YAMAHA XJR1300

 

 前モデルと2000年モデルが並んでいても、
一見どちらが新型かは分かりづらいほど、
見た目の変化は少ない。
が、乗るともうこれは完全に別物ではないか?
と感じるほど、大きな変化を遂げている。

 まず如実に違うのが、跨がったときの感じだ。
タンク後端がグッと絞り込まれ、
それに伴いシートとサイドカバーも
従来のものよりグッと狭められているので、
足着き性が俄然良くなった。
このおかげでニーグリップがバッチリと決まるのだ。

 主にどこをいじったのか書き連ねてみよう。
まず、全体で約8kg軽くなっている。
たったの8kg? そう、8kgである。
ただし、そのうちの6kgは足回りのいわゆる
『バネ下』と呼ばれている部分が締めているのだ。
 バネ下とは、要するにサスペンションの動きに伴って
上下する全ての部分の総称と解釈してもらっていいだろう。
つまり前後の足回りのことを意味する。
この『バネ下』の重量の1kgは昔から
「車体そのものの重量に換算して3kg〜4kgに相当する」
と言われている部分である。
なぜかと言えば、そこが可動する部分だからだ。
  例えば、突起物に乗り上げたとする。
軽い足回りなら凸面に従ってすぐに持ち上がり、
バネの力によってすぐにまた押し戻されるが、
重いとそれが遅れる。
 また、凹面であれば、バネに押されている力と自重により
すぐに凹みに撫でるように入り込み、
また撫でるように這い上がって来るが、
重ければ宙に浮いたままとなってしまう。
どんな高性能なバイクでも
(クルマでもまったく同じことだが)
タイヤが地面に接地していて初めてその性能が発揮される。
浮いている間は駆動力もブレーキングも、
ハンドリングへったくれもありはしないからだ。

 もっと言ってしまえば、事は路面への追従性に直結する
『軽やかな上下運動』の問題だけではない。
足回りの大部分は、回転しているということを忘れてはならない。
回転しているということは
そこには大きな慣性力が発生するということで、
軽くすればそれだけ少ない力で
素直に回転し始め(加速時だ)てくれ、
また、より少ない力で、より速く
その回転を押さえる(減速時のことだ)ことが可能となるのだ。

 これら理屈は、高性能エンジンを作るときに、
ひっちゃきになってピストンやクランクなどの
可動部分の軽量化を図るのとまったく同じことだ。
「動く部分はできる限り軽く作る」
どんな素材も手法も、
重いものよりも軽いもののほうが
より少ない力で早く動き出し、また止まるという
『慣性の法則』からは絶対に逃れることはできないからだ。
 従って、数字上は僅か6kgではあるかも知れないが
『動く部分』である足回りのこの軽量化の実際のメリットは、
それどころではないほどに大きいものとなる。

 フロント回りが2.2kg。リア回りで3.8kgもの軽量化。
リヤを例にとるならばホイール単体で2.7kg、
クラッチハブで300g、スプロケットで200g、
ブレーキキャリパーで100g、その他の関連パーツで500gと
設計者は徹底的なまでの切り詰めを行った。
 その主要部分であるホイールには、
R6のデルタボックスフレームの『板厚最適化』
のノウハウが応用されている。
ヤマハの蓄積した構造解析技術の賜物がここにある。

 もう少し足回り関連の話を続けよう。
今度はブレーキについてだ。
キャリパーはR-1にも使われているMOS、
モノブロック・タイプのキャリパー(リアは新設計)
に変更されている。
 利点はなにか?
モノブロックつまり一体形成のため
従来の物のように左右のキャリパーを連結するブリッジボルトが
不要になるため、コンパクトになるうえ、
なおかつ剛性自体も高くなるということだ。
これは軽量化だけでなく、タッチの面でも良い方向に働く。
 また、パッドも従来のセミメタルパッドから
焼結パッドへと変更されている。
これは従来のパッドとプレートを樹脂で固定していたものと
根本的に製法が異なり、
銅素材と摩擦素材を700度前後もの高温で焼き固め
直接溶着固定するというものだ。
700度もの高温でということはそれすなわち
自ずと高い耐熱性を持つというわけで、
ハードに握りまくって焼けたとしても摩擦係数の低下が少ない、
つまり耐フェード性に優れているというメリットがある。

 フロントのディスクローターそのものも、
従来の320mm径から298mm径へとひと回り
(いやふた回りほどもか)小径化されている。
もちろんこれも軽量化のためだ。
 しかしこの部分についてはメーカー側としては
「径は小さくなったが、それでも他の面でそれを補うほどに
進化している(いま書いたキャリパーやパッドの他にも、
キャリパーのピストンをオフセットさせることにより
異形キャリパーのようにクサビ効果をもたらす等、
いろいろと工夫を講じている)ので、効き自体は
さらに良くなっている」
というのであるが、実際握り比べてみたら、どう考えても
以前のでかいローターのタイプのほうが強力に感じた
(たぶん10人に乗せても10人ともそう言うことだろうと思う)
というのが正直なところだ。

