモトクロス用のブレストガードを
ぶっ壊して取り付けた、
プロテクター外装の手製の特製ジャンパーを
ハタチ過ぎの頃から着るようになっていた。
後に、バトルスーツの原型となったものだ。
同様の理由で、足元は頑強なオフロードブーツである。
 そんないで立ちのオレは、目立っていた・・・というより、
ロードレースに出るようなツナギスタイル当たり前、
という業界連中の中では浮きに浮きまくっていた。

 そんなオレのところに、ひとりの男がやって来た。
そして肩のプロテクターを掴んで言った。

「おお、これだ! 私はまさにこのイメージで、
このオートバイをデザインしたのだ!」
(そいつは光栄ですな・・・・いいから、早く乗せてくれ!)
「とにかく馬力がありますから、気を付けて走ってください」

 いつものとおりには開けるな。
場所をわきまえて慎重に・・・。
オレはアドバイスを守った。
なにしろあの超大排気量・超大馬力と驚愕された
カタナの1100をすべての面で凌駕、
それも圧倒的に凌駕している、
とてつもない化け物なのだ。
 オレは未知の 世界に身構え、
それまで聞いたこともないガルルルルッ! という
独特の排気音を低く轟かせながら、
慎重な運転で東名高速へと向かった。

 前を行く撮影車がカメラを構えた。
遠くから走り寄って来るのをズーミングで撮るという。
(ガッと加速して来てくれ!)
(よっしゃあ!)
 アクセルを開けた、そのとたんだった。
Vブーストとやらが炸裂し、
途方もない力で体が後方に引っ張られた。
予想を遥かに上回る猛スピードで
撮影車に突進したオレは大仰天し、
慌ててブレーキを握り締めていた。

(なんなのだ、この加速力は!)

 オレは血が沸き、肉が躍り始めていた。
同時にそれまでのモヤモヤが
一気にふっ飛んで行くのを感じていた。

 オレが実際に自分でコイツを買ったのは、
それから数年後のことである。
 仕事柄オレは毎月毎月最新型のバイクに
常に乗ることができていたので、
自分で金を出して買う必要はなかったのだった。
しかし、結局コイツは買ってしまった。
どうしても常に手元に置いておきたくて、
我慢ができなくなってしまったのだった。
  無論、買ったのはフルパワーの逆輸入車である。

「あら、かっこいいバイクね!」
納車されてすぐの頃だ、家の前で義理の妹、
弟の嫁さんとばったり会った。
ちょっと乗せてよ。
OK、しっかり掴まっていろ。
いやいや、そうではなくて、
腕を腹に回して、左手で右手首を掴んでいろ。
 そう言っておいてからVブーストを炸裂させた。
ワンテンポ 遅れてから、
後ろでギャァーッ! という叫び声が沸き起こった。
「ねえ、もういい、もういい、お兄さん、もう帰ろ、帰ろう!」
 オレはコイツの性能に満足した。

 Vmaxは曲がらない、とよく言われる。
だがオレはそうは思わない。
なんの問題もなく、どこでも十分に曲がる。
コーナーをスイスイと曲がって行く。
みんな、何か大きな勘違いをしてはいないだろうか。
それまでの
「ロードレーサーのベースになり得るバイク」とコイツとは、
根本的に同じ延長線上の乗り物として捉えては、ならないのだ。
その基準で物を考えてしまえば、
確かにコイツは曲がりにくい。
 だが。
ただそれは、重いからなのだ。
例えばカタナでもZ1でも、
コイツと同等の車 重まで増大させてしまったら、
叩かれる陰口は
コイツと似たり寄ったりのものとなってしまうだろう。
 バイクは軽ければ軽いほど良い。
これは不変の鉄則である。
だが、世の中にはすべて例外というものがある。
 コイツの場合がそうだ。
このパワーとトルクを持つ車体をドッシリと落ち着かせ、
安定させながら走るには、
この重い車重も決してマイナス要素とはならないのだ。
 重いからこそ、安心し て開けられる。
フロントの荷重がなくなり、
最悪ウイリーしてコントロール不能になる恐怖がないのだ。
現代のスーパーバイクはみなこの傾向にあることは、
知る人ぞ知る事実だ。
 そのかわり、コイツはいとも簡単にリアタイヤを
空転させることになる。
ところがそれがまたコイツのキャラクターそのもの、
楽しくて仕方がない部分と変換されてしまうのだから
タチが悪い。
おかげてオレはいったい何本のタイヤの
スチールコードを露出させ、
タイヤショップに利益をもたらしたことか。

 超高速域での車体のブレもよく指摘される部分だ。
これも、確かに発生する。
しかし、それは限りなく200km/hに近づいてからのことである、
という事実も忘れてはならない。
 ゆえに、オレはこの問題についてもまったく気にしていない。
なぜなら、空力のことなど鼻から無視しているコイツの車体は
ライダーに猛烈な風圧を食らわせ続けるため、
事実上そんなスピードまで出そうとは思わくなるからだ。
おかしな話しだが、実はこれもまた 、
オレの気に入っている部分のひとつなのだ。

