『駐車禁止』と書かれた手書きの立て看板が至るところ
に掲げられていた。
道はどこも車1台がなんとかやっと通れるほどの幅し
かないので、バイクを停めただけでも大迷惑をかけるこ
とになる。
入口は分かったものの、さて、どこにバイクを停めて行
こうか。
ドン詰まりの四つ辻で思案に暮れていると、隣の畑にい
た、小説家の西村寿行のような風貌のおじさんがトコト
コとやって来た。
「あそこに止めればいいよ」
「えっ、いいんですか? すいません。助かります」
「うん。このあたり止められちゃうとね、狭いからさ。
どっから来たの?」
「あっ、はい、川崎です」
オレは肝腎要、もっとも重要な疑問点を、切り出してみ
た。
「あのう・・・・水晶って、勝手に拾ってもいいものな
のですか?」
(さて、どうなんだ!)
「うん。みんなよく拾いに来るよ」
おじさんは無造作に答えた。
(みんなよく拾いに来る・・・・! ということは、拾
っても良いということか。それに、まだあるってことだ
!)
オレは小躍りして喜んだ。ついでにおじさんの顔色や健
康状態を確かめた。
(おいマユミ、この人も上々そうだぞ)
いろいろと話を聞いてみると、この水晶山は、このおじ
さんとはまた別の、雨宮さんという方の個人所有物で、
善意で解放しているのだという。
したがって、事故やトラブルが起こった場合の問題等か
ら、観光協会などでも一切公にすることは控えているの
だともいう。
傍らには一匹の犬がいた。
おじさんの飼い犬である。
さっきのワン公とは大違いの、おとなしくて愛想のいい
犬である。
それはいいのだが・・・・そのワン公が、なぜかオレの
ケツの臭いを嗅ぐのである。
こっちは一生懸命説明してくれるおじさんの話を真面目
に聞いているというのに、迷惑なことこの上ない。
(やめろよ!)
ワン公はお構いなしだ。
(ねぇ、知らないおじさん。おじさんのお尻の穴、うん
ちの匂いがするよ)
(しねぇよ! やめろってんだよ!)
背後に回り込み、伸び上がるようにしてケツの割れ目に
ズイッと鼻の先をのめり込ませる。
(するよ。ぼくには分かるんだ。なにしろ、人間よりも
ずぅーっと鼻が良いからね。ちゃんと拭いたの?)
(やろめってば! 拭いたよ、あっちへ行けよ!)
(まだ襞のあいだとかにカスが少し残っているんだよ)
(うるせえな、残ってねぇよ。あっち行けってば!)
「へえ、そうなんですか。よかった、まだ、拾えるんで
すね」
「うん、大きいのはもう無理だろうけどね」
おじさんには全然気が付かれないまま、攻防は続いた。
オレは最大の疑問をぶつけた。
「・・・・ところで、水晶って、素人が見ても分かるも
のなんですか?」
おじさんはおもむろに傍らの石を拾うと、「ほら、これ
がそうだよ」と教えてくれた。
こぶし大の石には所々透明な部分があり、中には六角形
の小さな石柱が顔を覗かせているところもあった。
ワン公のケツめど攻撃は、依然として続く。
(やめろっておまえほんとうに!)
オレは巧みに体を捩り、肉をすぼませ対抗した。
(いやだよやめないよ。ぼくはこの匂いが好きなんだ)
その一部始終を後ろからずっと見ていたマユミが、とう
とうたまらず吹き出した。
「こっちおいで、ほらほら!」
犬を呼び、食いかけの煎餅で気を引いた。
尻尾を振って、たちまち食いついたのを見て、オレはよ
うやくホッとした。 おじさんは解説を続ける。
「このね、この六角形のやつが、水晶なんだよ。ほかに
も透明なやつがあるけど、それは石英でね、みんなよく
間違えちゃうんだよ」
そう言ってハハハと笑った。
オレはギョッと振り返り、しゃがんでいるマユミに小声
で素早く言った。
「おい、いまの見たか! おじさんの奥歯、ほとんどは
水晶の入れ歯だったぞ!」
「えっ、うそ!」
思わずマユミは立ち上がっていた。
「当たりめぇだ。ンなわけねぇだろ」
おじさんとの距離が近いので、オレは腹話術のようにし
て言った。
吹き出す前に、マユミはクルリと背を向けていた。
事情のよく分からないおじさんは、傍らでニコニコし続
けている。
「この坂を上がってね、そうだなあ、200mぐらい上
がるかなあ。そうすると神社があるんだけどね、その周
りで採れるんだよ」
「へえー。そんなとこに転がってるものなんですか」
意外な話に、ふたりしてちょっと驚いた。
「最近はずいぶんと多く人が来るようになっちゃったか
らアレだけどね。うん。裏のほうが、まだ残ってるよ。
バイクはこの奥に止めておけばいいよ。あそこならじゃ
まにならないから」
そう言っておじさんは、自分の畑の片隅を指さした。
親切なことこの上ない。
「助かります。ありがとうございます。いやあ、バイク
でこのまま入るわけにもいかないし、実はどうしようか
と困っていたところなんです」
するとおじさんは、また意外なことを言った。
つづく