第12話

 

−−・・・少年、ね。
(注・この時点では20歳未満、つまり14歳から19歳までがこの少年
法の適用対象なのであるが、その中でもさらに14歳・15歳というのは
絶対保護年齢といって、ことさら手厚く保護されている。そしてそれより
下、13歳以下の人間は児童扱いとなり、この少年法すら適用されなくな
る)

「それで、このときの場合は、その少年は自分が暴行した相手にですね、
もう将来、子供ができないというような、まさに一人の人間の将来を、め
ちゃくちゃにさせてしまうような重大な傷を負わせて、損害賠償問題に発
展する事件で・・・。
 ほんとに気の毒ですよ、相手の人は・・・(ですから、こんな場合でも
自分らは)法との板挟みという状態ですよ」

−−どの警察でも、このような少年法に守られたバカガキに対して、似た
ような話しというのはたくさんあるのですか。

「ありますねぇ・・・。前に(勤務して)いた○○署の場合だと、例えば
兄弟でバイク盗みまくって、分かっただけでも20台以上、20台ですよ
それでも逮捕状がなかなか出なくて・・・。
 兄が15歳、弟が13歳で、ふたりでやったのに、兄は少年院行きまし
たが、弟はそのまま、のほほんと。
 これなんかが、例えば佐藤さんが書いておられた『やったのに、なんの
お咎めもなくしゃあしゃあとしている』というやつの良い例ですよ。
 悪くても、入れられない。
 ・・・少年法が甘い、甘過ぎると、(現状では警察官の)全員が全員思
ってると私は思いますよ、これは、ほんとうに!」

−−そんなこんながあるから、今回の、このAの場合も、それらの例より
も大人に近い年令ではあるとはいうものの、それでもまだ18歳であり、
未成年である、少年であるということで、あれだけ証拠が揃っていながら
も、自ら自供しているにも拘わらず、逮捕は出来ずに慎重に扱わねばなら
なかった、と?

「言い訳じみたことを言うのはいやですが、現実的には・・・そういうこ
とです」

−−ふーん・・・としか言いようがないですが、ちなみに、ここの署の管
轄内で、年間でどのくらいのバイク泥棒の届け出があるんですか。

「細かい資料が、いま手元にないんで、正確な数字とかは分からないんで
すが・・・そうですね・・・およそで言うと、400件〜500件という
ところでしょうか」

−−えっなに? じゃあ、毎月毎月、400台近くも掻っ払われている、
ということですか、この署の管轄内だけで!

「そうですよ。ちなみに自転車なんか、もっと桁違いに多くて、年間だと
確か、1000台の前半ぐらいの台数が、やられてますよ」

−−正直言って・・・そこまで多いとはちょっと想像してなかったな。
いくら都会とは言え、タカがひとつの都市の、ひとつの区でしょう。
それで、その盗まれたバイクの内訳というのは?
それと、犯人が捕まるとか、放置されていたものを調べたり、あるいは
通報があったとかで、持ち主に返って来る割合というのは、どのぐらいな
んですか。

「うーん・・・。バイクの場合だと、だいたい三分の一から、四分の一と
いうところでしょうかね・・・。
 自転車の場合は、意外と思うかも知れませんが、ほとんど返って来るん
です。
 防犯登録がきっちりとされていますし、持って行った人間も、軽い気持
ちの乗り逃げ感覚が多いですから。
 バイクのように、部品を外したりということは、まずしませんしね。
 それで、バイクの場合は、原付きが全体のおよそ七割方を占めていて、
後が250ccとか400ccクラスのバイクですね。
 それもほとんどが、暴走族が集会に乗って行くために盗む、というケー
スが圧倒的ですから、400ccクラスの、スポーツタイプのバイクが多い
ですね」

−−手口は、配線の直結がほとんどですか?

「いや、原付きに関して言うと、カギの付けっ放しだったやつをそのまま
乗って行く、というのが、実は、半分ほどもあるんです。
 というのは、朝、出勤の人達が駅近辺に止めて、急いでシートを開けて
ヘルメット入れて、閉じて、そのままカギを抜くのを忘れてしまった、と
いうケースが非常に多いんですね。
 400ccクラスとかは、まあ、盗む奴もそれなりに計画してやるわけで
すから、直結とかも多いですが。
 とにかく、カギの付けっ放しは、それだけ、思っている以上に危険だ、
という事です」

