なんと、話しているうちに伜は、その犯人のAというチンピラも、そし
て証人として名前の挙がった連中も、友達の友達を通して、という関係で
あるが、知っている、というではないか!
あるとき、伜のバイトしているガソリン・スタンドにいる少年が、向か
い側にある、ラーメン店の駐車場に止めてあったバイクが、当て逃げされ
るのを目撃した。
店から、持ち主らしいやつが出てくるのを待ち、その少年は親切に教え
てやった。
そいつがAだった。
それ以来、よく、スタンドの前をこれ見よがしに吹かしながら走り去っ
たり、たまに給油に来たりしていたので、知ってはいるのだという。
「なんだ、あいつだったのか、ちっきしょう・・・!」
さらに、別の衝撃的な事実が浮かび上がる。
「Aは、盗んでなどいない」と証言した、証人のKという少年(AもKも、
伜と同学年、ともに17歳〜18歳)に、伜は中学3年生のときに商店街
でカツアゲされ、かねを奪われたことがある、と言うではないか。
(なにィ・・・)
「おい、そのAってガキ、どんな野郎だ」とオレは聞いた。
「ガタイがすげえよくて、金髪に近い茶髪のロン毛で、うーん、なんてい
うのかなあ。ひと口で言うと、魔王って感じだよ、魔王。俺ひと目見たと
きにそう思ったもん」
「ふーん。で、凶暴性あんのか」
「あーるある。○○○(アメリカンの族チーム)で特攻隊長やってるらし
いからねえ」
「それで、おまえのことカツアゲした、Kってやつのほうは?」
「Aの手下みたいな奴で、いつもツルんでてさ。まあそいつ自体はたいし
たことない奴なんだけどね・・・・・」
「なんで、そんな奴にカツアゲされたんだ」
「いやあ、向こう、3人ぐらいいて、鉄パイプ持っていてさあ、それでブ
ン殴られそうになったんだもんよー」
有り金を全部持って行かれた、と言うのだが、
奪われた額が笑ってしまう。
7円。
それっぽっちを強奪してどうするの、と思うが、7円だろうが7兆円だ
ろうが、やったことは同じである。
恐喝だ。
そしてさらに、Aというのは『バイクの免許など持っていないのだ』と
いうことも、オレは知ることとなる。
これらの話しを聞いているうちに、オレはいよいよ頭の中が煮えくりか
えってきた。
腹ではない。頭、だ。
それと同時に、オレはふと、あることを思い出していた。
(盗られたのは確か、水曜日を回り、木曜日になった日の、真夜中だった
よな・・・・そういえば・・・・)
「あれは確か、火曜日だったか水曜日だったかの、夜中の1時頃、散歩に
出掛けたときのことだったけど、すぐ近所にあるコンビニの前に、小汚い
SRが止まっていて、いかにもチーマー丸出しのカッコをしたガキ共が、
3人か4人で地ベタに座り込み、なにやら雑談していたなあ・・・・」
「おやじ、そいつらどんなかっこしてた? バイクの車種は? 色はこん
なのじゃなかった?」
伜は矢継ぎ早に質問を返した。
「間違いないよ、それあいつらだよ。俺も何度か見かけたことあるもん!
なんで、地元の違うあいつらがこんなところにいるんだろうと、不思議に
思ってたんだけどさあ!」
犯行直前か、その前日に、オレが偶然にも見かけていたそのチンピラた
ちというのは、なんと、AとKらの、泥棒と思われる一味だったのだ!
そして、その日、その時間帯というのは、事前にステアリングロックを
壊されたと思われるあたりと、ほぼ一致している。
(やっぱりな。やっぱり盗んだのはあいつらに間違いない。これでだめ押
しだ。くそっ!)
偶然と言えば偶然の目撃。
また(この野郎ちきしょう)という思いがムラムラと込み上げて来た。
(逃すものか! 絶対に!)
オレはさっそく行動を起こした。
夜明けを待って、Aの家へと出掛けた。
バイクは無造作に、未だそのままの状態で置かれていた。
(だから、バカは、バカだというのだ!)
腹の中でせせら笑いながら、オレはAのバイクを、ありとあらゆる角度
から、細部に至るまでカメラに収めた。裁判になったときに、証拠として
ひとつでもこちらに有利なものを残しておこうと思ったのである。
しかし・・・恐れていたことが現実となってしまった。
やはり、随一の決定的証拠品であったキャブレターは、早くもすでに、
そっくり外されてしまっていたのである!
(ちきしょう! でも、キャブのように「絶対にオレのだと言い張れる証
拠」はないが、たぶん、このシートも、メッキのサイドカバーも、メータ
ーも、全部、これは全部、オレのスティードに着いていたものだ!)
(そうに決まってらあ!)
(ちきしょう、なんか手ぇ考えてやる。あとになって、ちきしょう、全部
新品に弁償させてやる! いや、バイク全部丸ごと、新車に買い替えさせ
てやる! )
そう思いながら、オレはシャッターを押し続けた。
しかし、写真を撮ったところで、とにかくいまはもう、警察からの捜査
結果を待つしかない立場となってしまっている。
だからといって、いまのところはこれ以上は何もできないのだ・・・。
ところが。その警察からは、待てど暮らせど、なんの音沙汰もない。
(あの書類は、ちゃんと担当の手に渡っているのだろうな。ちゃんと見た
んだろうな・・・)
(そうだよな、警察はそんないい加減な組織じゃないんだから)
(これは『ある事件の取り調べに対し、非常に重要となるものですから、
間違いなく本人に手渡して下さい』と念を押しておいたのだから・・・)
しかし、月が変わって8月に入っても、やはりなんの連絡も来ない。
(どうなったんだろう。どうなっているのだろう。やっぱり素人が作成し
たあんな書類では、なんの効力も発揮しないのか)
仕方がない、もう、警察はいい。そう思い始めてしまっていた。
オレはオレで、また独自に動こう。なにか手を考えよう・・・。
こんな場合、最も効果的な手口は、昔から決まっている。
「そいつらの先輩格の人間を捜しだし、協力してもらう」
こいつに、限る。
なぜなら、警察にはビビらなくとも、親の言うことなど聞く耳持たぬ人
間でも、先輩、それも『自分と同族の世界』にいる先輩というものには、
手のひらを返したように、コロッとおとなしくなってしまうからだ。
昔から、このような連中の世界は、そんなものなのだ。
伜と話し合い、いろいろと策を考えると、伜の中学校のときの先輩
(ということは、言ってしまえば『オレの遥か後輩』にも当たるわけだ)
に、かなり、頼りになりそうなやつが見つかった。
それはHという男だった。
H本人は、しごく真っ当な学生なのであるが、その男の同級生のSが、
Aの所属するチームが一目も二目も置く、上部団体的な別チームの頭を
やっている、ということが分かった。
「おやじ・・・何もかも、親父に頼っていたら悪いし、やっぱ、自分と
してもなんかいやだから、Hさんには、オレが話しをしに行くよ」
伜はそう言うと、トボトボと出掛けて行った。
Hは、「よし分かった。俺がSに、話しをしておいてやるよ」
と、快く伜の頼みを聞いてくれた。
それからさらに2週間ほど時が流れた。
8月20日・日曜日・PM1時。
昼過ぎに、伜が彼女を連れて、事務所にぶらりとやって来た。
バイクがないから、歩きだ。
近くのファミレスに、飯でも食いに行こうかとなった。
DT200を貸してやって、オレはチョッパーに打ち跨がった。
それは大通りまで出て、信号で2台並んで停まったときだった。
つづく