第3話


「ああ、それならいまトラックどかしてやるから、その
まま上がって行けばいいじゃん」
「えっなに? いいんですか、バイクで上がって行って
しまって!」
「うん。べつに構わないよ。たまにいるよ、バイクで上
がって行く人も」
一見しただけで分かる、登山道レベルのかなりの急坂で
ある。
冷えきったヒザの古傷が痛み、片足を少し引きずって歩
いていたオレは、それを聞いてとてつもなく喜んだ。
どうやらおじさんはそれを片目で見ていたらしかった。
そこでマユミが急に立ち上がって言った。
「あ、あ、あたあた、あたしは無理だよう、あんなとこ
上がれないよう!」
「ンじゃあ、オレのケツに乗れ。さんざん犬に鼻突っ込
まれた、オレのケツに」
相当な急坂だが、なんとか2ケツでも上がれないことは
なさそうだったので、オレはマユミを後ろに乗せて、急
坂をアタックした。
強力な駆動力のある回転域を保ちつつ、余計に開け過ぎ
てスリップしないように用心しながら慎重に急坂を上っ
て行った。
路面をかっぽじって、もし溝を作ってしまったら、善意
で入山させて頂いている雨宮さんという方に申し訳ない
ので、慎重にアクセルワークをおこなって走った。
摺鉢状のコーナーが現れた。
サーカスのように一気にバンクを回り抜けた。
大きな石や、転がった枝が増え始めた。
巧みにハンドルをコジり、身を屈めて枝を躱し、森の中
を走り抜けて行った。
木々の間から、神社がぬっと現れた。かなり年期の入っ
た、無人の神社である。
(こんなところに、あるものなのか?)
ヘルメットを脱いだ頭に、寒風が気持ち良かった。
オレたちはさっそく水晶探しに没頭した。
手当たり次第に石を拾い、表面に露出していなければカ
チ割り始めた。
・・・・と言いたいところなのだが、驚くことに、小さ
なものであるならば、水晶など、そこらじゅうにといっ
ていいほど、転がっていた。
「あっ、あった! あたしめっけた!」
「オレも見つけたぞ!」
価格的な価値は、おそらくゼロであろう。
いわゆる『かね目』のものとは程遠い。
だが、それでも『いちおう宝石一族の末端には入れさせ
てもらっているという石』を自分で拾ったというのは、
とてつもなく嬉しいものである。
「うわっ見てこれ、親指の先ぐらいある!」
どういうわけか、マユミのほうがすぐに見つける。
「どれ。牛乳ビンの底かなにか叩き割ったやつを誰か捨
てて行ったんじゃねぇかこれは」
磨りガラスのように曇っているものも多いので、ぬか喜
びは大敵だ。
「ち、ちがうよ、水晶だよこれ!」
「うわっ、見ろ、オレも親指ぐらいの拾ったぞ! さっ
きのは撤回する。こりゃあ水晶だ水晶! そうにちげえ
ねぇ!」
もしかしたら石英であるかもしれない、ということは考
えないことにして、オレたちは夢中になって探しまくっ
た。
「ねえ見て、これ。ここ石段でしょう。こんなところま
で割っちゃってるよう」
マユミの指さす先には無残に欠けた、神社へと続いてい
る石段があった。
「ほんとだ。ひでえことするなあ」
そこまでして採るか、とブツブツ言っていると、石段を
上がり切って神社へと辿り着いたマユミが、大きな声を
出した。
「ねえ。こっち来てみなよ。あはははは!」
なにがおかしいのかと息切らせて駆け登ったオレは、マ
ユミの指さす先の縁台を見て、仰天した。
なんと、そこにはオレたちが一生懸命拾いまくったもの
よりも100倍くらい立派な原石が、無造作にいくつも
並べられていたのである。
こぶし大のものが50個ほどはあっただろうか。
「なんだ、こりゃあ!」
「みんなさあ、ご奉納していくんだよきっと」
そりゃあ分かるが、一生懸命拾った自分たちの物より遥
かに立派で大きな物が、持って行きたい人は持って行き
なさい、とばかりに並べられていたので、うーむと唸っ
てしまった。
「でもよう。たしかに立派だけど、これはきっと、みん
なが何かの願いを込めてこの神社に奉納していったもの
だろう。やだよそんなの持って帰るの」
「誰が持って帰るなんて言ったよう。あたしは、自分で
拾ったやつで十分だよ」
んだ。大きさではないのだ。
自分で拾った、というところに最大の価値があるのだ。

なるべく形が良くて、大きなやつを選んでポケットに詰
め込んだオレとマユミは神社を後にした。
急坂をつんのめりながらトコトコと下って行くと、さっ
きのおじさんは、まだ畑の奥で手入れを続けていた。
「どうも! ありがとうございましたぁ!」
ゆっくりと走りながら、お礼の声を掛けた。
「拾えたかね?」
「はい」と言って、オレらはポッケを叩いてみせた。
おじさんは笑いながら会釈した。

後ろのマユミに声を掛けた。
「なあなあ、健康に良いのかどうかは、分からないけど
よ。もしかしたら、やっぱ水晶には何らかの力があるみ
たいだな」
「えっ、どんな?」
「人間の性格が良くなるという」

道の狭さと、駐車しないで下さい、の看板の多さからし
て、この人たちが押し寄せる観光客? により、
相当な 迷惑を被っているのは間違いないことだった。
特にこのおじさんなど、ドン詰まりとなっている上がり
口の際に自分の畑があるゆえ、そこにトラックが入れな
い、出られないという目には、何度も遇っているにちが
いない。
であろうにも拘わらず、この愛想に、この態度だ。
水晶を拾ったことはもちろん嬉しいが、それよりもオレ
はこの人たちの優しい心に触れられたことが、今日の一
番の収穫だったような気がした。

それとも・・・・バイク乗りにはなにか良い印象を持っ
てくれるような出来事でも、あったのだろうか?

できればそうであるといいなと話ながら、オレらはうま
い一服をいれた。  

           了