 ただし、以前のタイプはこの効き過ぎが災いして、
特にすり抜けなどの低速時にはガッ! と握ると
ノーズもこれまたガッ! と沈み込むが、
新型はフォークを40g軽量化する・スプリングの全長を縮め
摺動部分、つまり擦れ合わされる部分の面積を減少させ
フリクション・ロスを少なくする・内部の圧縮比を変える・
オイルロックピースを変更するなどなど、
様々な小技を使ってこの現象を押さえるようにしている。
(ちなみにリヤもスイングアームの上下4カ所に
補強を入れ剛性を上げる、サスの減衰力を変更、
特に伸びの側を強化するなど小技が使われている)

 さていよいよエンジンだ。
こいつは“トランジェント・キャラクター”と呼ばれる
『過渡特性』に重点を置き新たなチューニングが施されている。
要するに開けたときに乗り手がいかにも自然に、
かつ好ましい感覚で、かつ実際にも速いようにと、
その特性を変更をさせたのである。

 その主役はキャブレターだ。
実におもしろいことに、
全体で8kgの軽量化のうち6kgもが足回りだと書いたが
その残りの2kg、たった2kgのうちの1kgもが
このキャブレターでのものなのである!
 キャブはそんなに重いものか? 重くない。
例えばコイツの場合は従来のものでも3.7kgである。
それを2.7kgにした。約27%もの軽量化だ。
人間なら命の心配をするほどの減量だ。
これは途方もない軽量化
(手口はコンパクト設計+樹脂材料の多用化だ)
と言えるのではないだろうか。
 まあいい、とにかくそのキャブをいじりまわし、
内径を26%も大きくして空気の吸入量を大幅に増やし、
これにユニークな異形翼断面形状を持つ僅か27gの樹脂製ピストン
(従来型はアルミ製で72g)を組み合わせることにより、
従来のものよりさらにきめ細かなガソリン
(と空気の入り混じった)の霧を作り出すことに成功している。

 で、なにがどうなったか? 
企みは十分な成功を収めている。
従来型と乗り比べてみると「エンジンをチューニングした」
というのがすぐに分かるほどにあれもこれも良くなっている。
より右手の動きに忠実に、よりシャープに。
よりダイレクトに滑らかに。
そんな印象を強く受ける。
外装を従来型にしてしまい「チューニングした」と誰かに乗せたら、
どこに頼んだのと尋ねられること請け合いだ。
このバイクは十分に速い。

 別ページでZX-12のインプレを書いてから言うのもなんだが、
それでも
「街中での加速ならば、誰しもを驚愕させるに十分なものが
コイツにはある!」
と言い切っておこう。

 確かにそれはZXのように、超高速域までをすべて
カバーするようなものではない。
しかしZXとは設計思想が根本的に違い、
市街地での扱いに重きを置かれて作られている
コイツのエンジン特性は、
1300ccもの排気量が持っている本来の駆動力を
そのシチュエーションで、限りなく100%発揮できるように
設定されているのだ。
 そしてコイツは実用車やアメリカンではなく
まぎれもないスポーツ指向に振られたオートバイなのだ。

 もう一度繰り返すが、
1300ccものキャパを持つスポーツ指向のエンジンを、
市街地で能力を発揮するように仕上げてあるのである。
従って、それが遅いだの加速が悪いだの、あるわけがないではないか。
 実際、せいぜい2速か3速での引っ張りしか楽しめない一般路では、
開けたとたんにズォッ! とズ太い駆動力を発揮し
意のままにぶっ飛んで行くコイツのほうがオレは速いと感じたし、
また乗っていて楽しくもあった。

 ちなみにテストコースでレッドまで引っ張ると、
1速で95km強、2速で140弱。
ZXなら1速で引っ張り切ってしまう速度である。
だが不満感など残らない。
 なぜ?
『過渡特性』だ。
ある回転からの加速。
移行する加速。
それをどう味付けするか・・・。

 信号が変わって、あるいはゆっくりと交差点を曲がって、
1速あるいは2速でそのまま前方の様子を伺う。
安全を確かめ、それっとばかりに全開で加速する。
6000を超えたあたりから車体が浮き上がったように
軽くなってすっ飛んで行くコイツの加速力は、
アップハンドルのままのオートバイでは、
もはや乗り手の耐えられる限界に近いものであると言えよう。
 従って、このXJRをもし遅いとほんとうに感じてしまう
やつがいたら、それはある種の異常者であるとオレは思う。

 ではさらに過激に進化してもっと加速が良くなったら?
どこからと線引きはできないが、いずれにせよセパハンを付ける、
あるいは車体構造そのものを変えるかしなければ
ならなくなって来るだろう。
そして、そうなったらそれは、もはやXJRではなくなっている。

 現在最高のストリートバイクのひとつの理想のカタチがここにある。

 XJR1300という名で!

