「それで?」
オレはゆっくりとたばこに火を着けて、煙りを大きく吐き出した。
「仲間と、Aのところ行って、自分の口から盗んだということを、言うよ
うに説得しますから、頼みますから少し時間をください」
そう言ってKは、この通りですと、両手を着いた。
それから2日後の、9月13日・水曜日の夜8時。
Aの親から、電話があった。
母親である。とにかく会いたいという。
もちろん、Aもいっしょに、だ。
それではと、近くにあるファミレスで会う事となった。
約束の時間に行くと、母親とAのふたりはすでに到着していたが、中に
は入らずに、ドアの前でオレを待っていた。
初めて間近に見るA。
(この野郎が、Aか・・・)
確かに伜が言うようにガタイが良かった。180cm、80kgほどはある
だろう。だが、頭は金髪のロンゲではない。五分刈りだ。
「おまえが、Aか」
オレは掛けていたサングラスを外して言った。
Aはその見た目とは大違いのしおらしさで、予想外におとなしい声を出
して言った。
「はい。すいません。あの、佐藤さん聞いてください。申し訳ございませ
んでした。あの、ぼくが、バイク、盗りました・・・」
中に入って話をするもなにも、Aはその場でいきなり、全面的に自分の
犯行を認めた。
その瞬間、オレはやった、と思った。とうとう聞いたぞ、その一言を!
「いまになって、何が、すみませんでしただ、この野郎。いまさら年少送
られるのが、怖くなったのか。付け焼き刃みたいな改心坊主しやがって」
とにかく中に入れと促した。
申し訳ない、申し訳ない、と頭を下げ続ける母親に言った。
「あなたは、自分の息子が無免許で、毎日バイクを乗り回しているという
のに、なんとも思わなかったのですか、お母さん」
「・・・分かりませんでした。私の監督不行き届きです・・・」
母親はひたすら頭を下げ続ける。
聞けば、母子家庭なのだという。物心ついたときに父親を亡くし、それ
からAは少しずつ荒れ始めてしまったのだと小声で言う。
そして、自分の口からこう言うのもなんですが、Aは家の仕事もよく手
伝ってくれていて、そんな事をするような人間ではないのですが、と。
(母子家庭が、どうした。今の世の中、べつに珍しい話では、ないではな
いか)
(そんなことするような人間じゃない? 現にやったんだよ、あんたの息
子は!)
(それにな、あんたの息子は、この期に及んでまだ、オレに嘘を着いてい
るんだぜ、お母さん!)
言いたいことはたくさんあったが、オレは言わなかった。
いや、言えなかったのだ、苦労を重ねて来ただろう母親が、ハンカチで
涙を拭う姿を見て。
17歳、18歳が未成年であろうが、法的にどうであろうが、母親には
関係ない。やったのは、Aなのだ。
未成年? 世の中のどこでも自由に歩き回れ、事実上、大人とまったく
同等にピンサロでも酒場にも出入りすることができ、公道を、オートバイ
で走り回ることができる。
それの、どこが、未成年だというのだ?
