第2話

 

 このような事は、とにもかくにも、警察言うところの『初動捜査』とい
うやつが、結果を大きく左右する。
 ちきしょう、ちきしょう、ちきしょう。
 どこにあるんだろう!
 わざわざ遠いところからやって来たやつではない。
 あのスティードが、あそこに置いてあるということを知っている者。
 それはこのあたりをよく徘徊している、比較的近いところに根城を構え
ている人間であるということを示唆する。
 だから、諦めるな!

 学校の裏。
 工場の跡地。
 ビルやマンションの地下駐車場。
 山の上の畑の奥。
 ボウリング場の奥。
 街灯のない、土手沿いの道。
 2時間ほど探して、今度は広大な、多摩川の河川敷に繰り出した。

 ひと気がなく、遠くまで見渡せる河原というものは、逆に警らの巡査た
ちを発見しやすい、ということにも、またなるため、盗難車を持ち込む極
めてポピュラーな場所と言える。
 あのローダウンされたスティード。運転など、絶対にうまくはないに決
まっているチンピラが乗ったとして・・・。
 入り込めると思える範囲を見極めて、薮の中や橋げたの裏側、用水路の
中とかを、徹底的に捜索し始めた。
 窪んでいるところはバイクを傾けて、ハンドルを曲げて照らして。
 少しでも怪しい薮は、ディグリーの走破性の良さ、足着き性の良さを武
器に、中の中まで突入して。
 すると1時間ほど探したあるとき、用水路の門のところに、何やら黒い
塊が転がっているのを見つけた。
「!」
 駆け寄ると、そいつはフロント回りやタンク等を外されて捨てられてい
るスティードだった。
 オレのか、オレのか!
・・・だが、それはノーマルの、別の盗難車らしきスティードであった。
(こいつもやられたのか。かわいそうに)
 実は、これも結局、同じやつの仕業だったということが、後になって判
明するのだが・・・。

 この一連の捜索過程で、オレはこのスティードの他に、盗難車らしいス
クーターを、7台見つけた。
 そのうち3台は、まだかなりきれいで、保険も1年前後残っていた。
 オレは気の毒になって、あとでついでに届けてやろうと、ナンバーと車
体番号、買ったところらしいお店のステッカーを、手帳にメモした。
 河原には、結局なかった。
 諦めて、今度は土手の、一本裏の道に入って、路地から路地へと、どん
な細い道でも、新聞屋レベルのシラミ潰し作戦で、なめ始めた。
 すでに夜は明け、辺りは明るくなりかけていたため、バイクで入れない
ところは、降りて歩いても見ることができた。
 1時間もやっただろうか。
 そのうちオレは、徒歩で入った細い路地の突き当たりを、ふと曲がった
ところにあった家の青空駐車場で、一台の改造バイクと出会った。

 スティード! それも、改造車!

 またしても一瞬胸が熱く躍ったが、すぐにそいつは冷めた。
 良く見れば、それは同じような改造を施された、別のバイクであった。
 はぁー、とため息を吐いて戻ろうとしたそのとき、網膜に残った残像が
何かを訴えていた。

 よくあるような改造車なのに、なにかが違う・・・なんだろう。
 なにかが、引っ掛かる。

 もう一度振り向いて、ぼんやりとそのバイクを見つめた。
 オシメのように垂れ下がったフェンダーが着いていて、幅広のバーハン
ドル・・・タイヤもホイールも、オレのとは全部違う・・・。
 でも、なにかが変だ、なんだろうこの感覚は・・・。

 全体を見回していた視線が、キャブレターに移ったとき、このおかしな
感覚は、さらに一層強くなった。
 同時に、さっきの捨ててあったスティードのことが、一気に疑問となっ
て浮かび上がってきた。
(あそこはクルマが入れない場所だ。ならば、バイクに積んで持ち去るこ
とがまず無理なフロント回りなどを、どうやって運び去ったのだろう)
(手で持って行った? まさか。まてよ・・・
 ここはどのあたりだろう。随分あっちこっち走ったが、よくよく考えれ
ば、さっきスティードが捨ててあったところと、さほど離れてはいないの
ではないか!)

 この疑問がさらにオレの脳みそに、自分でも意識しない、なんらかの注
意信号を送ったのだと思う。
(何かおかしい、よく見ろ、見ろ、見ろ・・・)

 数秒後、オレの目はキャブレターの下側からポツンと生えている、鉛筆
よりもさらに細い、通常なら、言われても分からないほど存在感のない、
1本のステーに釘付けになった。
「!」
(こりゃあ、オレが作ったステーじゃないか!)

 オレのスティードに取り付けたキャブレターは、キットに入っていたス
テーのみでは、少しグラつき気味だったので、構造変更の検査を受けると
きに問題にされないようにと、事務所の作業場の片隅に転がっていた6mm
のステンレス棒をぶった切って加工し、下から支えるようにして追加取り
付けした、完全なるワンオフパーツ、つまりまず2つと見ることなどあり
得ない部品なのだ。
 再び見るまで、その存在すら忘れていた、直径6mm、長さ10数cmの、
ちっぽけなステー。
 他のスティードではそこには無い、この部分の残像が、オレの頭のどこ
かで引っ掛かっていたのだ!
 近付いてよく確かめると、2本あるスロットルワイヤーを1本にして使
用している点や、クリーナーにステーの穴を空けた跡など、それはまさし
くオレのキャブそのものだった。
(くそ、どっかでオレのスティードをバラバラにして、キャブだけ取っ外
しやがったな・・・)
(しかし、ま、いいか。とにかく、とうとう見つけたぞ! やったぞやっ
たぞ! ざまあみやがれってんだ、この泥棒野郎!)

 オレは自分の執念と、注意深さと、目の良さとに感謝し、狂喜した。
 なにしろ、仮に運良くここまで辿り着いたとして、さらに運良くこれを
見た、としたところで、この些細極まりないことに気が付かなかったら、
すべての行為はまったくなんの意味もなさなくなってしまうからだ。

 エンジンを触ると、まだ暖かかった。
(寝に入ったばかりだな・・・
 よし、これで一気にカタがつく。いまお巡り連れて踏み込んでやるから
な。せいぜい鼾でもかいてやがれってんだ!)
 オレは路地を飛んで駆け戻るとディグリーに飛び乗り、被害届を出した
交番へと急いで駆け戻った・・・・・・。

 

 事件はこれで一件落着、早期解決かと思いきや、ところがどっこい、相
手は実は警察からかねてよりマークされていた、ワル中のワルだった。
 この後思いもしない逆襲を受け、その結果、警察は沈黙せざるを得なく
なってしまう。
 だが、オレは、黙らない!

               つづく