 

 

キャプション
ブレーキ
フロントのディスクローターは一見してそれと分かるほど小さくなった。
本音としては「軽量化のため」に小径化を図ったのだが、
そのままでは制動力が大幅に低下してしまうので、
キャリパーからパッドからすべてを新設計しなおした、
というのがほんとうのところだ。そのためマスターシリンダや
ピストンのサイズ、レバー比まで変えられている。
結果として従来以上の制動力を確保した、という触れ込みだが、
これはちょっと? の部分だ。

ホイール
リヤホイールのこの中心部分、つまりハブの部分には涙ぐましいほどの
軽量化への努力が払われている。スタッドボルト12g、ワッシ ャ0.7g、
ハブクラッチ231g、ベアリング134g、ホイールダンパ250g、
オイルシール11gのマイナス。さらにスプロケットで260g 、
キャリパーブラケットで21g・・・。
これに対し強度・剛性確保のために重くなったのは
Uナットとシャフト、カラーの3点で僅か22.1gのみだ。ご苦労様!

軽量化
剛性と強度のバランスを解析し、応力のかからない部分の肉はそぎ落とし、
かかる部分は必要なだけ残しておくという手法での徹底した軽量化。
単純な手口のようだが、構造解析技術が進歩したからこそ
初めて可能になった極めて高度な技術なのである。
その徹底さは、中空タイプのスポークの取り付け位置の裏側にまで
エグリを入れるほどの凝りようだ。

キャリパー
この軽量・高剛性のモノブロックキャリパーと組み合わされる
焼結パッドのおかげでフロントのローターは小径化が可能となり、
800gもの軽量化を果たした。
リアはR-1よりもワンサイズ大きなもので、さらに取り付け位置の
工夫により制動時のパッド面圧を均一化することで『引きずり』を解消。
『押したとき』の重さのことまで考えたんだそうな。すごい。

フロントフォーク
フロントのサスペンションに関しては、ゼロからの開発を施した。
とにかく軽くしたい一心でフォークは400g軽量化。構造的にリヤよりも
路面によく追従し、激しく上下し続ける部分なのでその効果は大きい。
エンジンで言うならピストンの軽量化に相当するような部分だ。
一連の流れとしてスプリングは従来の2段バネからシングルバネに変更され、
バネの全長も短いものとなっている。その結果として摺動面積が減少するため、
ストローク全域での滑らかな特性が確保されているという。
という、という(シャレではない)のは、
乗ってもまったく分からなかったからだ。でもそうなんだろなたぶん。

キャブレター
今回の陰の主役とも言えるのがこの新型キャブレターだ。
キャブというものは実はみんなが思っているより
とてつもなく重要なパーツで、「パワーユニットの主役はキャブレターだ!」
と言い切るエンジニアすらいるほどだ。
とにかくパワーの根源となる『絶妙の混合 気』の製造者はコイツなのだ。
ごつい風体の精密機械。エンジン屋の異名を取るヤマハ発動機会心の作品だ。

シート
右上のキャプションの側面からのフォロー写真なのだが、
ここではシートそのもののことについて触れよう。
実は乗車中の疲労度に最も影響を及ぼしているのが
路面から受ける振動による『腹部の共振』(ヤマハ談)で、
これを低減するのに開発したのがこの『TPワイラックス』という
衝撃吸収材で成型したシートなのだという。その例えが傑作だ。
「ツール・ド・フランスを走る自転車のサドルにも使われてきた
『牛肉』の感触にも似た特性を持つヤマハ独自の衝撃吸収材」。
たかがウレタン、と侮ってはいかんのだ。

ハンドルロック
カタログ等では写真紹介されてないが、この新型から
ハンドルロックは両側化されている。バイクを止めておくところが
狭かったりす るときは、左側に切ってしかロックできないと困る場合
(テールが飛び出る、しかし右にしか突っ込める隙間がないというような。
あるいは右に切ったほうが場所的に安定するとか・・・)
もあるわけで、そんなときにこれは大いに助かる。
盗難防止のアラームイモビライザーを取り付けるためのプレワイヤリング
も施されている。

足着き性
従来モデルに対していかにシート先端部分の幅が狭められているかの比較写真だ。
もし分かりにくかったら左下の写真も参考にしても らいたいのだが、
とにかくこのおかげで足着き性は俄然良くなった。
また、これに伴いタンク下側も大きく絞り込まれ(サイドカバーも新設計された
薄型のものになっている)て窪んでいるのでそこにうまく足が嵌まり、
ニーグリップのやり易さにも貢献している。
この窪みというかエグレのために一見タンク容量が少なくなっているかに見えるが、
インナーもアウターも新設計されているため、逆に数百cc容量はアップしている。
ほんと、これだけで跨がったときの印象は別物だ。バランスも取り易し!


リヤステップ
リヤステップのブラケットも軽量化のため新設計された。これで300g減。
ちなみにフレーム・外装品廻りでは全部で1.3kgの軽量化が図られているのであるが、
ヤマハから貰った資料によると、このブラケットの他はシートで300g、
サイドカバーで200g、その他で500gとなっている。なにが読めるか?
ボルトオンで交換可能なもの及び部品のような単品の小物ならば、
それによるコストも最低限に 押さえられるということだ。
より良いバイクに仕上げたいが、価格をその分上げることはできない・・・
ここで作り手は悩む。悩んだ答えがここにある。
大物で挑むとき・・・それはモデルチェンジまで我慢する。

 

              MB 2000.6月号