 こうやって自然な形で最高速へのアタックを諦めさせる乗り物。
「とてもじゃないが、 これじゃあしがみ付いてられねぇぜ。
仕方がねぇから、やめておくか!」

 自分も傷つかないし、バイクのほうも傷つかない。
こんな大義名分の立つやりかたで無謀な速度域、
ヘタしたら新聞沙汰になりかねないような速度域までへの
アタックを諦めさせてくれるオートバイなんて、
他にあるだろうか。
 限りなくハーレーダビッドソンがそれに近いというだけで、
オレは外に知らない。

 もうひとつ気に入っている部分を書いておこう。
それは、ライディングポジションだ。
 着座し、自然に足を降ろした位置にステップがある。
手を自然に延ばした位置に、ハンドルグリップがある。
つまりオートバイとしてまったくもってまともな位置に、
重要な操縦装置が配置されているのだ、この怪物は、
ふつうのオートバイのように!
 これがなにを意味するか。
「どんな場合でも乗り手の能力を最大限 に引き出してくれる」
 これが答えだ。

 ここに昔、BG誌のリクエストで、遊びで撮った一枚の写真がある。
このロックまで切り込まれたフルカウンターの写真を見て、
みんな何を思うだろうか。
さすがシンヤさんだね?
いいやそうではない、
さすがまともなポジションをしているオートバイというのは、
こんなにも重いにも拘わらず、
随分とコントロールすることができるものなのだな・・・
是が非でもそう思ってもらいたい。
それほど、まともな位置にあるということは
重大な意味を持っているのである。

 都合の悪い部分もある。
発熱量の大きいエンジンは夏場など渋滞にハマるとものの5分で
オーバーヒートを起こし
(ついでに言っておくと、全開で30分も高速を飛ばし続ければ、
夏場ならやはりオーバーヒートしてくる)、
電動ファンが回りっ放しになる。
 そうたいして大きなバッテリーを搭載していないので、
すぐに貯蓄を使い果たし、セルが 回らなくなってしまうのだ。
おかげで、何度押し掛けをしたことか。
 ところが重いので、よほど条件のいい場所でない限り、
まずひとりでは掛けるのは不可能
(これには ほんとうに辟易させられた)なのだ。
 通行人に何度も世話になったりしているうちに、
ヤバそうなときは必ず坂の上に駐車するということを覚え、
そのうち自分で作った小型のジャンプケーブルを
ダミータンクの裏に装着することでオレは問題に終止符を打った。
 ちょうど、ホレた女に欠点があってもそれを言うことなく、
こっちがその部分を補ってやることで解決するように。

 重かろうが、ヨレようが、
オーバーヒートしようがなんだろうが、
オレは今でもコイツは最高のバイクだと思っている。
結局、3台買ってしまっていた。
いっときなど予備車としての2台目を
持っていたこともあるほどだ。
 体はひとつしかねぇってのにな。
とにかく、オレはコイツが徹底的に気に入っている。
こてんぱんに、気に入っている。
 できればこのまま永遠にモデルチェンジなど
しないでもらいたいぐらいだ。
 でも・・・やっぱ新しいのって、良いんだろうな。
出たら、速攻で買っちまうような気がする。

 ここでもう一度、「でも」と付け加 えよう。

「それでもいまのは、売らないぜ!」

 

 

キャプション
13SV
で、いまはどうかって? 最後の1台は、7年前に大改造しちまったい。
その名も13SV。1.3Pに排気量を拡大、160馬力をチェーンドライブで駆動する。
100パイの4本出しスペシャルマフラーからは、
白目を剥くような排気音が吐き出される。すべてワンオフの塊、
車両代込みで約500万円也。

メーター回り
通常のタンクの上にタコメーター等を配置することにより、
極端にスッキリ見せているメーター回り。
こんな斬新な配置はいまだ他では見られない。

シャフトドライブ
メンテナンフフリーで大パワーに対処するために採用されたシャフトドライブ。
それまでは「シャフトはクセがある」とされていたが 、コイツはまったくなし。

エンジン
V−MAXの『V』は、この造形から来ているのは言うまでもない。
Vブーストはこの左右(前後)のシリンダーの1基に2基分のキャブの混合気を
送り込む。

ブレーキ
現代のレベルからすれば確かにさほど強力とは言い難いが、
実用上はなんの問題もないブレーキ。
レプリカのような急加減速は想定していなし、ゆえにこれで十分!

加速時の写真
ゼロヨンは、10秒チョイ。15年前で、だ。
ほんとうにこの加速を初めて食らったとき、
オレは脳天を殴られたような衝撃を受けた。今でも十分に速い!

 

             MB 2000.11月号