第5話

 

 オレはガックリしながら帰って来て、ガックリしながら原稿の続きを書
き始めた。
 夕方過ぎになんとか書き終え、FAXで送ると、そのまま机の横で、死
んだように眠った。
 目が覚めたのは、次の日の午後遅くだった。
 おもしろくないから、起きていきなり、酒を喰らいだした。
 飯も食わず、飲んで、飲んで、飲みまくった。
(くそ。いっそのこと、張り倒して吐かせてやろうか)
(なに? 拾った、だと? 拾ったあ? ふざけやがって、くそ、くそく
そぉ!)
 暗くなった頃ひっくり返って、また、寝た。
 だが睡眠はしていない。
 脳は覚醒し、なにかを探っている。
 見た物をすべて思い起こせ。
 見落としている点はないか。
 盲点はないか。
 まだなにか、方法はあるはずだ。
 あれが拾ったものではないということを証明する、なにかが。
(キャブを取り付けたときは、どうしたっけ。そして、奴が付けていたと
きの状態は?)
(プッシュロッドカバーを外したときに必要な、ワッシャーみたいな小さ
なカラーまでそのまま入っていたから、ああ、これは絶対オレのに間違い
ない、と思ったんだよなあ・・・)
 なにかが、引っ掛かる。なにかを、オレは見落としているのだ。

(そうだ!)

 オレはガバッと跳び起きた。
(まだ手が残っている! それも、拾ったなどと言えなくなる、とってお
きの手が!)
 オレはワープロの電源を入れると、ある書類を作成し始めた。
 それは次のようなものだ。ほぼ原文のまま掲載する。

 

『キャブレターを拾ったと称する供述についての明らかな偽証について』
「例のキャブレターを取り付ける際にあたり、実はこちらで製作したワン
オフ物(そのために、それひとつが作られた、という意味です)のステー
が、特別に取り付けられていました。
 このステーは以前は『プッシュロッドカバー』という、デイトナという
会社製の、メッキの掛かった装飾パーツの上から、取り付けられていまし
た。
 この『プッシュロッドカバー』は、エンジン本体との干渉を避けるため
2個のカラー(極端に厚い形状をした、ワッシャーのようなものを、カラ
ーとかスペーサーと呼んでいます)を挟んで、取り付けられていました。
 このカラーは、デイトナ社のカタログの中にも確認することがでるもの
です。
 そして、です。問題はここからです。
 実は、このプッシュロッドカバーはその後、こちらで取り外してしまっ
たのですが、キャブレターのステーのほうは、このパーツが付けられてい
た状態で寸法を出し、製作されたものなので、これを外した後も、「ガタ
をなくすため」に、カラーはそのまま残して、取り付けておかなければな
らないのです。
(これが、私が何度も言っていた『カラーまでそのまま付いていた』とい
うことなのです)
 このパーツは、直径が8mm〜10mm程度、厚さがひとつ5mm程度と、
極めて小さなパーツです。
 そして、キャブレターを外すために、ステーのボルトを抜いてしまった
ら、確実に抜け落ちてしまうものでもあります。
 Aは、キャブレターを「拾った」と称しています。
 それも暗がりでです。
 そのときに、このカラーの存在に気が付き、しかもそれがないとガタつ
くということに気が付き、それを拾って持ち帰る、などということが、あ
り得るでしょうか。
 絶対にあり得ません。なぜなら、
「デイトナ社製の、プッシュロッドカバーというカスタムパーツの中に、
付属品として組み込まれている、2個ひと組になったアルミ製の小さなパ
ーツがないと、取り付けられない」
 という『余計なこと』を知っているのは、この世で私ひとりのはずなの
ですから。

 ですから、
「キャブレターは、どのような状態で拾ったのか。それはまさに、『キャ
ブレター単品』だったのか。『エアクリーナーまで、一緒に付いた状態』
だったのか。さらに、『ステーまで付いた、塊の状態』だったのか」
 というようなことを、カマをかけて問い詰めて行けば、簡単に矛盾点を
突くことができます。
 願わくば、まだAの現車に取り付いている状態で、私が立ち会って指摘
できれば最善なのですが、(証拠品として没収のため)仮にすでに取り外
されていたとしても、この点については十分追求可能だと思います。

 加えて、もう一点あります。私の付けていたキャブレターは、取り付け
るに当たり若干の加工を施したため、本来はアクセルから伸びて来ている
ワイヤー2本のうちの1本を、わざと外しておかないと、うまく作動しな
かったのです。
 もしAが「キャブレターだけ拾った」のであれば、そんなことは知らな
いはずですから、自分のバイクに取り付けるときには、そのままいまの自
分のバイクに付いているスロットルワイヤー及びホルダーを利用して、2
本取り付けたはずです。
 しかし、Aのバイクを見たときには、このワイヤーは1本しか付いてい
ません(残りのもう1本を未使用状態にするのではなく、私のは不要部分
が引っ掛かったりしてトラブルを起こさないよう、切断してしまいました
ので、特殊な例に当たります)でした。
 これはそのまま、キャブレターと同時に、ハンドルに取り付けられてい
る「アクセル」(正確にはスロットルホルダーといいます)の部分まで、
いっしょに盗んで来た、ということを意味します。
 このことにおいても、Aの供述は大いに矛盾を発生すると思われます」

 これに、素人でも分かりやすいように工夫して書いた、キャブレター回
りの説明図を添えて、オレは明け方の道を、酒臭い息を吐きながら本署に
向かってチャリンコで飛ばした。
(なんとしてでも、早くこいつを渡しておかなければ!)

 だが、少年課の、先の担当刑事はいなかった。
 出署してくるのは6時だという。
 ではと、窓口にいた人に事情を話し、必ず手渡してくれるよう頼んで事
務所へと戻った。
(ざまあみやがれってんだ。今度こそ、オレの勝ちだ!)
 そう思うとペダルも軽かった。

 しかし・・・驚いたことに、以後警察からは、なんの連絡もなくなるこ
ととなる。
 そして、次第に明らかになる犯人の素顔とともに、偶然にも伜が中学生
のときに、一味の仲間にカツアゲされていたという事実を知り、とうとう
オレは、キレてしまった。               

              つづく