−−多い多いとは聞いていましたが・・・。
 それに対してあなた方は、どのくらいの人数で対応しているのですか。

「6人です、6人。それで、少年課と言っても、(例えば少女売春やなに
やらを筆頭とする犯罪の、それをやらせている大人のほうも対象としてい
る)福祉犯も扱っているんです。
 少年課、6人しか居ないのに。
 おまけに、ひったくりとかも、ここが扱っているんです。
 だから、発生した事件に対して、処理できる人間が限られてしまうとい
う大きな現実があるんです」

−−この管轄の場合だったら、理想で言えば何人ぐらい必要なもんなんで
すか。

「少年課として、処理件数から考えて、最低、9人から10人は必要だと
思います。
 そのくらい居ないと、実際追いつかないというのが現実です。
 ですから、私なども休日に出て来たりとか、実際してます。
 細かい作業のツメなどというものが、かなり公判とかには影響が大きい
んです。
 私が警察官になったときには、実際そのくらいの人間がいました。
 しかし、税収の落ち込みだとか、人事院勧告だとかで、定数の増員が見
込まれないというのに、新しい署が出来て持って行かれたとかで、実際こ
この係も、一昨年から削られて。
 そのあと後任が来ないものですから、未だに減になっている・・・。
 かといって管内の発生件数が減っているかといったら、実際の検挙数は
増えている。
 なのに、人は増えない、というのが現状です・・・」

−−そのあたりの事が原因となって、警察に言ってもなにしてくれない、
届けたのに、なんの連絡も来ない、というようなことが起こってしまうと
いうわけか。
 その辺のシステムというか、そんなのはどうなっているのですか。

「細かい部分は各署で違いますけど、基本的に、(盗難届け等の)書類が
回って来ると、係長が、これは誰々がまとめて、という係を付けられる。
 今回(佐藤さんの一件に関しては)たまたま私が電話に出たので、担当
となったのですが、だからといって、これは私が、何から何まですべてを
(捜査から雑務まで)やります、というものではありません。
 ただ自分に、これやって、と言われたものは、責任を持って自分の裁量
でやります。
 それで、どのような捜査を行うかというと、言い訳にしか、なりません
が、さっきも言ったように、絶対量があまりにも多いわけですよ、ですか
ら正直言って、1件づつについて、回りの全部の聞き込みとかは、でき兼
ねます。
 ですから、警察に言ってもしょうがないとか、何もしてくれないと思わ
れるのが・・・・・ほんとうに言い訳になってしまいますが、手が足りな
くて。
 田舎みたいに、1件1件、というアフターケアができないのが、現状
です。

−−今回の私の場合は、いわゆる「常人逮捕」というものをやってやろう
と思ったわけですが、このあたりのあなた個人の解釈としては?
 おそらく自分のバイクを盗まれた奴は、同じような状況になったら、み
なそうしようと思うはずなので、少し詳しくお願いします。

「罪を犯したという間違いない状況では、常人、つまり一般の人ですね、
でも、逮捕はできます。
 憲法で保障された『身体の自由』を拘束するものでありますから、慎重
にしないといけませんが、その中で常人でも逮捕できるというのは、間違
いなくあいつなんだ、という状況でなければできない事です。
 それ以外の逮捕は、司法関係の発した令状がなければ、身体の拘束は受
けないと憲法に書かれ、保障されていますから」

−−そのときに、例えばアザ程度でも、後に(証拠として)残るようなケ
ガ・キズを相手に与えてしまったりしたら、やっぱりかなりヤバイことに
なりますか?

「いや、逮捕行為中で、逃げようとする者を掴んだりする行為をアレ(咎
める)されることは、特にありません。
 故意に殴って、相手が傷害だと騒いだら事件として(警察としても)や
らなくちゃいけない場合もありますが、ほとんどありませんね。
 常人がやる場合、相手がそれなりの事(盗んだという事実・抵抗や逆襲
も含めて)をやって来るわけですから、それは後で問題になる事はありま
せんし、警察的にも、なるべく逮捕してくれた人に、身の危険を返り見ず
やってくれることですし、咎めることもないですね。

−−その辺は、その程度というか、ラインのようなものが、かなり曖昧な
ものがありますね。

「例えば、酒を飲んでケンカになって、先に俺殴られたから、こいつを逮
捕してやろうと思って殴り掛かった、と言っても、違いますねこれは。
 だから、これこれこうだというラインは、ないですね」

−−例えば、家の窓から、不審なやつがバイクをいじっているのを目撃し
た、というような場合は?

