「仕方がない。こうなったら、少し張り込んでみるしかないだろう」
警官はそう呟いた。
ところがここでオレの予想外のことが起こった。
なんと、この一件を直接担当することになった、この3人の警官たちは
もう夜勤明けとなるため、揃って本署に帰ってしまうというではないか。
「じゃあ、張り込みは?」
「・・・次の勤務からだから、明後日ということになってしまいますね」
なんだそれは。
「じゃあ、あとは引き継いだ次の勤務の人達とやるからいいですよ」
「いや、この一件の担当は私たちなので、申し訳ないが、明後日の月曜に
なるまで、待っていて下さい」
「そのかわり、本署の少年課の者に、この件は必ず伝えておきますから」
「いや、申し訳ない。個人的には、私もこんなことを言うのは心苦しいの
ですが・・・」
口々に言う。
仕方がない。警察官といっても、結局のところは彼らも、サラリーマン
なのだ・・・。
オレはひとりで、この近所をまた、徹底的に調べ始めた。
2時間ほどやったが成果は挙げられず、事務所へとまた戻った。
(くそ、なにか次の手を考えなければ)
濡れた服を着替えながら、オレは頭を悩ませた。
さっきの警官達には言わなかったが、いくらオレが「これは自分で作っ
た」と言い張ったところで、それに名前が書いてあるわけではないのだ。
したがって最悪の場合、犯人に「いやあ、俺も自分で作ったのですよ」
と言い張られてしまったら、実はどうにもならないということを、よく自
覚していたからである。
突然、良い考えが閃いた。
(そうだ、ステーなどよりも、もしかしたら、デイトナで、製品のどこか
に固有のナンバーでも打刻してないだろうか!)
もしあれば、それは立派な証拠となる。
オレは10時になるのを待って、デイトナ本社へと電話を入れ、事情を
説明したが、こいつはだめだった。
ふつうは、この手の製品に対し、通しの製造番号なんか打たないものだ
から・・・。
またひとつ閃いた。
(そうだ、この手はどうだ!)
以前このスティードの撮影をしたときのポジフィルムがあるはずだ。
あれに、エンジンのあたりがアップで写っているのがないか!
それがあれば、完璧なプロが撮ったものだから、ステーの部分を大きく
引き伸ばしても十分鮮明に見えるはずだ。
バカな犯人だったら、これだけで落とせるかもしれない!
それっとばかりに、ミスターバイク誌の編集部に電話を入れた。
担当者はまだ出社していなかった。
出社したら、すぐにオレのところに連絡を入れてくれるよう居合わせた
人間に伝言を頼んだ。
そこで初めて、オレは濡れた服を着替えた。それどころではなかったの
だった。
そのまま2時間ほど、机のわきの床で死んだように眠った。
昼近くになって、電話の音で起こされた。
(編集部からの連絡か!)
と、オレは跳び起きた。が、声が違う。
相手は〇〇警察署の、少年課の者だと名乗った。
(捕まえたのか?)
くすぶっていた脳みそがたちまち覚醒した。
ところが、話の内容は、オレにとっては愕然とするものだった。
なんと 、
「Aを任意同行という形で、さっき体を持って来て、事情聴取をした」
というのである!
みそは瞬時に100%の完全回復をした。
(なに? 体を持って来ただと? 事情聴取をしたんだと? ああ、この
まぬけめ! いったいなんてことをしてくれたんだ!)
担当官は続ける。
「それでですね、本人が言うには、自分は盗んでなどいない、あれは佐藤
さんの、オートバイを置かれていたマンションありますね?
あのすぐ近くに公園があって、そこを当日の夜中に通りかかったら、誰
かがバイクをいじっていて、自分たちが行ったら、逃げたと。
それで、そこに行くとキャブレターが落ちていたので、それを拾って来
ただけだというのですよ・・・・」
オレは、「体を持って来た」と聞いたときから、最悪のケースを瞬時に
想定したが、まさにその通りになってしまったことに、目眩に似たものを
感じ、しばし絶句した。
「分かりました。とにかく私、いまからすぐそちらに行きますので」
呼吸を整えてからそれだけ伝えると、オレは電話を切り、本署へと出向
いて行った。
担当の刑事は、玄関の前でオレの来るのを待っていて、すぐさま少年課
の小部屋へ案内した。
簡単な挨拶ののち、オレはいきなり本音を切り出した。
「失礼な言い方になるかもしれませんが、いやはや、なんとも間の抜けた
ことをやってくれたもんですね」
素人のくせに、おまえに何が分かるんだ、と思われようが、なんだろう
が、オレは構わずに続けた。
「決定的な証拠を掴む前に、本人を逮捕でなく、任意の事情聴取などして
しまったら、あとはもう、帰ったら、こりゃやばいと、即座に証拠の隠滅
を図るに決まっているじゃありませんか」
刑事は黙って聞いていた。
「いいですか、証拠なんてのは、後にも先にも、オレが作ったあのステー
一本しか無いんです。無かったんです。しかしもうこれでおしまいだ、も
う証拠など、どこにも無くなってしまった・・・」
話を聞くと、交番に勤務していたほうの、先の警官たちとの引き継ぎが
うまくいっておらず、張り込んで証拠を押さえておいてから、という話を
どうも聞いていなかったらしい。
事情を知った刑事は、唸ってしまった。
つづく