第8話

 

 目の前を、どこにでもいるような、アメリカンに乗った、いかにもチン
ピラ風の野郎が、2ケツして通り過ぎた 。
 辺りを威嚇するように空吹かしをしながら、ゆっくりと。
 とたんに、伜がアッと声を上げた。

「おやじ、あいつだ! あいつだよ! A!」

 オレたちは、停止線からかなり引っ込んだところで停車していたので、
相手はこっちには、まったく気が付いていない。
 伜が、喚く。しかし、オレは無言のままでいた。
 信号が変わった。
 ラットスタイルとは言い難い、ただ単に、屑屋から拾って来たような、
薄汚いスティード。
 意図的にやっているとは到底思えない、単にだらしないだけの、乞食の
ようなカッコ。
 オモチャのようなナチヘルを首の後ろにぶら下げ、辺りをキョロキョロ
しながら、でかい態度でクルマの列を、そいつはゆっくりと縫って行く。
 オレはそいつの目を引かないように、あまり大きな音を起てないように
して、間隔をかなり空けて、ゆっくりと後を着いて行った。
 その先は大きな交差点だ。

(やったあ! いまに見てろ、おやじのことだから、きっと途中で停めて
あいつ、とっ捕まえてブッ飛ばすぞ! ここで会ったが百年目、ざまあみ
ろってんだ! ざまあみろってんだ!)

 伜はきっと、そう思ったに違いない。
 だがオレは、交差点を直進して行くそいつらを無視して、伜を引き連れ
て右折した。

(!? どうしたの、なんで見逃しちゃうのよ、おやじィ!)

 そんな顔をして、きょとんとした顔をして、伜はオレの顔を見ていた。

「放っておけ」とだけ、オレは言った。

 みんなで店に入った。
 が、なかなかメニューが決まらない。
 みんなムカついていて、上の空なのだ。
 やっとオーダーしてから、オレは伜に言った。

「おもしろくねぇだろうけど、H君からの返事が来るまでは、まだちょっ
と我慢していろ。いまヘタに動いたら、全部台無しになっちまうかも知れ
ないからさ。・・・オレだっておもしろくねぇんだよ!」

 伜はメニューから顔を上げないで、ああ、分かったよ、とだけ答えた。

(いいか、伜。お父さんが、喧嘩のやり方を教えてやる。
 でもそれは、殴り合う、ガキの喧嘩じゃあねぇぞ。
 頭を使う、大人の喧嘩だ。
 損して、得取れ。
 肉を切らせて、骨を断て。
 いつかきっと、おまえにもその意味が分かるときが、来るだろう)


 だが、黙っているわけでは、ない。
 オレは、そんなに甘い人間ではない。


 夜になり、帰宅していると思われる頃を見計らって、オレはHの家へ直
接出向いた。

 伜は、自分がまず話しを聞いてみるから、とちょっと渋っていたが、な
にしろもう相当月日が経っている。
 オレは伜に言った。

「おまえの立場ってものもあるだろうが、な、いいか? 誰だってこんな
難関にぶち当たったら、最初はどうしていいんだか、分かんねぇもんなん
だ。だから、気にするな。それよりも、オレがどう動いたか、どんな頼み
方をしたか、学べ」と。

 Hに話しを聞くと、すぐに話しはちゃんとしておいた、という。
 そして、必ず自分が、Aを問い詰めてみる、とSは約束してくれたとい
うことも分かった。
 連絡が遅れている理由は、単純なものだった。
 そのSは、ついこの間、どこかのディスコで喧嘩し、大暴れして自分の
腕の骨を折ってしまい、いま入院中なのだった。

「息子さんのこと、俺も中学のときから、なんだか可愛がっていて、自分
も話し聞いていて腹立つから、もう少し待って下さい・・・」
 Hがそう言う以上、待ってみる他はなかった。

 そのSとやっと会えたのは、9月11日の、夕方過ぎだった。
 待ち合わせ場所にはハーレーのチョッパーで出掛けて行った。
 相手は、アメリカン乗りだという。
 定義付けは難しいが、アメリカンとチョッパーは似て非なる物であり、
本来は別々の世界で生きているものである。
 だが、少なくとも、他のジャンルのオートバイよりは、同族的意識が働
くであろう。
 そう考えたオレは、少しでも『無言の意志の疎通』を図るために、敢え
てコイツを乗り付けたのであった。
 Sは、アメ車で来ていた。
 丸太のような腕を誇示するように、上はタンクトップのみ。
 目付きが、異様に鋭い。
(なるほど、こりゃ○○方面では3本指に入るほどの暴れん坊、と言われ
るわけだ)  という風体の男だった。

「あっ、御足労かけて申し訳ありません。私が○○の父親です。H君を介
してお願いした件なんですが、その後どうなったでしょうか」

 まだ相手は、二十歳の若者である。
 しかしオレは、極めて丁寧な言葉遣いをした。
 こういう場で、(相手になめられたらいかん)とばかりに、年上という
立場を勘違いして、わざと横柄な態度、言葉遣いをする人間がいるが、そ
れは、絶対に違う。
 Sも、それを受けて実に真っ当な言葉遣いで対応した。

「実は、昨日ですね、やっと奴と連絡が着いたんですよ。あいつ逃げ回っ
ちゃっていて、なかなか捕まらなくて」

「で、おまえ、本当のところは、どうなんだと。もし、この俺に嘘言った
らてめぇ、どうなるか、よく分かってんだろうな、て聞いたんですけど、
それでも誓って自分は絶対にやってない、本当に拾っただけだって言い張
るもんだから、やっぱ自分としてもちょっと・・・」

 Sは淡々とした口調で話した。
 それで、「仕方がないから、じゃあ、連れて来てぶっちめてみましょう
か?」、というようなことを、Hとともに言い出した。

「いや、まずい。それだけはやめてくれ」
 オレは即座に制した。

「そんなことをして、逆に相手に警察ざたにされたら、こっちが今度は悪
者にされてしまう。こっちから余計なことをお願いしておいて、君たちが
警察に捕まるようなことになったら、申し訳が立たない」

 本人は、警察になどチクらないだろう。
 だが、本人の意志とは別に、親が被害届を出してしまう場合だって、あ
るのだ。
 Sのような立場の人間にすら、こう言い張るのであれば、これでは、
「○○君のおとーちゃん」
 と名乗る人間が行ったところで、鼻から相手になど、しないだろう。
 よし、分かった。
 オレはSと別れるなり、即座に決めた。

(よし、こうなったら、奥の手を、使ってやるか・・・)

               つづく