「110番で、『うちのクルマやバイクをいじっている者がいる』という
のがよくありますが、やはり、まず110番してもらうというのが一番良
いですね。
 そうしますと、警察官も捕まえたいですし、捕まえれば変な話、仕事し
ているという評価をされるわけですから、現場に必ず行きます。
 それで相手が逃げそうだという場合には、腕を掴むとか、なんなりして
構いません。
 実際盗まれなくても鍵穴をやってたりなら『窃盗未遂』ということで検
挙することができます」

−−じゃあシートを捲って見ているだけなんかだと、きわどいですね。

「きわどいです。ただ見ているだけだと罪にならないし、検挙はちょっと
できませんね」

−−タンクとかライトの裏とかに、手を突っ込んで、配線をいじろうとし
ているような時点なら、犯罪行為として成り立つのですか?

「やはりきわどいところですね。良い部品だから、あるいは珍しい部品だ
から、どういう物なのかよく見ようとした、と言われたら難しい。
 任意同行は求められるけど、逮捕は難しい。
 ただ、他人の敷地内に入って、ということだと不法侵入という事で出来
ますが、マンションみたいに第三者が自由に出入りできるところでは無理
ですね」

−−では、バイクを垂直にした時点では? つまりバイクを起こしてサイ
ドスタンドを払える状態です。

「うーん。移動がないと、無理ですねえ・・・」

−−少しでも、5センチでも10センチでも動かせば成り立ちますか。

「成り立ちます。なんでそういう事をしたんだと言った場合、ちょっと動
かしてみただけ、なんて言い切れないですからね、状況的に。
 窃盗未遂罪になる」

−−徒歩なりパトカーなりで巡回中の警官が、どうも怪しい、という、そ
れらしき者を発見した場合には、いったいどのように対処しているのです
か。

「何を『らしき者』と言うか、というような点とか、例えば、その放置さ
れている状態にもよりますが、クルマでもバイクでも、無線などで所有者
照会、専門用語で贓品照会と言うんですが、まずはそれをやるわけです。
 いまは昔と違って、実に簡単に出来るんですよ。
 これは警察庁のホストコンピューターに直結していて、日本全国どこか
らであろうが、24時間いつでもできるんです。
 ここからだろうが沖縄からだろうが、北海道の山の中からだろうが、ほ
ぼ瞬時に分かるようになってるんです。
 それで、これは、いついつ盗まれたものである、届け出が出ている、と
出たら、例えばですね、それが明らかに誰かが乗っているような状態、例
えばエンジンがまだ温かかったとか、鍵穴が(犯人が新しいものに交換し
たらしく)壊されていないとか、違うヘルメットが着いている、というよ
うな状態ですね、だったら、張り込みをします。
 最低2日位は、どこの署でもします。
 ただ、その間に110番で、ケンカとか火事とか入ってしまったら、そ
の場を離れなきゃいけない場合が出て来てしまいます。
 するとこれも人員的な問題で、交番3人勤務の場合は、その内の1人が
そのまま張り込んで、後の2人が動く、という事ができますが、1人勤務
の場合だと、まあこれがけっこう多いんですが、110番があったら自分
の受け持ち内は、必ず行かなくちゃならない。
 それも、迅速に駆けつけなければならない・・・という、厳しい状況が
あります。
 交番の人員も、ここの係と同じに減っています。
 厳しい状況ですが、110番に関しては、必ずやってます。
 ですから、第三者が発見したような場合でも、110番なり、一般通報
してくれれば、その場にいた警察官が照会して(検挙その他が)出来るか
どうか判断して、張り込みしたりします。
 実際これで捕まってる件数は、かなりのものがあるんです。
 ただひとつそこで問題なのは、盗まれたオートバイを、いま乗っている
のが、盗んだ本人かどうか、ということなんです。」

−−分かります、その問題は。

「ふつうは、盗んだ本人が、その隠し場所に乗りに来た、と思うのが通常
です。
 しかし、中には、盗んだ友人から『あそこに置いてあるから、乗ってっ
ていいよ』と言われて、乗りに来た者もいるわけです。
 その辺の一網打尽的対策も考えて、こちらも動くわけです。
 ですから、乗って来た者が100%犯人か、ということに関しては、慎
重にしないといけません。
 がしかし、いずれにしろ、何らかの事はやっていると考えるのが妥当で
すから、ある程度強制的に任意同行を求めて、それについて質問はします
し、実際、それで追い詰められて『あいつから借りたんだよ』としゃべっ
て、本犯もろとも捕まえる、という例は山ほどあります。」

−−なるほど。今回の一件では、話の行き違いから、多少誤解を招いてし
まった点もありますが、最後にこの本を読んでいる読者の方々に対して、
警察官の側からのメッセージを、ひと言。

