Harly Davidson XLH883
例えばコイツは汽車、だ。
モーター類とは無縁の世界。
これでもかと鉄を使って頑丈に作られた釜に手作業で石炭をぶち込み、
容赦なく水を沸騰させて蒸気の力で巨大なピストンを
ズッコッ・・・ズッコッ・・・! と往復させる・・・。
軽量化? 気にしねぇよ。
効率? 悪いだろうね。
原始的? かもね。
でもそれが俺なんだよ、何か文句あるかい?
コイツはそう言って堂々と
最新式のモーター車の間に鎮座する汽車だ。
例え回りはリニアモーターカーだらけだとしても、
おめぇらはおめぇら、俺は俺と威風堂々と・・・!
実際コイツの乗り味はまさにその汽車を彷彿とさせるものだ。
まず、セルを回す。
すると「ガヒュン、ガヒュン、ガヒュン!」と
荒っぽい音を起てて起動モーターが回り出す。
それから一瞬間を置いて「ズドドドドン!」と本体に火が入る。
それも車体を前後に揺すりながら。
この時点で誰もが「国産車とは違う!」と思ってしまう。
滑らかさとは無縁の世界がそこには広がっている。
同じ「Vツイン形式の大型スポーツバイク」は
国産車にもたくさんあるが、
それらはみな
ドゥカティを手本とした路線を歩んでいると言っていいだろう。
つまりレーサーのテクノロジー、
もしくはそれに類似するものを
ふんだんに注ぎ込んで作られた系統のものである。
乱暴な言い方をするならば、コイツの場合はそれに対し
「あくまでも大昔のスポーツバイクのまま」
現代まで生き残っているようなものなのだ。
例えばCB450を、そしてW1をそのまま製造し続け、
進化させ続けているようなものなのである。
ズドドン・ズドドン・・・ズドドン・ズドドン・・・。
アイドリングが落ち着き、さらに回転が落ちるとズの部分が抜け、
ドドッ・・・ドドッ・・・となる。
爆発・爆発。
ツーテンポもの長い休憩ののち、また爆発・爆発。
またツーテンポの長い休憩・・・。
「・・・」の部分が肝心だ。
2気筒ではあるが、クランクシャフトはひとつ。
しかもコンロッドと連結する役目を担うピンも1本・・・。
つまり単気筒そのものの構造のところに、
V型にして2つのシリンダーを取り付けてしまった
(実際ハーレーのVツインの起源はこれだ)
というこのエンジン独特の構造がもたらすゆえの
奇妙な爆発感はここにある。
結果として振動が出ようが、
バランスしなかろうがそんなことは関係ない。
とにかくそうしている、
それも頑なにそれを守り続けているのがこのエンジンなのだ。
このことは、やはりあの独特極まりない、
太古のドラミングを彷彿とさせるような
排気音を奏でる元ともなっているわけなのであるが、
実際はここにさらに
「カポッ」だとか「クシュッ」、「ホゲッ」というような、
演奏で言うところのオカズが入る。
国産車のように、
こてんぱんには吸気も燃焼も安定していないからだ。
「カポッ」と咳き込んで止まりそうになったかと思うと、
そのまままた何事もなかったかのように回り続けたり。
「クシュッ」とクシャミしたり、
「ホゲッ」と咽せたりしながらも、
結局は回り続けているという・・・。
滑らかに回るのが当たり前と思い込んでいる国産Vツイン
(でなくとも同じことだろうが)のオーナーは
こんなとき「止まる・・・」と思って身構えてしまい、
カコッと心がズッコケたりする。
次にクラッチを握る。
これがまた重い。
おまけに最近のハーレー独特の、
アジの開きのようなデザインのレバーは、
幅があるゆえに「握るにつれて指も回り込む」という動きを
阻害するので力も入りにくい。
だが、先のアイドリングの話も含め、
製造国の人間に聞いても
おそらくこんな答えしか返っては来ないだろう。
「それが、どうかしましたか?」
だからこっちも意に介さないつもりで
平気な顔をしてそれを握り締め、今度は1速にシフトする。
国産車のように「カシャッ」という感じではなく、
「確かに私、今1速に叩き込まれました」
といった確認を返すかのように、
コイツは「ガシャッ」と返事をする。
ぶっ太いグリップを握っている右手をガバッと捻ってやる。
すると横に飛び出たエアクリーナーから「ガオッ」と大きな吸気音、
それはたちまち「ゴガガガガッ!」という連続音に変わり、
同時に様々なメカニカルノイズを従えながら、
「ドドドドドッ!」という排気音を奏でて
コイツは豪快にブッ飛んで行く。
たちまちとてつもない振動に襲われる。
タコメーターなぞ付いてないが、
仮にあったとしても見る必要はないだろう。
なぜなら体が
「もうチェンジしたほうがいいぞ」
と勝手に反応してしまうからだ。
で、2速に掻き上げる。
するとまた「ガシャン」と
「私、確かに2速に今入りました!」
というような手応えを体全体で感じる・・・。
以後、これの繰り返しだ。
例えば機械式のタイプライターのような、
いかにもメカが作動しているぞといったあんばいの
メカニカルノイズを伴って。
883ccをふた息で吸って、ふた息で吐き出しゃあ、
こんな音が出るぞといったあんばいで。
体を揺すり、打ち振るえながら、
ウオオオオッ! ズドドドドッ!
