山梨県某所に、水晶が拾える山があるという。その名も
『水晶山』。
拾える? ほんとかいな。山にはまだ雪が残っている早
春のある日、欲に目を眩ませたオレと記録係中川マユミ
は、バイクを飛ばして行った。
3月始めのある日のことだった。
マユミと、今度のFRはどこに行こうかと相談した。
まだ、山には雪が残っている。
過去の体験からすると、消え去るのはおよそ4月の半ば
である。
「なあ。あまり遠いところに行っても、どのみち少し標
高が上がれば雪が残っているだろうから、ちょっと趣旨
変えようか」
「えっ? 変えるってどんなふうに?」
「甲府か塩山のほうのFRをちょろっと走ってだな、水
晶を拾いに行かねぇか?」
「水晶! ああ、いいねいいね!」
マユミはキョトンとした顔をしながらも喜んだ。
なにしろ、FRC始まって以来の『宝探し』ツーリング
である。
「でもさあ。そんなの採れるところ知ってるの?」
「知ってるよ」
知っているといっても、寝床で『日本の鉱石』の類いの
本を噛り読みして知った、というぐらいの話だが。
「水晶ってさあ、なんか不思議な力があるんでしょ?」
「ねぇよ。そんなもの」
「でも、よく本とかに書いてあるじゃん」
本に書いてある? 世の中にはいい加減な本もあるし、
裏付けの取れないインチキ話でも平気で書くライターな
ど、ゴロゴロしているのだ。
「そんなら、水晶の産地にある草木なんてのは、みんな
超健康で、モジャモジャに茂りまくってなきゃならない
し、産地に住んでいる人たちや加工業者の人たちっての
は、みんな超健康で、絶倫で、朝から晩までピンコ立ち
で、子孫増えまくって、一部だけ突出した人口増加地域
ができてなきゃあ、おかしいじゃねぇか。えっ?おい」
鼻でフッと笑われた。なにがおかしいのかと、オレはや
り返した。
向かったのは、大菩薩山嶺にあるFR=林道である。
予定では国道20号線から大菩薩峠へと山道を走り、途
中の未舗装部分を走り抜ける。そのまま国道411号線
青梅街道へと出る。
そこから今度は、塩山市の外れにある、秘密の水晶山ま
で行くつもりであった。
ところがだ。ドピーカンの続く暖冬とはいえそこは山、
やはり高いところはまだ雪が大量に残っており、大菩薩
峠へと向かうFRは通行止めとなってしまっていた。
「どうしようか」とマユミが聞く。
「どうもなにも、これじゃあ、どうにもならねぇじゃんか」
「まあねえ。どっか他に道ないの?」
「あるよ。もう一本、塩山市側の斜面に、ちんまいやつ
だけど、深沢FRってのがある」
勝沼インターの辺りまで足を延ばし、深沢川を渡る国道
20号線の、柏尾橋のたもとからオレたちはまた山奥へ
と向かって行った。
集落を過ぎた。道はどんどん狭くなって来ると同時に、
大腸の透視図のように山腹をくねり始める。
最高高度付近に到達すると、一気に視界が開け、眼下に
甲府盆地がドッと広がった。
展望抜群の一等地ゆえに、無線の中継機が設置されている。
中継機は、頑丈なフェンスで囲われていた。
そのフェンスの陰に、一匹の犬がいた。
野犬である。
「あっ犬だ。写真撮っとこうか」
そう言ってバイクを降りたマユミが近づいたとたん、
そのワン公は、牙を剥き出して猛烈な勢いで吠え始めた。
「なに見てんだこのやろう、てめえどこの住人だ、この
やろう、あっち行けってんだこのやろう、気に食わねぇ
んだよこのやろうムカつくんだよ、てめぇのツラを見て
ると!」 「その首からぶら下げている、四角くて黒い一つ目の箱
も気に食わねぇんだよこのやろう、それをこっちに向け
るなってんだよこのやろう!」
翻訳したとするならば、おそらくこんなあんばいの内容だ。
近くで顔を見たというだけで、なにもそこまで怒るこ
とないだろうが、というほどの、尋常ではない吠え方で
喚き散らされた。
「てて、てめえ川崎来たら覚えてやがれ!」
うわあ、やべえと走り出しながら、こっちも負けずに喚
き返した。
たちまち逆襲された。
「そんなとこ、行くかってんだよこのやろう。早くどっ
か消えちまえってんだ! 終いにゃあ、齧るぞこのやろう!
このやろう!」
捨てられた犬かなにかで、人間にひどい目に遭わされた
ことでもあるのだろうか。
事情は分からないが、いずれにせよまともな精神状態で
ないことは確かだった。
オレたちは這々の体で逃げ出した。
勝沼から塩山市街へ抜け、そこから今度は柳沢峠へと向
かって、大菩薩ラインを走った。
本来は、国道411号線である。通称は青梅街道だ。
ほとんどの道路地図には、そのように表示されている。
だが実際に地元に行くと、それらの正式名称ではなく、
このように『大菩薩ライン』と表示されている。
ややこしいことこの上ない。
重川を渡る、新千野橋のところから、二股で左へと分岐
している県道29号(これは座禅草ラインと表示されて
いる!)へと入り、2Kmほど走った先で現れた、
玉宮小学校と神社の間の細い道を右へと入った。
要所要所に『水晶山こっち』の手書きの看板が立てられ
ている。
辺りは、一面のブドウ畑だ。
簡易舗装された、軽トラックサイズのコンクリート道が
網目のように走っている。
そのドン詰まりまで来た。入口はもう目の前だ。
オレは近くの畑の手入れをしていた、推定80歳ぐらい
のばあちゃんに尋ねてみた。
「ばあちゃん、すいません。あのー、水晶山って、どこ
から上がって行くんですか?」
「そこだよそこ。うん、そっからねえ、あっちのほうに
向かってずーと上がって行くんだよ」
身振り手振りを交えて、ばあちゃんは親切に教えてくれた。
(おいマユミ、皺だらけで顔色は分からないが、随分健
康そうだぞ)
水晶パワーか。
このばあちゃんがまたおもしろい。
ちょっと写真撮らせて下さいよ、と頼んだら、最初はい
やだいやだと手を振って背を向けていたのだが、そのう
ちおもむろに振り向いたかと思うと、
「あたしねぇ、雑誌の取材受けたことあんだよぉ」
と言いながら、サッとピースサインを出したのである。
それがまた、絶妙のタイミングだったもので、ふだんは
絶対にそんなことやらないオレも、ついつられてしまい
隣でやってしまった。
ゲハハハ! と笑いながら、ばあちゃんは畑の奥へと消
えて行った。
つづく