「今回の佐藤さんのように、まったく何の問題も起こさずに、自分で犯人
を検挙してしまった、という例は、極めて特殊中の特殊な、例外の件に相
当するので、これに対しては、何とも言いようがありません。
 しかし、大きなヒントはあります。
 それはやはり、非常に冷静になって、先のことを考えて静かに動いた、
という事です。
 これは我々の捜査ともまったく共通して言えることです。
 例えば佐藤さんは、後々の事を考えて、写真を撮っておくということを
されましたよね?
 それで実際に、こちらに任意の提出という形で、出して戴いたわけなの
ですが、ああいったものがあると、もし後で、ややこしい裁判などになっ
たとき、こちらとして大変助かる資料となるんです。
 それで、実際にもし、盗まれたバイク、あるいはそうに違いない怪しい
バイクを発見した場合ですね、とにかく、まずは110番して下さい。
 それが最も効果的です。
 そうすれば、さっきも言ったとおり、警察は、必ず動きますから。
 そして、これは我々の口からいうのは大変申し訳ないというか、アレな
んですが、その後の展開につきましては、それで仮に犯人が挙がったとし
ても、本人のところへ『これこれこうなりました』と連絡が行くのは、そ
の事件の複雑さにもよりますが、早くても3カ月程度、余罪があってその
立件・立証に長引けば、半年から1年ほどはかかる場合もある、というこ
とを理解しておいていただきたい。
 ほんとうに手が足りず、善意で届けてくれたのに・・・という心苦しさ
はあるんです。
 しかし、我々は、そのために存在しているのです。
 そのために専門の学校へ行き、厳しい訓練を受け、卒業してからは現場
で毎日毎日、そういう悪党を検挙することを最大の目標として仕事をして
いる、プロの組織なんです。
 犯罪の多様化、そして低年齢化。我々の力、例えば捜査能力とて、やは
り限度というものがあります。
 ですからみなさん『どうせ警察に言ったところで・・・』というような
ご不満を持つのは、私も内部の事をなまじ知っている以上、非常によく分
かるんですが、それでもなお、警察にとっての最大の味方は、我々の総員
の数百倍以上もいる、みなさんの善意の通報なのだ、ということをどうか
理解して戴きたい・・・というのが、私の本音の本音です」


 例えば、オレたちオートバイ乗りの中にも、良い奴もいれば、どうしよ
うもない奴がいるように、警察の中にだって仕事熱心な人もいれば、ただ
のサラリーマンみたいなのもいる。
 人が良い者もいれば、つっけんどんで、面倒臭がり屋もいる。
 いるだろう、おそらく。
 だから、実際に届けたり通報したりしても、逆にいやな思いをする場合
だってあるかもしれない。

 しかしそれでも、少なくともオレは、黙ってはいない。

「治安なくしてなにが国だ」

  これがオレの基本的な、ものの考え方である。
 オートバイに乗る事もすべて含め、オレの日常はこの観点からすべて成
り立っていると考えてもよい。

 国というものは、例え夜中の2時3時であろうが、華奢な女の子がなん
の不安もなく、ひとりで都会の夜道を歩けるところでなければならない。
 人里離れたどんな山の中であろうが、出会った人間に対して警戒心を抱
くようなところであっては、ならない。
 例えバイクにカギを付けっ放しにしてどこに止めておこうが、それはい
つまでもそこにあるべきものでなければ、ならない。

 そして、一部の屑野郎だけが大手を振って好き放題し、正直者がばかを
みるような世界であっては、ならないのである。

 外国のことは、オレは口を出さん。人様の国であるからして。
 しかしここは違う、オレの、そしてオレたちの国なのだ。
 オレたちがいま住み続けている、そしてオレたちの子供らも住み続けて
いくであろう我が国、日本なのだ。
 そしてそこで、オレたちは『オートバイ乗り』として生きている。

 そのオートバイや、ヘルメットを、盗まれてしまうということ。

 これは昔のサムライに例えれば、自己の象徴である刀を盗まれてしまう
のと、同じことだ。
 みなが遊んでいるときに我慢して、汗水垂らしてやっと手に入れ、思い
出が、ぎっしりと詰め込まれたそのアイデンティティーの塊を、無造作に
盗んでいく大馬鹿野郎。
 チンピラの、バカガキ。
 口先だけでバイクに命をかけているふりをしている、コソ泥の、バカガ
キども。

 本物のオートバイ乗りをなめるなよ。
 そして、大人を、社会を。

 オレたちに何ができるか。
 何が、できるのか。

 そこから、考えてみようじゃないか。