と雄叫びを上げながら突進するのだ。
これが、スポーツスターの世界なのである。
そして思う、「こいつはまるで汽車だ!」と。
みんなが知りたい部分のひとつには、
「では1200と比べたらどうなのだろう」というものがあるハズだ。
実はオレのところには883と1200、どちらもあるのだが、
「・・・どっちでもいい」というのが正直なところだ。
その理由を書こう。
確かに1200の方はおよそ5割(!)も
排気量がでかいわけだから、加速は圧倒的に良い。
しかしスポーツスター本来の走りである
「ワインディング等で気持ち良く」というような部分になると、
これがそうメリットではなくなってしまうのだ。
回らないから。
これがその答えである。
883にしろ1200にしろ、
立ち上がりで引っ張ろうとしてもすぐに頭打ちとなってしまい、
気持ち良い伸びなど論外、逆に振動攻めの刑に合うだけなのだ。
しかも突っ込み時には突っ込み時で、
1発落としただけで猛烈なエンジンブレーキが掛かってしまう。
例え883の方と言えども1発当たり約442ccもあるのだし、
それを低回転でも安定させるためにフライホイールはでかいし
−−つまり回転は上昇しにくく、また落ちにくい−−
しかもミッションは間隔の離れた5速となっているという、
構造的というかキャラクター的な問題から
これはやむを得ない部分なのであるが、とにかくこんな理由から、
コーナーの突っ込みや立ち上がりで
「国産車のスポーツモデルのように」
楽しいと感じるようなバイクではそもそもないのだ。
加えて車体が重い
(スリム&スカスカ&スッキリという見た目と裏腹に
883は227kg、1200のほうは232kgとかなりある)ということ、
タイヤが細い
(ハーレー社はすべてのモデルに対して伝統的に細めのサイズを
採用しているが、
これはひとつには合衆国の路面状況、特に熱い砂漠地帯に多い、
路面のうねりに対するハンドリングの悪化を
防止するためでもあるようだ)
ので、絶対的なグリップ力に疑問が残る、という問題もある。
そこを突っついたのがビューエルに代表されるような
「そのエンジンを無理やり回るように改造し、
フレームから足回りからすべて都合の良いようにカスタムした」
オートバイなのであるが、
では「スポーツスター」と称されているのに、
この883は飛ばしても面白くないバイクなのか?
ここでは
「そんな使い方をするよりも、ズドドドッ!を楽しんで、
ゆっくり転がしたほうが楽しいよ」
と取り敢えずは言っておこう。
しかし・・そこにもうひとつ加えておく。
「あれもこれも理解し容認した上で、であれば、
汽車で最新型の電車をぶっち切ってやろうとするのは、
これはおもしろいなんてもんじゃねぇぜ」
ということを!
最新の技術で製作したスーパー蒸気機関車に
これでもかと石炭を放り込み、
そこらの電車をぶっちぎるスピードで走っているくべ手の気持ちって、
もしかしたらこんなものだろうか?
コイツで飛ばしていると
そんな思いがふと沸き上がって来たりする。
ドガガ、ゴガガ、ヒューン、ガショーン・・・・!
ひとりでオーケストラをやりながら
ワインディングを右に左にと切り返して
(渋滞路の切り返し、あるいはスタート時等の低速時においては
ハンドリングはかなり重くて粘っこく感じるが、
走り出してしまえば影響なし、まったく気にならなくなる)いると、
日本刀やフェンシングの剣を振り回す連中に対して、
斧だの鉈だので勝負を挑んでいるような気持ちになって来るのである。
コイツに乗って飛ばしたときに楽しむことができるかできないか、
納得できるかできないかは、
すべてこの部分に掛かっていると言っていいだろう。
あくまでもこれはオレ個人としての意見であるが、
ハーレー、特にこのスポーツスターには
「進化」などしてもらいたくはない。
振動、上等。
アイドリングが落ち着かない上等。
急激に戻して再び開けると息つきを起こす、上等。
鉄塊で重いも、あちこちネジが緩んで来たりする
(実際試乗中もミラー/ウインカーが取れかかった!)も、
上等、上等、上等!
