後 編

 ショウエイのスタッフが言った。
「いや・・・こちらとしてもそのー、女性の方からのご
意見を伺えれば、そりゃ助かることは助かるのですが、
あの、こう言ったらなんなのですが、そのー、この手の
オートバイは、乗られたことが、おありでしょうか」
 後半から、目はオレのほうへと振られていた。

「ああ、心配は、要らない。自分で持っているのがFZ
Rの1000だし、だいたいからして、オレがテストで
乗って来たスーパーバイクは、ほとんどすべて、彼女も
試乗しているから」
 おそらく、相当珍しい立場の女性であると思う。
 そして加えた。
「オレな、一度、いっしょに走っていて、ちょっと飛ば
し過ぎてるかなと、気を使ってアクセル戻して振り向い
たら、240Km/hぐらいでバッコン! とブチ抜かれ
たことがあるんだ、ぎゃははは!」

 

 レザースーツに着替えた(ということは、こんなこと
もあるのではないか、と隠し持って来ていたわけだ!)
マユミはオレから引き継いだGSXRに打ち跨がるや否
や、ズゥグゥォー! と全開でコースをブッ飛んで行っ
た。

 絡まないようにと束ねた髪を、全力疾走の恐竜の尾の
ように靡かせながら、目の前を衝撃波に似た炸裂音を轟
かせながら彼女が駆け抜けて行く。
 トップギアーの6速のほぼ全開、260Km/h オーバー
のスピードで駆け抜けて行く彼女を見て、スタッフのひ
とりは実におもしろい評価を下した。

「うおっ、うおっ・・・見た見たぁ、勢い、見たぁ!」
 勢いを、見た。
 言葉の意味はよく分からないが、とにかくみなで歓声
をあげていた。

 数周走り続けてから戻って来た彼女は、堰を切ったよ
うに話をし始めた。

「わかった、わかった、みんなが話していた、『中途半
端なスピードで走ると落ちて行ってしまう』と言ってい
た言葉の意味が!」

「わたし、ずっとそれが不思議だったんだ。落ちる?
  何それ、どういうこと?って・・・」

「でもわかったよう、150Km/h とかでチンタラ走っ
ていると、ほんとうに下のほうに落ちて行っちゃうんだ
ね!」

「で、なに、あのバンク! あんなとこ、いくら直線の
延長線上で考えろって言われたって、無理だよう!」

「コーナーだよう、アレは! だってちゃんと左のほう
に、曲がってるじゃんかさぁ!」

「そんでさあ、全開で走って行くとさぁ、ガードレール
もうこのへんにあるんだよ?!」
 そう言って、右ヒザのすぐ脇あたりを手で示す。

「あたしゃぁさー、もし、曲がり切れないでさ、ここ突
き破ってしまったら、あっちの空の方にピュ〜ッて、ク
ルクル回りながら飛んでっちゃうんだろうなぁ、なんて
気が気じゃなかったよう!」

「そんで、ちょっとでもアクセル戻しちゃうと、すり鉢
の底めがけて、スゥーッ! て落ちて行っちゃうんだよ
お!」

「ここ、直線の部分だけで1.5キロかそこらはあるん
でしょう? バンクをさぁ、あれだけのスピードで抜け
て来ているのに、その後の直線こんなに長いのに、アッ
と言う間に使い切っちゃうんだね!」

 そうなのだ。
 このように、極めて条件が良く、安心して開け続けら
れる場所で、200Km/h を遥かに越えているスピード
から、1km以上もの区間を、このクラスのパワーを持つ
バイクで完全に全開にし続けていても、260Km/h か
らせいぜいがとこ270Km/h が関の山なのである。

 これがなにを意味しているか?

 高速で『ちょっとしたスピード』で流し続け、見える
範囲では前方にはクルマが1台もいなくなった、そこか
ら全開にした・・・たちまち先行車が見え始めてしまっ
た・・・

 そう、いかにパワーがあろうが、実速で300Km/h
まで引っ張るには、とてつもなく長い距離が必要となって
来るのだ。
 2kmも、3kmも。
 途中で少しでも戻そうなら、それはたちどころに1km
単位で増加して行く。
 なにしろ、290Km/h の時点で、1秒間に約80mも
突き進んでしまうのである。
 なんらかの理由で、僅か5秒の間ためらっているだけ
で、すでに400mも使ってしまうのだ。
 そして当然、その速度域では、加速力はグッと低下も
しているのである。

 いかに大パワーを持ったオートバイであろうと、実際
に300Km/h の壁を突破するのは極めて難しい話である
といういう理由は、ここにある。

 

 目を剥き、しばたかせ、肩で息をし、マユミはいま体
験して来たことを、語る、語る。

「おい、ショウエイの連中、実におもしれえこと言って
たぞ」
「えっ、なに」
「見た見た、うん、勢い見たぁっ!・・・とさ」

 そのスタッフ連中がやって来て、風切り音や、圧迫感
に対しての、女性としての意見を、いろいろと聞き始め
た。
 彼らにとっても、男性よりも頭部が小さめであること
が多い女性ライダーからの意見が聞けることは、予定外
の儲け物となっていたようだった。

 

 彼女が、
「自分も乗りたいよう・・・!」
 ということを、ほのめかしたときに、オレは、良いと
も、悪いとも、どちらとも言わなかった。

 言ったのは、 「そんなことは自分で決めろ」
 ということだけである。

 そう、重要な判断ほど
『人に頼るな、決断は、てめぇで下せ!』
 ということなのだ。

 こんな事は、男も女も関係ない。
 人生ってのは、とにもかくにも、泣いても、笑って
も・・・一度きりしか、ないのだ。

 

「出来るときに、出来ることを、出来る限りやる」

 

 オレはこうやって生きて来た。
 そしてこれからも、そうして生きて行くつもりだ。

 

 さて。
 あなたは、どうする?

             了