法学者が認めても、オレは認めない。ふざけるな、とオレは思う。
Aは、伜から聞いていた話しからは、とても想像できないほどのおとな
しさで・・・というより、うっすらと目に涙を浮かべ、体を小刻みに震わ
せて、必死になって謝り続ける。
「今までの自分は、本当にバカだった。もうバイクも、乗りません。これ
からは、家の仕事を手伝って、一生懸命働きます」
だが、オレは信じていなかった。
手なのだこれは。
「バイクは、置いておいたところから、二重盗難にあって、もう自分の手
元には無くなってしまったのです・・・・」
という、もっともらしい話しも含めて、すべての話を。
だが、そのことは黙っていた。
「分かった。では、1台そっくり弁償してもらう事としよう。カスタム費
用で掛かった、デイトナ製のパーツもすべて含めて、だ」
母親は、即決した。それで、許していただけるなら、と。
だが、相手はあくまでも、Aだ。母親ではない。
オレはその場で、自営業者であり、金のほうは、なんとか都合すること
ができる、というその母親に連帯保証人となってもらい、
『一週間以内に新車状態の価格で現金で弁済し、その時点を持ってして民
事上の問題点に限り、示談とする』
という覚書を、Aに書かせ、拇印を押させた。
ここでひと言加えておくと、保証人には、ただの『保証人』と『連帯保
証人』というふたつのものがあるが、簡単にいうならば、『連帯保証人』
というのは、この場合を例に取ると、Aがもしその約束事を履行しなかっ
た場合は、Aに代わって自分に請求して下さい、というものである。
つまり、『連帯』イコールそれは万一の場合、Aそのものと成り代わる
ものなのだ。
したがって、責任は極めて大きい。『連帯』という語感から『保証人』
よりも責任が少ないものとの印象を受けがちであるが、逆なのだ。
話し合いはこれで終わった。民事上の、話は。
オレは最後に言った。
「よし、A。それじゃあ今から警察に自首しろ。自宅にパトカーで来られ
るのは、カッコ悪いだろう?」
「はい。そうさせてもらいます。すいません」
自首しろ、と言ったが、実は、すでに自首とはならない。
自首とは、「その犯罪が発覚する前」言い換えれば「警察に犯罪を犯し
たことがバレてしまう前」に、自ら出向いて捕まることを言う。
この場合は、情状的に幾分考慮され、罪は低減する方向になる。
が、バレてしまってからではもう遅い。バレてからは、いくら自分から
警察に出向こうと、それはすべて「出頭」となるのだ。
そして、出頭は、単に逃亡を諦めただけと解釈され、情状を考慮される
ことは、まずない。
話が済んだオレたちは、その場から、警察に向かった。
3日ほど経ってから、代金の振り込みが確認された。
これで、この一連の捜索記は、ついに終止符を打つこととなる。
・・・だが。
捜索記自体は確かにここで終わるのだが、実はこの後、さらに一波乱が
待ち構えていた。
それは、この示談から1月半ほど経った、10月22日の明け方、クル
マで、取材から事務所へと戻るときのことだった。
偶然にもオレは、相変わらず、無免許でしゃあしゃあと自分のスティー
ドを乗り回し、世間を威嚇しているAと、出くわしたのである。
「なめたマネしやがって、この野郎・・・!」
示談する場面で、「嘘をついている」と書いたのは、実はこのようなこ
とだったのである。
オレは、大激怒した。
「てめえ、いまからいっしょに警察に来い!」
怒鳴り散らすオレの前で、土下座をして許しを乞うA。
そしてなんと、あの日以後、警察からは何の連絡もAのところには来て
なく、逮捕も、検挙も、何もされていないということを、本人の口から聞
くに至り、オレは自分がやってきたことは、いったいなんだったのだろう
かと、目眩にも似たものを感じるこ事となる。
それだけではない。話しは、まだ、すごくなる。
さらに、時は師走、12月3日。
オレは、とある善意の協力者(伜が小学校のころから、オレは友達連中
を引き回して頻繁に遊んでやっていたので、ありがたいことに、オレにな
ら教えてあげる、という若者が、たくさんいたのだった)により、Aの自
宅近くの鉄工所の裏庭に、シートを被せて置いてある、あの盗まれたステ
ィードの本体そのものを、ついに発見することになる。
この時点においても、まだ警察からオレには何の連絡も来ていない。
その後、捜査はどうなったかの。
依然として、Aは逮捕すらされていないという現実・・・。
担当者に連絡を入れ、本体の発見現場に案内するときに、オレは、その
あたりの不満を実直にぶつけてみた。
その答えはすべて「少年法」というものに潜んでいた。
警察側で抱える苦悩と、ここだけの話しという本音。
そのへんをすっきりと解明させない限り、この話しの本当の終末という
のは訪れて来ないようにオレは思う。
なぜなら、
「ここまで徹底的にやっても、結局、結果がこうなのであったら、自分た
ちがもし警察に協力したとしても、ただのくたびれ儲けにしかならないの
ではないか?」
という不安を抱く人が、少なからずいるのではないかと、思うからだ。
そこで、次回で特別付属記事として、一切を匿名とすることを前提に、
この事件の担当官の方に、そのあたりのことをすべて、本音で語ってもら
おうとオレは思っている。
つづく