これをなくされてしまったら、
最新の技術とやらで解決されてしまったら
オレにはまったくコイツの魅力が失せてしまう。
最後に、
排気量で劣る883の1200に対しての、
大いなるメリットを書いておこう。
それは
「猛暑の中で乗ってもまったく苦にならない」
という部分だ。
例えば気温35度だ36度だというメチャクチャに暑い日でも
1200のように股をガバッとおっ広げて乗らずに済むのである。
もちろん、オイルタンクは無論のことだが
フレームまでかなりの温度になる
(なんとステアリングヘッドの下側、内部に封入されている
グリスが溶けて流れ出してしまっていたほどだ!)
のであるが、
それでも1200より発熱量が圧倒的に少ないため、
足や股ぐらに、我慢がならないほどの熱は伝わって来ないのだ。
「どっちにしても、自分はそんなに飛ばさないよ」
という人にとっては、
これは夏場に関しては実に現実的な、
大いなるメリットとなる部分であろう。
コイツのルーツは今を溯ること50年前、
1952年に発表された750cc・サイドバルブの
MODEL Kと呼ばれているモデルだ。
そして5年後の1957年
−−なんとオレの生まれた年ではないか!−−
に圧縮比を高めOHV化されたヘッドを持つ、
この排気量883ccへと改良を受けた。
ご同輩は他のビッグツインモデルが時代の流れにより
ツインカウンターのバランサーを備えようが、
ツインカム88になろうが、
知ったことかと自分を貫き通し続けていてくれる。
100年を超えるという、量産オートバイメーカーとしては
驚くべき歴史を持つハーレー社は、
すべてのことを承知でコイツを作り続けている。
「最新の設計・最新の技術を盛り込んだビッグブロックもありますよ?
Vロッドまで作りましたよ?
もし何かご不満なら、そちらをご検討なさってみてはいかがでしょうか」
そしてきっとこう続けるだろう。
「これがスポーツスター、883なのです!」と。
阿呆のように飛ばすつもりはない。
それに国産車はどれも同じように思えてしまう・・・
そんな人にはこの個性的なオートバイは絶対にお勧めの1台だ。
ベーシックモデルなら
(1人乗りだが、2名乗車に登録変更も可能だ)
93万7000円からと、
手が出しやすい価格なのも大きな魅力ではないか。
どうだ。
ここらで一丁、機関士になってみるつもりはないか?
個性的という言葉は、 コイツのためにある・・・!
そのとき乗り手はライダーではなく、機関士になる!
不具合上等、不都合上等!
我関せず、唯我独尊!
キャプション
エンジン
ボア76.2mm×ストローク96.8mmで883cc。
1200との基本的な違いはこのボアサイズと圧縮比ぐらいのものだ。
しっかし、この伝統のOHVは、味のある音を出してくれるもんです、ほんとに!
フロント
ベーシックモデルはF19インチ。
カスタムは21インチとなり、また883Rと1200はディスクもWとなるが、
ムキになって走るのでなければキャラクターからして
シングルでも特に不満は感じないだろう。
マフラー&ベルト
今では全モデル採用となったベルトドライブは
メンテナンスフリーもさることながら、
なにしろオイル汚れが発生しないのでワックス掛け等がメチャ楽。
セパレートタイプのマフラーからは独特の重低音が吐き出される。
リアブレーキ
どんな国産車をいくらコイツふうにカスタムしようと
絶対にマネできないのがここ・・・
そう、スポーツスターは右駆動・左ブレーキという、
極めて珍しい構造をしているのである!
意外と気が付いてない人が多い部分だ。
ライト
ハーレー社は伝統的に小さなヘッドライトを採用し続けているため、
照度の問題に関してはいまひとつという部分があるが、
この小ささがまたカッコ良さのひとつともなっているので
タチの悪い部分だ。HDI化望む。
メーター
スピードメーターのみという、まるでオフ車のようなシンプルさも魅力のひとつ。
国産車と違い、空冷のままのユニットも含め各部が「スカスカ」なのがハーレー、
特にこのスポーツスター系統の特徴となっている。
レバー
アジの開きのような縦幅のあるレバーはデザイン優先で
あまり握りやすいものではないが、
手のでかいアメリカ人には問題外のことなのだろう。
クラッチは、ハッキリ言って重い。350km乗り回したら指に豆できた。
オイルタンク
真夏でも「あちい」と思う熱持ち部分は
唯一このオイルタンクのみと言っていいだろう。
特にキャップの出っ張り部分は熱くなるのだが、通常接触することはない。
ほんとこれ(排気量の割にだが)火鉢の刑になりません。
MB 2002.10月号